14:



 久しぶりにやって来たそこは妙に静かだった。
 いつも、相手に呼ばれるか―もしくは何らかの理由で自ら望んだ時でなければそこに辿り着くことはない。
 徒歩1分もかからない自分にいちばん近いはずのその場所は―にも関わらず行き方の判らない謎の土地のようなところだった。
 ―己の内側の世界。精神世界とでも言うのだろうか。二次元や映画なんかでは良くある設定だけれど、まさか自分もそんなものを持っているなんて思いもしなかった。
 そこにはだいたい自分の霊力の一部だという者がいた。
 愛用している斬魄刀―斬月の具現化した存在だったり、自分の別人格を名乗る虚だったり―まぁ今のところこの二名しか知らないけど。頭を使うのは苦手だし、本当は今ですら彼らについて良く判っていない。今後増えられたりしたらますますわけが判らなくなりそうだからもう増員して欲しくないと思う。
 まぁ彼らの存在について深く考え出したらキリがない。己の進む道の上で必要だったから力を借りて来た。一護にとってはそれで十分で―それ以上はあまり考えないことにしていた。


 ちなみに今日は特に用事もなかったし―誰の気配もしなかった。
 何故来たんだろう、とか思いながら一護はそこら辺をキョロキョロしながら歩いた。
 ここに来る時は大抵それどころではない非常事態であることが多いし―ましてや最近ではここに棲んでいる自分そっくりの虚(性格はまるで正反対だけれど)と微かな秘め事を交わすくらいしか用事がなかったから、景色をじっくりと見たことなんて一度もなかったのだ。
 殆ど戦うことばかりがメインの場所だから仕方ないけれど、岩ばっかりがゴツゴツしていて殺風景だ。自分の心の中とはこうなのだろうか。花のひとつくらいあっていいのに―とか思いながらぶらぶらして、そんな中オアシスみたいに小さな泉があることに気付いた。そんなものがあること自体初めて知った。
 泉の水は溶かした絵の具みたいに見事な紅色だった。アイツらしいな―、とか思いながら通り過ぎて―いや、アイツなら赤よりは白か黒だろ―‥とか思い直した瞬間、何となく不穏な気配がしてバッと振り返った。


(これ…、血―!??)


 妙な胸騒ぎがして瞬歩でそばに寄ってみると、案の定と言うべきか例の虚が倒れていた。
 これほどのやつがどこのどいつにやられたのかと抱き起こしてみるけれど意外にも外傷はなくて―その代わり、何故か左手だけが肘まで紅色の水に浸かっていた。―‥こういうの、ドラマで見たことがある。
 サァ―、と血が引くのが判った。これ以上に酷い傷なんか今まで何度も見て来たけれど―これは戦いで傷つくのなんかとはわけが違う。
 これはその、俗に言う―‥もっとも、自分も実際に見たのは初めてだったけれど。こんな行為に走る知り合いは自分の周りにはひとりもいなかった。


(…自殺かよ!?)

 焦ってとりあえず浸かった左手を水中から引き摺り出すと、手首の付け根にスッパリと入った傷口からドパッと真っ赤な血が流れ落ちて一護は自分の想像が間違っていなかったことを思い知らされて青くなった。―良く判らないけど、かなり深そうだった。
 手首を切ったところでそうそう死なないことは知っているけれど―幾ら小さい泉とはいえここが紅く染まるくらいの出血なのだから多少なりともヤバイ気がする。
 ドラマなんかで見かけた浴槽での自殺未遂シーンは傷口の血が固まって止まってしまわないようにするためだったのか―‥とかどこか頭の隅の方でそんな知りたくもないことを理解してしまった。

 とりあえず止血しないと―ということは幾ら一護でも判った。
 ここには井上織姫もいなければ四番隊だっていない。当然だけど病院などないし、それどころか消毒液も包帯も絆創膏すらもないのだ。自分は医者(‥一応)の息子とはいえ死神代行だということの他はただの高校生だし、こういう場合の手当てなんてさっぱり判らない。
 落ち着け、とか思わず深呼吸して、手首を切った芸能人なんかが病院にも行けないのでとりあえず自分で処置しました〜とか後からテレビで告白しているのを見かけたことがある、と思い出した。考えてみると世間のリストカット常習者が都度病院に行っているとも考えられないし。―どちらにしても素人の応急処置で何とかするより他なかった。
 傷の類は見慣れているので、畏縮せずに済んだことだけは不幸中の幸いだった。死神になる前の自分だったらきっと震えてしまっただろう。―本気で死ぬつもりでやったのかは知らないけれど、ざっくり入った深い傷は、ちょっと切ってみただけ―という風には見えなかった。切り落とさなかっただけ褒めるべきなんだろうか。

 とりあえず自分の死覇装を破って肘の下あたりをもういいだろうというくらいきつく縛った。更に傷口にもぎゅうぎゅうに千切れるくらいの勢いで巻き付けた。
 それからどこで聞いたことかは忘れたけれど―確か血を止めるには心臓より高い位置に持ってくるんだった、とか思いついて彼の細い手を挙手するみたいに持ち上げた。
 自分ばっかりこんなに焦って、そもそもこいつはまだ生きているのかと―思わず顔に耳を近づけてみたら、とりあえず息はしていることが判ったのでホッとした。
 思わず心臓にも手を当てそうになって―そもそも虚だったら心臓は無いのか??とか一瞬迷って、とりあえず呼びかけてみた。


「この馬鹿!!オイ!!!生きてんのか!!??」

 呼びかけながら、思わず名前を呼ぼうとして―そう言えばなんて呼べばいいんだろうと思って困惑してしまった。
 俺、とか呼びかけるのも何か違う気がする。


「生きてんなら返事しろ!!!一、護………」

 妙に照れながら呼んでみて―左手は持ち上げたままでもう片方の肩を揺さぶると、相手がほんの少しだけ瞳を開けた。―今のところ生きてはいるようなので、思いつくままに文句を浴びせた。


「馬鹿!!いつやったんだよ!!どのくらい経った?ここじゃ輸血も出来ないって判るだろ!!!」

 ―馬鹿なことを言っている、という自覚はあった。
 いつもいつもやりあう度にこんな怪我では済んでいないのに、いつもいつの間にかピンピンしているのだから、本当は彼にとってはこんな傷なんかかすり傷みたいなものなのかも知れない。そもそもここは精神世界で、相手は実体を持たない存在で―‥怪我だのどうのという概念があるのかどうかも本当は判らなかった。

 けれど、仮にも自分の分身が―こういう方法で死に近づこうと(いや、例え他に理由があったとしても)したということは耐え難いほどに哀しかったのだ。


「…の…で…」

 彼は蚊の泣くような声で何か言った―と思ったら、怪我人とは思えない強い力で一護の揺さぶっていた手を振り払った。


「…てめーの名で俺を呼ぶなッ―‥!」

 自分の質問はまったく無視して久しぶりに見る切なさを纏ったキツい瞳で言われて、一護はまた違った意味でショックを受けた。一護、と呼ばれることの何が気に入らないのか判らなかった。
 そんなこと言われても、じゃあ他に何なんだよ…とか一護が戸惑っている間に相手はフラ、とまた意識を失ってしまった。


(オイオイ…マジでやべぇんじゃねーのか…)


 とりあえず休ませないと、と思って抱き上げたカラダがあんまり軽くて思わずぎょっとした。
 自分はこんなに軽かったのか、それともコイツが軽いのか。―まぁ体重計もないのに確かめようもない。それに今求めるべきは体重計よりも布団だった。
 もっとも、そんなものはどこにもないことも判っていたけれど。


(いつもどこで寝てるんだよ―!!)


 いつも彼を抱く時はどうしていただろうか、と考えて―立ったままだったり座ったままだったりたまに広くて水平な場所を見つけると着物を敷いたりしていたなぁ、とか思い出してちょっと愕然とした。―かなりどうかと思う。
 しかしここは己の精神世界であるのだから、自分が願えば望んだものが出てきてくれたりするのではないかと一瞬考えてやってみたけれど、生憎そんな夢のようなことは起きずに恥ずかしくなるだけで終わった。冷静になるとそんな生易しい場所ならここで生きるか死ぬかの特訓をすることなんてなかっただろう。

 岩だらけの砂地を彼を抱いたまま行ったり来たり右往左往して―‥結局彼の倒れていた泉のそばに戻って来た。
 ここはいちおう水平で横になれるくらいの広さはあるし、珍しく植物なんかも生えているし(まぁ、花はないけれど)―何よりも飲み水がそばにあった方がいいと思ったからだ。
 ―とは言っても、ここの水が飲めるのかなんて知らないけれど。
 とりあえず毒見してみよう、と一護は白い自分を下ろして傷のある左手を高い位置で側の木の枝に括り付けた。多少乱暴だけど自業自得だし、このくらいは勘弁して貰いたい。
 傷口にきつく巻いてある布は血が滲んではいたけれど、止血が効いたのか血が止まらない状態は脱したようなので少し安心した。

 小さな小さな泉は、相変わらず自分の分身の血で透明な紅に染まっていた。
 頼むから猛毒とか泥水とかでありませんように、と祈るような気持ちでほんの少し口をつけてみると、普通の水道水程度に思えた。(…多分)絵の具のような赤い色はちょっと抵抗あるけれど、当然ながらちょっと血が混ざった程度ではその味もしなかった。
 自分も焦ったせいか咽が渇いていたので思い切ってごくんと飲んでみて―、これならまぁ大丈夫…というか死にはしないだろう、という結論に至った。
 そういえばいつか献血をした時に、血が足りなければとりあえずは水分を取るといいのよ―なんて保健婦が言っていたことを思い出す。あの時は本当かよ、とか思ったけれど今はとりあえずやってみる価値もあるだろう。
 水を口に含んで、意識のない相手に口付けた。顎を引いてちょっと傾けると、口唇をこじ開けて強引に奥に流し込む。
 彼はいつも顔色はこんなだし体温も低いから、通常時と比べてどうなんだとかその辺がさっぱり判らない。痛いのか苦しいのか眠いのか暑いのか寒いのか―‥それともいっそ何ともないのか、それすらもさっぱり判らない。同じこの自分なのに、と一護は妙な歯痒さを感じた。
 とりあえず量にするとコップ一杯程度の水を飲ませてから、来ていた死覇装を脱いで地面に敷くとそこに寝かせた。
 布団がない以上頼れるのはこの自分の着物だけなのだが、当然そんなに量もないので一護は仕方なく何回か卍解したり解いたりしてみた。馬鹿丸出しだ―と思ったけれど少なくともこうすれば服だけは無限に増やせることが判った。

 とりあえず血が止まるのを確認するまでは油断出来ない、と覚悟して隣に腰を下ろすと彼の冷たい左手を取った。用事は終わったので括り付けていた木の枝から外してやる。
 滲んだ血と括り付けた跡が痛々しくてそっと口付けた。
 何だってこんなことになったんだ―と軽く目眩がするけれど、放ってはおけなかった。


 寝かせて暫くしたら、次はうなされはじめた。―かなり熱があるようだ。


「―、ちご…」

 多分無意識だとは思うけど―自分の名前を呼んではぼろぼろ泣いていた。


「俺のせい…だよな…」

 こんな真似をされたら、もうどうしていいのか判らない。
 最初に抱いたのはいつだったか―抱いてくれなきゃ舌噛んで死ぬ、とか何とかぎゃあぎゃあ喚かれたことをぼんやりと思い出した。
 もっとも、本当は最初から彼のことが欲しい気持ちはあった。―そうでなければわざわざ抱いたりはしない。でも気付かないフリをして認めなかったのは自分のエゴだ。
 そのぶんかなり甘やかして、自由にさせているつもりだった。本人にはどこが、とか言われそうだけれど自分的にはそうだったのだ。―でも、もしかしたらそれも逆効果だったかも知れない。

 一護愛してる、と口を開けばそれしか言わないこの虚は独占欲が強くて、何かと言えば俺が表に出たらいちばんに阿散井恋次を殺してやる、とかそんなことばっかり言っていた。
 適当に相手をしているわけではない、本当は好きだから―と言えば良かったのだろうか。
 自分はまったくその気がない相手を抱いたり出来る器用なタイプではない。幾らここが自分の夢みたいな世界だからと言ってそれは変わらない。
 嫉妬する前にその辺を良く考えれば判るだろう―とか言ったところで彼が信じないことも判っていた。そもそも、全てはもう遅い。


「…そんなに泣くなよ」

 そんなに泣いて自分の名前を呼ばれては何と言うか―たまらなくなる。
 自分の名前を紡ぐ口唇にそっと口付けて―流れ落ちた涙をぺろりと舐めた。
 だいたいこちらだって、自分と同じ顔にこんな気持ちになるなんてどうかしてるんじゃないかと思うくらいなのに―その辺を良く…いや、もういい。
 熱があるはずなのに握った指先は氷みたいに冷たかった。そういえば熱が上がる前は寒気がして酷く寒かったっけ、と一護はそこら中の着物を滑り落ちる限界まで被せてから、意識の無い彼の隣に潜り込んだ。


「俺はここにいるから…だから泣くな」

 ―聞こえていないことは百も承知だった。


「文句があるなら後で幾らでも聞いてやるから今は大人しくしてくれよ…治るもんも治んねーだろ」

 羽交い締めにするみたいに後ろから抱き締めてやると、急にホッとしたみたいな寝顔に変わったので呆れてしまった。

「ったく、ここまでしてやんねーとダメなのかよ、てめーは…」


 ここは暖める意味も兼ねて、抱き枕みたいに抱いておいてやることにした。
 時々起き上がっては額に濡らした布を置いてやったり、口移しで水を飲ませてやったりした。熱でうなされたら優しくキスしてやった。ほとんど介護というか―‥こんなにかいがいしく誰かの面倒をみたのは初めてだった。―しかもそれが己の分身とは何とも言い難い。
 眠くなったらそのまま眠ったけれど、自分が寝ている間に逃げられたりまた手首を切られてはたまらないので、物凄く気合いを入れて眠らなければならなかった。―さっぱり寝た気がしなかった。


 翌日になると流石に血も止まったので、きちんと傷口を綺麗に洗い流してから布を換えてやった。改めて見ると、そりゃあこんな傷から大量出血すれば熱も出るよなぁ、というような深さだった。普通の人間だったら死んでいたかも知れない。その前に普通の人間ならここまで深く刔る勇気はないだろうけど。
 本当ならちゃんと輸血して縫うべきなんだろうなと思ったが、何の施設も道具もないここでは無理な話だった。そう考えるといつも井上や四番隊に回復して貰っている自分たちは恵まれすぎているというか―本当は怪我というのは、ああゆう風に治すものではないよなぁ、と思う。まぁいつもそんなことを言っている場合ではない状況ばかりだから仕方がないのだが。
 ともかくなるべく傷口をくっつけておいて、後は彼の回復力に頼るしかなかった。
 夢の中でまで何故こんなに苦労を、と思うけれど―大切なものを大切にしなかった罰のように思えた。


 どのくらいの間そうしていたのか―後から考えてもさっぱり判らなかった。多分日にちにしたら二、三日くらいだと思う。
 そんなに長くはここにいられないのではないかと、眠るたびに自分のベッドで目覚めませんように、彼の意識が戻るまでは待ってくれと誰にでもなく祈った。
 まだ現実に戻るわけにはいかなかった。せめて無事を確かめて―ちゃんと話をするまでは。

 自分のベッドで目覚めた瞬間、これも現実味のないフワフワしたお伽話に変わってしまう。―いつも、いつもそうだった。それがいちばん嫌で―認めたくなかった。
 この世の全ての夢がそうであるように、これも己の夢でしかないことは判っていたから。


 それでも―

 そんなことで酷く傷つけたことを心の底から後悔した。
 夢でも何でも、信じて貰えなくても―ちゃんと伝えておけば良かった。


「―もう逃げねぇから。だから死ぬなよ…」














「あっ…ちぃんだよ、いちご!!!!」

 思わず叫んだ自分の声で目が覚めた。
 ―瞬間、二日酔いみたいに(いや、経験はないけれど)頭がガンガンしたと思ったら―次はぼんやりしてうまく回らない。
 とても長い時間―1年か2年くらい眠っていたような変な感じがした。


 後ろから一護に抱かれている、ということはかろうじて判った。が、眠っているらしき彼はとてもそうとは思えないくらいきつく自分を抱いていた。
 がんじからめとはこのことか、というくらい、右手はがっしりと自分の胸に回っていて微動だに出来ないし、何故だか両脚までカラダに巻かれて完全に動きを封じられていた。これでは抱かれているというよりはプロレスか何かの技をかけられている、という感じだった。相手は爆睡しているようなのにいったい何事かと思う。
 そんな中何故か左手だけは―まるで慈しまれるみたいに一護の指先と絡んでいた。


「いちごってばー!!」

 妙に力が入らなくて自力では振り解けないようなので、懇願するみたいに後ろの一護に呼びかけた。
 見事に記憶が吹っ飛んでいて、この状況が良く判らなかった。
 まわりを見渡してみるとそこは自分の定位置である例の水鏡の前で―地面に何枚か着物を敷いて眠っていたらしい。
 やけに暑い、と思ったら一護のものらしき着物を布団のように大量に被っていた。更にまわりにも何枚も散らばっていた。
 木には黒に交じって白い自分の着物も干してあったりして―大変異常な光景であった。


「ん…気がついたのか…」

 じたばたもがいていると、ようやく一護が目を覚ましたらしい。―が、妙に疲れた声をしていた。


「さすがに…眠かったぜ…」

 一護はそんなことを言いながら自分の額に手のひらを当てた。


「良かった、とりあえず熱は下がったみてーだな…。どうなることかと思ったけどおまえがしぶとくて良かったよ…」

 耳に軽くキスされて身体が熱くなった。
 本当に何事か知らないけれど、急にそんな風に扱われたらどうしていいのか判らない。


「そ、そんなことよりマジで暑いからちょっと離せって…いったいどうしたんだよ…」


 はぁ!?と一護が大袈裟に声を上げた。

「離せだぁ?冗談じゃねーよ、苦労してずっと捕まえてたのにまたやられてたまるか!!俺がどんなに苦労したと…!!!せめてもう二度としませんって泣いて誓うまで死んでも離さねぇぞ!!!!」

「しないって…何を…」

 恐る恐る尋ねると、一護ははぁ、と溜息をついた。


「…熱で記憶ブッ飛んじまったか…。じゃあ見せてやるよ、てめぇが一体何をしたのか…」

 妙に仰々しく言うと一護は指を絡めていた自分の左手首に巻いてある布の結び目を解いた。
 包帯みたいにぐるぐると巻いてあるそれをゆっくりと外してゆく。
 見ているうちにもしや…、と思ったけれど、もちろんそのまさかだった。
 布の下から目に飛び込んできたのは見事なくらい真っ直ぐ―ざっくりと入った傷だった。凄まじいまでのやっちまった感が襲って来て、まさにあーあ…、としか言いようのない気持ちになった。


「―思い出したか??言い訳があるなら聞いてやるけど?それとも、自分でやったかどうかも判らないか?」

「いや…確かにしたのは俺だけど…決してそういうつもりじゃなくて…俺、変な自傷癖とかないし…」

「説得力が全くねぇ話はいいから、とりあえず理由を言え。まさかこいつが斬月の使い方だとか言うんじゃねーだろうな?」

 一護は怖い声で言った。
 そこでようやく、自分が一護の逆鱗に触れてしまったことに気付いた。


「…あんなでけぇ刀で手首なんか切れるわけねぇだろ」

「じゃあ何でやったんだよ」

「…そのへんの…尖った石…」

 小さな声で最後の質問にだけ答えた。


「石なんかでよくもこんな傷…本気で死ぬつもりだったってのか?」

「…」

「じゃあ俺の気を引くため?」

「ちがッ―」

「―どっちにしても俺のせいなんだろ?」

 一護は酷く辛そうな声で言ってきつく抱き締めたまま、絡めた左手の傷を舐めた。―さすがに滲みて激しい痛みが走った。


「―ッ!!」

「痛ぇのか?でも俺はてめぇにこんなことされて、もっと痛かったんだぜ?」

 ―嘘をつくなと本気で思った。
 こっちはおまえの考えていることくらい判るんだよ―と思ったけれど、身体が酷く弱っているせいか傷の後遺症か―ともかく今はちっとも判らなかった。
 行為の最中ですら手に取るように判ったというのに、こんな時に限って役に立たないから余計忌々しい。


「…俺が何しようがてめぇに関係ねーだろ」

「関係なくねーよ。おまえは俺なんだから。しかもセックスまでしてるじゃねーか。関係ありすぎるだろ」

「…」

「それともそんなに死にてぇならこのまま抱き殺してやろうか?おまえを抱き締めてる間、怪我人だからってずっと我慢してたんだぜ?」

 一護はおおよそ彼らしくないことを言って、自分の首筋にキスをした。阿散井じゃないけれどそれは魅力的だ、と一瞬思ってしまって―かなり一護がまいっていることを理解して首を振った。どうやら数日まともに寝ていないようだし、そりゃあこんな風にもなるだろう。


「ごめん…なさい…」

 泣きそうになって謝ると一護も悪い、と言った。

「病み上がりだってのに苛めちまったな…」

 一護は申し訳なさそうにちょっと笑って、手首に元のように布を巻き付けて軽く口付けた。


「あともうひとつ忘れてねぇか?」

「…もうにどとこんなことはしません」

 思わず棒読みで言ってしまったけれど、一護は笑って離してくれた。
 暑かったはずなのに、ずっと密着していた身体が離れると妙に淋しく感じた。すると一護はもういちど自分を抱き寄せて―軽くキスをした。妙に優しいキスだった。―どういうつもりか知らないけれど、幸せだと思った。
 自分のそれは目の前の木に干してあるから当然なのだけれど、起き上がってみると一護の死覇装を着せられていた。
 卍解の時の着物の方が良かったか?と一護は笑った。


 流石にかなり出血したようで、久しぶりに自分の足で歩き出すと頭がくらくらした。―情けないものだ。

「…危なっかしいな。―ホラ。」

 一護は自分を捕まえてひょいと抱き上げるとすたすたと泉の側まで歩いていく。まるで病人扱いだ、と思ったけれどまぁ殆ど病人のようなものか―とあっさり納得した。
 一護は泉の淵で自分を降ろして、ここが真っ赤だったんだよ―、と言った。横顔が辛そうで胸が痛んだ。気を失っていたから自分は当然その光景を見ていない。―今はもう、すっかり透明に戻っていた。
 もはや言い逃れも出来ないなぁと半分諦めて、―あんまり覚えていないその時のことをぽつぽつと話しはじめた。


「…俺は一護の一部だからおまえが死んだら一緒に消えるけど…。俺が死んだらおまえも死ぬのかなって思って…いや、多分それはないと思ったんだけど…いちおう試してみた…」

 何だそれ!?と一護は素っ頓狂な声を上げた。

「俺を殺したいならいつでも挑んで来ればいいじゃねぇか」

「入れ替わって表に出たいわけじゃない、おまえを誰にも―‥阿散井恋次に渡したくなかっただけ…だったから…。本当に―殺してやろうって…」

 一護が誰かのものになるくらいなら、この自分共々葬り去ってしまいたい。自分が消えたって一護と心中するなら本望だと、そう思ったことは否定しない―この際だからはっきりそう言った。


「…それに今まで、怪我なんかしたことなかったから」

「は?」

「すぐ治る―ていうかそもそも怪我とかいう概念がなかったというか…。いちごと戦った時もそうだった。斬られても別に痛くもなかったし。―たとえ消えたって、いつの間にかまた存在してたくらい。だからこんな痛い思いをしたのはこれが初めてで…あんまり覚えてねぇけど、しんどかったのは覚えてる…」

 一護はへぇ、と言った。

「そりゃあおまえが俺に近付いてる証拠かもな。虚とかっていうより、どっちかっていうとより俺の霊力に近くなってるっつーか…」

「え…?」

「だって―‥おまえの血があんなに赤いなんてな…」

 一護はぽつりと言った。そう言われてみれば自分の血は最初から赤かっただろうか―とかぼんやり考えた瞬間、突然正面から抱き締められて心臓が飛び出しそうになった。


「ほんとに…あのまま俺の腕の中で消えちまうんじゃないかと思った…」

「いち…」

「凄かったんだぜ、おまえ…。俺の名前呼びながらボロボロ泣いて―すげぇ熱があるのに、寒かったんだろうな…カラダは氷みたいに冷たくて―‥あんな状態で死なせたら俺はすげー最低な男になるところだった。ほんと、良かった…」

 一護は、手負いの小鳥には誰にだって優しい。―自分がいちばん良く知っていることだった。
 それでもぐるぐると目が回って―この自分にも一応存在していた理性という柱がガラガラと音を立てて全部崩れそうになるくらい―その言葉は真摯で自分の心に突き刺さって、もう立つことも出来なくなりそうだった。


「…い、いちご…やめて…それ以上言われたら俺、勘違いしそうになる…」

 間抜けなことを言っている、と思ったけれど言わずにはいられなかった。


「―いいよ、勘違いしとけよ」

「いちごが良くても俺は良くな―」

 これ以上勘違いなんかで傷つくのはごめんだと―言いかけた言葉はあっさりと一護の口唇に飲み込まれた。鳥肌が立つくらい優しいキスで―それでも思いっきり深く貪られて目眩がした。


「あのさ…。俺がわざわざおまえを抱いてる理由判ってるか?」

 はぁ、と息をしている向こうで一護が何か恐ろしいことを口に出そうとしているのが判った。


「フツー男でしかも同じ顔の相手なんか、その気になんねーだろ。―かわいい、抱きてぇって思わなきゃ無理だろ。だいたい、二日も三日も抱いて眠ったって時点で悟ってくれ」

「ちょ…いちご…それ以上口に出したらおまえ、正真正銘浮気…だから…な…?判って―‥」

 それは、今まで味わったことのない類の恐怖だった。少なくとも一方的に愛を強要していた頃にはまったく知らなかった。―「その」可能性は、万に一つも…考えたことすらも、―無かったからだ。
 この場から逃げ出してしまいたいと切実に思ったけれど、一護に抱き締められているのでそれも叶わなかった。


「―なに、いざとなったら震えてるんだよ?」

 ほんとにかわいいやつだな、と一護は笑って―震える指先にキスをした。


「…おまえがいちばん欲しがってた言葉だろ。―ちゃんと聞いてろよ?」

 死刑を宣告されるような恐怖に耳を塞いだ手を優しく解いて、一護は小さな声で囁いた。




「―愛してる。ごめんな、今まで黙ってて―‥」





 ―‥‥。



「なんで泣くんだよ?」

 一護は不満そうに言った。


「だっていちごがウソつくから…」

「こんな時に嘘でこんなこと言うかよ」

「―じゃあそんなの、気の迷いか錯覚だ…」

「なんでそんなにマイナス思考なんだおまえ。そんなんだから手首なんか切るハメになんだよ」

「…」

 おまえのことだから、と一護は溜息をついた。

「どんな状況でこの傷をつけたのか手に取るように判るぜ」

「え…」

「どうせ俺のことなんてみんな見えてんだろ?―‥そうだな、俺が恋次に一緒に死のうとか言ったあたり?」



 ―そういえば。
 今の今まで頭でも打ったみたいに靄が掛かってハッキリしなかったその瞬間の記憶が、一護の言葉で完全にフラッシュバックされた。


「―ほら、当たった」

 一護が満足げに言った。



 ―あの時。
 どんな話の流れからそんな話になったのかは忘れたけれど確かに一護はこう言った、もしこの先―おまえと別れるくらいなら一緒に死ぬって。阿散井は物凄くびっくりしたみたいな顔をして、やめろよ、とか言って、それでも凄く嬉しかったようで―でもおまえとならいいぜ、って付け足した声が震えてた。
 ―許せないと思った。そんな理由で一護が死ぬくらいならこの手で自分が殺してやると本気で思った。
 その瞬間、魔が差したみたいに―自分が死んだら一護はどうなるのかって―‥かねてから疑問だったことを確かめてみたくなったのだ。
 一護を道連れに出来るなら儲けものだし、もし失敗しても自分は怪我なんかしないつくりのようだし―‥最悪、もし自分だけ死ぬことになったとしても、一護と阿散井が愛し合っているのをこの先ずっと―見続けるよりは多少なりともマシに思えた。


 ―傷付けるのは思ったより簡単だった。
 自分に傷をつけた経験は流石に無かったけど、元々容赦のない性格だからたいして躊躇もしなかった。
 流石にかなり痛くて血もだらだら出たけれど、まだまだ出血が生温い気がして腕を水に浸した。
 そうしたら段々気が遠くなった。
 薄れ行く意識の中で、あぁやっと死ねる、と思ったことを覚えている。
 そうしてやっと気付いた、一護のことは殆ど言い訳で…自分はここから逃げ出したかっただけなんだって。一護が自分のものにならないこんな世界にはもう用がないって。
 本当はどんなに望んでも手に入らない存在をずっとずっとずっと―ただ見ていることに絶望していた。


 ―そこまではおおよそ予想通りだった。
 だけどもう完全に死ぬ気満々になっているところにいきなり一護が来た。
 完全に計算外だった。
 ―やけに必死に自分を揺さぶっているのをぼんやり覚えている。
 なんでそんなカオをするんだよ―とか思ったような気がする。

 ―好きじゃないくせに。自分のことなんか、これっぽっちも好きじゃないくせに。




「―好きだよ。おまえが好きだ」

 段々わけが判らなくなってきて益々ぼろぼろ泣いていると、まるで自分の考えていることが全部判るみたいに一護が言った。


「こんなに好きだって言ってるのにまだ判んねぇのか?」

「―判んねぇよ、いちご…」

 一護はぼろぼろと零れる自分の涙を拭ってまた口唇を塞いだ。口付けながら一護の手がするりと着物の内側に侵入してくるのが判った。


「言葉で判んねぇならカラダに教えてやるよ…。ほんとにずっと我慢してたんだぜ?俺―‥」

 一護は切なげに言って自分の口唇を舐め上げた。
 なんだよそれは、と思ったけれどこちらももう―何も考えたくなかったから。
 了解の印に相手の背中に手を回すと、一護はまたいかにも軽々と自分を抱き上げて元の寝床まで運んだ。
 そのままそっと下ろされたと思ったら、着物の前を完全に開けられてしまった。いきなり一護の視線に晒されて、他愛のないカラダはすぐに熱くなってしまう。


「―そんなに…見んなよ。どーせてめぇと同じだろ…」

「そうだな…。―指の先まで俺と同じ」

 一護は自分の黒い爪先にキスをしてから鎖骨のあたりに口唇を落とした。


「―ッ」

「もう感じてんのか?」

「―だって、いちごが触ればどこでも感じる…」

「恥ずかしいセリフ」

 一護は嬉しそうに笑って額にキスをした。











「―っあ」

 身体の線を丁寧になぞる度、愛撫されることに慣れていないカラダはいちいち声を上げた。


「もっと見せて、もっとおまえの奥まで…」

「―なっ…やぁっ…」


 泣きそうな声が可愛くて、胸の突起を何度も舐め上げた。
 感じる場所なんてまるで手に取るようにはっきりと判る。―何しろ目の前の相手は自分そのものであるのだから。


「そろそろ判ったか?―俺がおまえを好きだってこと」

「判んねぇ…っよ…」

 愛撫しながら尋ねると相手はぶんぶんと激しく首を振った。


「…俺が誰でもこんな風に抱ける男だって思ってんのか?」

「そうじゃ…ねぇけど…あっ…」

 涙を浮かべた瞳でそんな風に見られたら―‥自分の気持ちを判って欲しい以上に、一刻も早くその肢体内に侵入したいという欲望が湧き出て来て抗えそうにもなかった。


「挿れるから、力抜いてろよ―‥」

 今までのセックスは全て―彼が求めるまま彼のしたいようにさせていた。自分から抱く時も極力必要最低限のことしかしないように心掛けていた。
 自分には他に恋人がいるということがひとつ、自分の夢の中の自分自身に夢中になっているなんて認めたくなかったということがひとつ―そして最後にもうひとつだけ、理由があった。


「やぁっっ―」

「ホラ―‥全部入った」

「も…いちいち…言うっな―‥」

「やめねぇ、俺は今おまえのナカにいるんだぜ?」

「なん…でそんなヤラシーことばっか…言うんだよっ―」

「愛してるから」

 虚は本気で泣きそうな声で、そんなの全然判んない―と言った。

「判んねぇようにしてたんだよ。―おまえには…おまえだけには絶対、知られないように…。おまえがどれだけ俺の心が判ったとしても、絶対にそこだけは見られないように―」

「なん…」

「おまえのこと愛してるって…認めたくなかったし、認めないようにしてた。恋次のこともあるけど、それ以上にここでおまえを抱いたあと現実で目覚めるのが怖かったんだ。―何もかもが俺の夢だって思い知らされるから…。おまえは俺の中にしかいなくて、これは俺の独りよがりな…気持ちだって―」

「…」

「でも本当は初めておまえを抱いた時から、俺はおまえのこと愛してた。そうじゃなきゃどんなに迫られたって抱いたりしねえよ。判るだろ?」

「えーーー‥‥」

「信じてねえな。…まぁてめーが信じないことは想定内だから続けるぞ。―とにかく愛してるから、失いたくなかった」

「失う?」

「おまえが俺に還って消えちまうんじゃないかってことだよ。還元しちまうっつーか…。ほんとは、最初に抱いた時も怖かったくらいで…」

「…(かんげん…?)」

「おまえが俺と交われば交わるほど、近づけば近づくほど―‥愛し合ったぶんだけ俺たちの間の境界線が薄れて、たぶんしまいには―完全にひとつになっちまう―っていう俺の推理。」

「ふーん…。まぁ、それは十分有り得る…かも…」

「でも俺はおまえにはずっと俺の中にいて一緒に戦って欲しいと思ってた。だからおまえを抱く時も敢えてそういう抱き方はしなかったし…、俺から幾らでもかけ離れるように、この世界で何をしても―‥俺以外の誰とやっても自由にさせてた」

「…」

「でも…取り返しのつかないことをしちまったな…」

 絡め合った左手の指をそっと解いて、傷のある手首に優しくキスを落とす。


「―ごめんな、おまえをこんなに傷つけた俺のせいだ。自分が可愛くてちゃんと伝えなかったから―‥必死になって隠し通したりして…」

「でも…これは俺が勝手にやって…」

「いや、俺のせいだ。おまえをこんなに泣かせてまで…」

 相手は明らかに戸惑いの色を浮かべた涙目で自分を見ている。その瞳にキスをして浮かんだ涙を舐めた。


「―だけどもう迷わねぇ。浮気だって言われてもおまえのこと愛してるってはっきり認める。―だからてめぇも覚悟しろ。いつか俺と混ざり合ってひとつになっちまっても構わねぇって…」

「―そんなの…俺は最初から構わねぇのに…」

 俺が構うんだよ、と思いつつ相手に埋め込んだそれを更に深いところまで…刔り取るみたいに突き進めた。

「―!やぁっ―」

 完全に状況を忘れていたらしい相手は油断して甲高い声を上げた。


「―さて、休憩終わり。今からおまえを完全に俺のものにしてやるからそっちの覚悟もしとけよ」

「な、なにそれ…?」

「―おまえはこれから、真の意味で俺のものになるってこと。途中で気絶すんじゃねーぞ」

「…エ」

 少し青くなった虚を無視して思いっきり揺さぶってやる。

「あっ…ちょ…いちごっ…!」

 案の定相手は泣きそうな声を出したけれど構わなかった。


「左手に力入れるなよ、傷が開くから…」

「…そん、なこと…言われてもッ―」

「しょーがねぇなあ」

 腕を伸ばして彼の左手を捕まえると、シーツ代わりの着物の上で固定した。

「俺が押さえててやるから、肘から上に力入れるなよ」

「えっ…難…」

「難しくねぇよ」


 ―やっと結ばれたという感じがした。
 色々とすれ違って遠回りしたけれど、何よりも生きていてくれて良かったという喜びが大きかった。


「いいか?もう誰にも抱かせるな。人間だろうが死神だろうが虚だろうが―‥他の誰でも許さねぇ」

「いちご…」

「友達がいるのはいいことだからな、ここに入って来るのは構わねぇ。誰であろうとな。―でもセックスは駄目だ。殺すぜ、…おまえじゃなくて相手をな」

「―知ってた、んだな…」

「馬鹿、気付かないわけないだろーが。」

「…」

「おまえのナカに入れるのも、この口唇に口付けられるのも―もうこの俺ひとりだけだ。―判ったか?」

「…ハ、ハイ。」

「もし無理矢理迫ってくるやつがいたら殺しても構わねぇ。おまえならそのくらい簡単だよな?」

「―殺してもいいんだ、いちごらしくない…」

「そんなことねぇよ。おまえに触れるやつは許さない…」


 判った、と頷いたその口唇に口付けて―その身体を更に侵食すべく最奥へと進んだ。











 もうどこの体液も一滴も出ない、というくらい目茶苦茶に抱かれて、そのまま眠って、もうどれくらいの間一護と抱き合っているのかそれさえもさっぱり判らなかった。
 息をするのも億劫だと思うくらい―全身がだるくて力が入らなかった。


「…生きてるか?」

 一護は後ろから自分を抱き締めたまま耳元で囁いた。

「…いちお、生きてはいる」

 返事をすると、軽く頭を撫でられた。

「俺の気持ち、もう判ったよな?判らなくても―‥信じてくれるだろ?」

 流石にもう逆らう気もなくて従順にコクンと頷くと、自分に巻かれた一護の細い腕に力が入るのが判った。

「―良かった。後は怪我が早く治るといいな」

「うん…」

 正直言ってもう怪我のことなど半分忘れていたのだけれど。甘い幸福感で胸がいっぱいで、このまま消えて無くなっても構わないくらいだった。


「傷開いてねぇか?」

「痛くねぇし血も出てないから大丈夫だと思うけど…」

「一応見てみるか…」

 一護は後ろから器用に巻かれている布を取った。
 最後に見てから結構時間が経っていることもあり、流石に切った部分はくっついたようだ。


「…でもおまえ、コレ間違いなく痕が残るぜ」

「別に構わねぇけど」

「俺が構うんだよ。折角の綺麗な肌が勿体ねぇ…」

 一護はついでに布を換えて、元のように傷口をぐるぐると覆いながら言った。
 それは本気で言っているのかと問い掛けたくなったが、一護はいつでもこうか、と思い直した。

「まぁしばらくは絶対安静だな。まだだいぶ貧血のはずだから水分も取れよ」

 あんなに抱いておいて説得力がない、と思ったけれどとりあえず頷いておいた。


「つーかおまえがもう少しくらい快適にココに住めるように何か手はねぇか考えてみるよ。何しろここ何にもねぇもんな〜。寝かせる時どこにしたらいいのかだいぶ悩んだんだぜ」

「…いや、ここ俺と斬月の趣味でこうなってるだけで。別に俺何にも要らねぇから」

「は??そうなのか??ちくしょー俺が念じたって届かなかったってのに…!俺の精神世界だってのに俺は主人として認識されてないってことかよ。つーか斬月??そーだあのオッサンは??」

「どっかそのへんにいるんじゃねぇの?あのオッサン俺以上に神出鬼没だしな…自由に消えたり現れたり出来るみたいだし」

「そーゆーことじゃなくて、てめぇここで斬月のオッサンとふたり暮らしってことになるじゃねーか!!!危険だろ!!!」

「…きけん??なにが??」

「とにかく、出来るんなら家くらい建てとけ!!玄関の鍵は勿論ダブルにすんだぞ」

「家…ってどんなの??」

「俺が住んでるみたいなやつだよ!!…いや、せっかくだから豪邸とかにした方がいいのか…??まぁおまえ、俺の視界は見えるんだろ?町にある建物とかでおまえが気に入ったやつを実体化して住めばいい」

「アバウトだな…。まぁ、判ったよ」

 適当に答えると自分の手首の包帯をちらりと見た。丸く収まった(?)のはいいけれど、これじゃあまるで―‥


「でもこれじゃあホントに俺が一護の気を引くために手首を切った卑怯なやつみたいだな…」

「済んだこと気にすんなよ。それに勝てばいいのがおまえの流儀だろ?」

「…そんな流儀を持った覚えはねぇし、全く慰めになってねーよ。だいたい、勝ったって誰にだよ。おまえ?阿散井恋次??むしろ負けた気がするくらいで…」

「まぁ、それはそれでキッカケってことでいいんじゃねーか?どうせどっちにしても遅かれ早かれこういうことが起こってたって」

「そうか…?」

「それにおまえのことだから本気で死のうと思ったら、それこそ腕を切り落としたり胸を貫くことだって出来ただろ??―この程度で済んで良かったぜ」

「オィ、幾ら俺でも切り落としたりは―‥」

 一護の言葉を軽く否定しながら―そういえば、と気付いて尋ねてみる。


「そういえば…いちごはなんでここに来たんだ?」

「気付いたら来てたんだよ。虫の知らせか―そうじゃなきゃおまえが呼んだんだろ」

「へぇ…」

 呼んだ記憶はないけれど、本当は一護を呼んだのだろうか―‥この心のどこかで。


「まぁ何にせよ間に合って良かったよ。もうちょっと遅かったら手遅れだった可能性もあるしな…」

「…」

 一言くらいお礼を言うべきなのかなとか考えて―‥そういえば誰かに礼を言ったことなんか今まで一度もないことに気付いた。当然だけど。
 阿散井恋次だったら照れもせずに言えるんだろうけど、自分は今まで自分の気持ちを言葉で伝えた経験なんて殆どないし、その五文字を口にするのは想像以上に難しくて―ただ自分に巻かれた一護の腕を握り締めるだけで精一杯だった。


「…おまえさ」

 一護は自分を抱き締めたままで言った。

「気ィ失ってる時に俺が"一護"って呼んだらさ、すげぇ目で俺のこと睨んで―てめぇの名前で呼ぶな、って言ったんだよ」

 そんなことを突然言われてもまったく覚えていなかった。

「…俺の名前で呼ばれるの嫌か?」

 耳元で問いかける甘い声に頭の芯がぼうっとするけれど、何とか口を開いた。


「―‥うん。嫌…」

 どうして、と聞かれる前に続けて言った。

「だって俺にとってそれは…おまえだけの名前だから…俺が愛してるいちごだけの―‥」

 一護はそうか…、とだけ小さく言うと突然自分の身体を持ち上げてくるりと自分の方を向かせた。


「わっ…何だよ!!」

「いや、いい台詞だから目を見て言ってほしいなって」

「えっ…あいしてるとかそのへん??そんなのいつも言ってんだろ!!」

「だって今のおまえしおらしくて可愛いからさ…」

 顔を上げると一護の笑顔があった。
 ―本当に、鏡を見ているようにそっくりだと当たり前のことをしみじみ思った。


「…いちごが好き」

 何かに操られてるみたいに、すらすらと言葉が出た。


「…誰に抱かれてもいちごのこと考えてた。いちごだったらいいのにって…そればっかり―」

 今、自分を抱いているこの腕は確かに一護のものであるはずなのに、それすらも夢のように思えた。


「バカ、…夢じゃねーよ」

 一護はまた見透かしているように言うとぎゅっと抱き締めた。


「確かにおまえは俺の中に存在してる。俺とおまえにとっては、間違いなくこれが現実ってことだ。たとえこれが俺の夢でもそれが確かなら―もう俺は怖くない」


 ―やっぱりこういうとこ、一護は強いなと思った。こういう強さに誰もが惹かれ、憧れて、彼に夢中になるのだろう。
 やっぱり、一護だけが自分の王だと強く思った。
 この先―世界の終わりが来るか、一護が永遠の眠りにつくか、この自分が消えてなくなるまでの間ずっと―‥


























 ―それから。
 やっぱり傷の後遺症なのか、一護の思考回路だけが読めなくなったこと以外は特に変化もなく月日が過ぎた。
 精神世界の利点と言うべきか、お陰で逢いたい時に逢えて欲しい時に与えられるという非常に都合のいい生活に突入した。なんとなく卑怯な気すらするくらいだった。
 深く結ばれたせいか、一護はすっかりこの世界を我がものとしたようで、眠っている時なら出入りも自由自在になったらしい。
 自分ももう傷のことすらすっかり忘れて生きているけれど、未だに一護がこの傷を見ると辛い顔をするのでそのたびに罪悪感がちくりと胸を刺した。
 あんまり切ない顔をするので―付き合って二年くらい経った頃、別にこの傷でおまえを縛るつもりはないとはっきり言ったけれど、そんな理由で一緒にいて、カラダを繋いでるわけじゃねぇよ、と否定された。


「…おまえさぁ。結局のところ未だに信じてねぇんだな、愛してるっての」

「だって。俺もういちごの考えてること判んないし。別におまえ阿散井恋次と別れたわけでもねぇし」

「そこまで言うなら信じなくても構わねぇけどさ。―いつかは嫌でも判るだろうから」

 一護はそう言って自信ありげに笑った。


「おまえが俺の中にいれば、いつかは判るよ―‥」

 呪文のようなその言葉を反芻しながら、枕に顔を埋めた。
 一護の手が頭を撫でるその感触が―もうすっかりこの身体に染み付いてしまったことは幸せなことなのだろうか、と眠い頭でぼんやり考えた。


「オイ、まだ一回しかやってないのに寝るなよ。せめてもう一回…」

「いちごは、なんでそんなにえっちしたがるの…?」

「なんでじゃねーよ、好きならヤりたいに決まってんだろ」

 一護は呆れた声を上げた。

「おまえも、付き合う前はすげーがっついてたじゃねーか」

「だって、セックスって愛してる証拠だと思ってたから。何でもいいから抱いて欲しかったんだよ」

「…今は…違うのか?」

 一護はふわりと笑ってシーツを握る指に自分の指を絡めた。


「…今は…何が愛してる証拠とか良くわかんない…いちごに抱かれるのは好きだけど…」

「…いいよ。それで十分…」

 一護はぞっとするくらい優しい笑顔で、もう殆ど意識が朦朧としている自分に口付けた。
 何だかんだ言って一護は優しくて、彼の腕の中は目覚めたくなくなるくらい甘くて居心地が良くて、ここにいると直ぐに眠くなってしまう。
 結局、一回しかやってなくて悪いなぁ…とか頭の隅で思いつつも、襲い来る眠気には逆らえなかった。







 ―本当は、今すぐ教えてやらないでもないのだけれど。
 他愛もなく眠ってしまった白い自分を見つめて思う。

 王だの何だのと主導権を争った時も、愛していると散々強請られた時も―‥本気で邪魔だったらとっくに消してしまっていた。この自分の一部なのだからそのくらい簡単だった。彼の言う通り、彼にとってはこの自分が主人格という名の王であるのだから。

 欲しがっていたのは自分の方だし、失いたくないと怯えているのも自分の方だと―今すぐに見せて欲しいというのならばそれも可能なのだ。

 こんなにも自分は独占欲が強かっただろうかと思うくらい、手元には置いておけないのだと思うだけで気が狂いそうになる。
 この広大な己の内側の世界に閉じ込めておくことしか出来ないのなら、いっそもう自分の方がずっとこちらにいようかと―現実での戦いや死神としての任務、…向こうにいる恋人のことも忘れて考えてしまうことがある。

 例えば今更彼が別れたいとか、他の男がいいとか言い出したとしても自分は絶対に彼を逃がさないだろう。こんな傷で縛るつもりはないと彼は言ったけれど、むしろこの傷で彼を縛っているのも自分の方で―自分は自ら小鳥に羽を切らせたも同然な酷い男なのだと。
 この凶悪な感情は間違いなく愛という名前で―彼が証拠を見たいというのなら、その扉を開いて見せてやらないでもないけれど。


 ―それよりも、死ぬまで時間を掛けて教えてやろうと思う。
 愛されることが判らないというのなら責任を持って。
 それだけじゃない、この世界の全ての感情―彼が知らないことのすべてを。



 それがこの小さな自分に出来るこの自分の愛の証明だと思う。





↓何というかもう、あとがき反転↓(むしろ読まなくてヨシ)
もはや…言い訳はすまい…。(虚ろ)
…ええと。
視点がコロコロ変わって読みにくくてごめんなさいね。(誰)(謝るべきはそこじゃないだろ)一応色変えてみたけど…微妙www(オイ)
これを書くことによって、自分の書いた文字だけを見つめて何時間でもボーっとするという、新たなスキルを手に入れましたΣd(゚∀` )(全く必要ないーーー!!Σ(´∀` ))
携帯の文字数限界まで打ってパソに転送、また限界まで打ってはパソにryという頭の悪いことをひたすら繰り返していた\(^o^)/
内なる虚が手首を切る話を書こう!wwって思いついたまでは良かったんだけど…(良くない)
私はリストカットを軽蔑している割には、何故か良くリストカットの話を書いている気がする…_| ̄|○(…)
こんなことなら、例の●護ちゃんの話もっとちゃんと聞いておけばよかった…(何の後悔だよ!!)
しかも私は自分が手首を切ったことがあるわけではないため、なんか色々嘘書いてるような気がするんだけど…まぁ…あまり気に…せず…!(薄ら笑い)
この壁紙を使う段階になってかなり後悔したけど、これはもうこれ以外で使う機会はないだろうと己に言い聞かせて使ってやったよ!俺はやった!!(何が…)
そもそもこれは別に純粋な黒白にしても良かったんだけど、一恋一の人が大抵そうであるように、
私も「一恋一+内なる虚」みたいなのがすごく好きなのでもうここはいっそ、一恋のままで。(いっそ、じゃないから!!)
半分くらいまで書いたところで、そういえば私はこういう展開が何よりも好きだったんだわ…、とようやく思い出したけれどもう遅かったです。
今でこそ私は、基本的に自分の書く恋愛は一対一というか、矢印が絡む類の話はまったく書く気はなく、
とにかく平和的なハッピーエンドだけが好きでそれ以外は徹底して書かない女なのだけれど、
かつてとても若かった頃はそんなことはなく、他人が絡めば絡むほど楽しめる子でした。まぁ当時描いていたのがオリジナルというのもあるけど。
そういうわけで激しくKIMITEとデジャヴりましたが気付かないフリをしました\(^o^)/(…)
本当に…こういうの…何度も書いたよね…_| ̄|○(愕然…)
終盤になる頃にはもう、これを置くためだけに裏を作ろうかと真剣に考えたww
いや、裏とかいうほどのものでもないんだけどね…一応ね…これでも己のポリシーというものがね…(はぁ…)
まぁ、結局もういいやってなったけどwwそれどころかあっさりお題にかこつけたけどwww(…)
色々と都合のいい設定がてんこもりですがあんまり深く考えないでください\(^o^)/
前書いたふたつ(これこれ)と微妙に繋がってんだか繋がってないんだかってかんじだけど、ここは
都合のいいところのみ繋がっていると思ってください(きさま)
…で。
一恋一+内なる虚っていうくらいだから、
もりもり続きがあるんですけど。(!?Σ(´∀` ))
でももうそれはさすがにね。。。。書くだけ書いて己の胸の内にだけ仕舞っておくかもね。。。。。_| ̄|○
いやもううpするか判らない話のことなど多くは語るまい…
ただそんなに愛しておきながらあばらいさんと別れない黒崎さんすげぇ。(オーイ!!Σ(´∀` ))
まぁここで別れてしまったら私がいちばん書きたいところが書けなry(…)
とりあえず本当に、
自分だけが楽しい話でした\(^o^)/(オーイ)
オノレの脳内設定に偏りだすと本当末期だなぁといつも思うんだけど、いよいよ末期なのかすらコレって??ww
久しぶりに長い話を書いたらひたすら疲れたしもうだめぽwww\(^o^)/
オワタ………_| ̄|○(本当にな)
あ、あと内なる虚は黒崎さんの前でだけいちご、ってひらがなで呼んでるというどうでもいい設定が…(本当にどうでもいいよ!!)
あれだよ、ぶりっこ。しかも勘違い系の。(…)
とりあえず私は、ほんとに内なる虚が好きなんだなぁと…ヘコんだ…(ヘコんだのかよ!!!)

080518

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