―息が出来ない。
…という感覚すら、初めて味わったような気がした。
「てめ…、抵抗しねーって言ったくせに…」
「何言ってんだよ、おまえに抱かれてる時は抵抗しなかっただろ?」
だから―おまえも抵抗すんなよ?と一護は意地悪く言って自分の中に押し込んだものを深く最奥まで埋めて―長いことそのままでいたり、恐ろしくゆっくり引いたりする。
まるでスローモーションのような刺激に自然と腰が動くけれど、一護は腰を両手で固定してそれを許してはくれない。
「腰揺らすなよ。おまえを気持ちよくさせるために抱いてるんじゃねーんだから」
―‥一護はニヤリと笑った。
どうしてこんなことになったのか―もうあまり覚えていないけれど、終わった途端あっさりひっくり返されてしまったのは確かだ。まさかさっきまで喘いでいた男に押し倒されるとは思わないので油断していた。―こういうことは、たぶんそうそうあることではないのだ。良く知らないけれど、たぶん。
もっとも、こんな人間の細い手で押さえつけられたところで―今すぐにこの腕を引き千切ることだって恐らく自分には出来るのだろう。―それでも、もどかしい快感の方が強すぎてそれは叶わなかった。
欲を解き放って―‥そう、イかせてもらえさえすれば、なにも自然にこの王の命が尽きるのを待たなくても―この手でこの身の程知らずな頭を割ってやるのに。
もっともそれは相手も十分わかっていることで―ガッチリ結んだ死覇装の切れ端で根元を拘束されて、当分イかせてなんてもらえないだろう。
こんなことなら一護をイかせるんじゃなかったと虚は頭の隅で思った。
「すげぇ、感じやすいカラダしてんだなおまえ。―いや、それは俺か?」
一護は楽しそうに言って、胸の突起をピンと軽く弾いた。それだけで口唇から声が漏れそうになるので慌てて噛み締める。
こちらが必死で我慢しているのがわかっていて―‥一護はさらに突起を潰すようにキュッと二本の指で摘んで刺激した。
「ここ、ミルク出そうなくらい張って―起ってるよ」
「ッ―!」
…こんなにやらしいことをいう部分がこの王にあったとは知らなかった。
「―そんなに、噛み締めたら切れちゃうぜ?我慢しないで声聞かせろよ、ホラ」
くす、と一護は笑いながら口唇を塞いだ。
舌でぺろりと表面を丁寧に舐めながら―こじ開けるのではなく弛緩させて自然に開こうとする。解きほぐされるように開かされた口唇からは自然と押し殺していた声が漏れた。
「…あ、やぁ、め、」
自分が出しているとは思えない声に思わず絶望した。
相手の声を聞くのは興奮するし滅法気持ちのいいものだが―‥この耳に突き刺さる自分の声からは羞恥心しか生まれない。
一護も当然楽しそうに笑って―そう、聞く方はいいのだ。
「今更泣いてもやめねーぜ?おまえから仕掛けたことだろ?セックスも、この監禁ゴッコもな。付き合ってやってんだからちょっと犯されたくらいで文句言うなよ」
「…一護、てめ―、あ、やぁッ」
「俺もいいこと教えてやるよ。おまえはな、どう足掻いたってしょせん俺の一部でしかないんだから…このままちょっと首でも締めてやれば、俺の中からおまえだけを消してやることだって出来るんだぜ?」
スウと指が伸びてきて―自分の首に掛かった一護の右手にギリ、と力が入る。
―苦しい、と思った。
イタイとかクルシイとか―そういうものは自分には限りなく無縁だと思っていたのに。―だって、このカラダは幻なんだから。自分はカタチのない霊力で、いわゆる戦闘本能の塊で―肉体に依存する五感なんてそれまではまるで関係のないことだった。
けれど一護に自身を挿入された時は酷く痛かったし、今は息が出来なくて苦しいと思っている。
「苦しそうだな…っていうかその前におまえ普段息とかしてんの?」
「ッ…」
―その通りだった。
このカラダは一護であって一護ではない。ただそう―宿主そっくりに見えるだけの模倣物だ。呼吸どころかこんな性欲や快感ですら―自分には存在しないはずだ。少なくとも一護の中で生まれた頃はそうだった。
それじゃあ、一護が欲しくなったのは一体いつからだったんだろう。
さすがに気の毒に思ったのか、一護は突然パッと手を離した。
急に手を離されたので、過剰摂取した酸素が一気に気管に入って目が白黒する。もう何がなんだか―今自分のカラダがどうなっているのかも良く判らない。
ゲホゲホと咳き込んでいたら、よしよし、と一護の手が背中を撫でた。
「もうわかった?たとえおまえがどんなに強くても俺には勝てないんだよ。おまえだって自分で何度も言ってただろ、ホントはわかってるんだよな?」
「そん…、知ら、な…」
認めたくないのであくまで否定したら、一護は仕方なくその絶望の呪文を吐いた。
「―俺がおまえの王だからだよ。」
―そう本当は知っている。どう頑張っても一護が上で自分が下だってことくらい。分身は本体には勝てない―自然の道理だ。
そしてこの王も知っている、そうハッキリ言葉で告げることがどれほどの意味を持つかということを。他の誰でもなくこの王に言われることが、自分にとってどれほどのダメージになるかということを。
一護の紡ぐ言葉に心の奥深くまで突き刺されて犯されているような―そんな気持ちになる。
その証拠に思わずボロボロと涙が零れたけれど、さっきの言葉通りちょっと泣いたところで一護は許してなんてくれなかった。
―もっとも、涙なんて流したのも生まれて初めてのことだったけれど。
「つまり俺はわざわざおまえに付き合ってあげてるだけ―」
「―も、やめ…」
「やめねーっつってんだろ。何度も言うけどおまえが望んだことなんだからな!」
「こん、違…」
こんなの違うと首を振ったら、嘘を吐くなと睨みつけられた。
「なんにも違わないだろ。おまえは俺をココに閉じ込めて犯して俺の肉体を殺そうとしただろ?俺をおまえだけのものにしたかったんだろ?どこが違うんだよ?」
「―ッ…?」
混乱してわけがわからないが―もうこれ以上聞きたくないし、何か恐ろしいことを言われている気がして咄嗟に耳を塞いだ。
「コラ、ちゃんと聞けよ。さっきの鎖でおまえの腕縛るぞ。それとも指を一本ずつそいでやろうか?」
しまいには、わざと自分と同じ台詞で脅してくる始末だ。
「生に執着なんかないって、おまえきっぱり言ったよな?死んでもいいんだろ?そのくらい好きなんだろ?―おまえが執着してるのは俺だけなんだよな?」
「な、んっ…」
―何を言われているのかわからない。
素直な感想はそれだった。
("教えてやるよ")
("ぜんぶ―")
(…「なに」を―?)
「ほら、ちゃんと見て…」
こんな時になにを見ろというのか―‥一護は自分の顎をクイと持ち上げた。
一護の茶色の大きな瞳はいつものように何の曇りもなく綺麗で…それでも魔力でも持っているみたいに―逃げることは許さないとでもいうように目が逸らせない。
「おまえを消せば事足りるところを付き合ってやるって言ってんだよ。わざわざな。―良く考えろよ、わからないなんて許さねぇ」
とりあえず、一護がひどく怒っていることくらいはようやく伝わってきた。そりゃあこんなところに閉じ込められて、鎖に繋がれて犯されたら怒るのも当然だが―怒っているだけにしては何かおかしい。彼の言う通り、自分を消してしまえばそれで済む話なのに。
けれどセックスの快感と知らない感情の波に翻弄されたこんな状態では一護の真意なんて到底計りえなくて―‥まぁ、特に何もされていなくてもわからなかったかもしれないが。
「つってもまぁ俺はおまえと同じことしてるだけだけどな」
「俺、は…こんっな…、何回もしてな…ぁ、」
「似たようなもんだろーが。―おまえはな、俺のこと好きなんだよ。」
―わからないと言ってるのに。
自分にあれだけいいようにされてまで―わざわざこんなことをやり返している意味なんて知らない。―どちらが上か思い知らせるために効果的だから?
こんな風に抱かれている最中に、頭の回転なんてせいぜいこのくらいが限界だ。
何度か中で出されたので一護が動くたびに奥の体液がぐちゅぐちゅといやらしい音を立てるし、トロトロと腿を伝う感触が気持ち悪い…とそこまで考えて、なにか聞き慣れない単語がようやく頭に響きはじめた。
「…ッ?」
結合部とおなじくらいトロトロに溶けた頭はもはやそれ以上思考を続けることは不可能だった。―今だって、熱い下半身に気がいって一護が何を言ったのかすら思い出せなくなりそうだ。
「何…そ、れ…?」
「言葉を知らないわけじゃねぇだろ?」
「知らなっ…ぁっ」
「ウソつけ。おまえはな、俺のこと好きだから独占したかったんだよ。」
「…(す、き…?)」
そんなものは知らない。―今までもこれからも―ずっと。それは自分のような存在にとって、知ってはいけない禁忌のようなものだから。
「俺も同じだから…おまえと心中しても構わないくらい…」
(おなじ…?「なに」が…?)
「別にあのままおまえの好きにされても良かったけど…それじゃあ俺の気が済まないからな。まーこれでだいぶ気が済んだけど…」
気が済んだというのは本当らしく、一護はようやく陰部を締め付けていた戒めを解いた。するりとそれが解かれた途端―もう一秒も待てない快感が背中を駆け上がってくる。
「俺を殺すつもりなら―自分だけラクして逃げんなよ。」
一護が言っている意味は相変わらずまるでわからなかったけれど、高まった熱が開放してくれと嵐のように襲いかかってきた。
爆発しそうな欲求に一護の腕に爪を立てて訴える。
「なに?イきたいの?」
一護はやはり楽しそうに言った。
「いッ…イきたいっ…いちごッ―」
「おまえこそもう抵抗しないんだったらイかせてあげるよ」
思わず素直にぶんぶんと頷いたら―‥一護は今までの焦らし方からは想像も出来ないくらい激しく奥を突いた。
「―!!」
反射的に、目の前の一護の背中に爪を立てる。こうしてしがみついていないと意識をどこかに飛ばしてしまいそうだ。
「ほら、抱きつきたい気持ちがわかっただろ?」
「て、め…―あッ、ひ、ゃぁ―」
本来は使わないようなこんな場所を埋められても多少なりとも気持ちがいいということは―先刻までのこの王の反応で知っていたけれど、こんなに簡単に溺れてしまうとは思わなかった。
―もっと奥まで、もっと深く欲しい。
「もっと欲しいの?じゃあ欲しいって強請れよ」
「はッ、いち、ごッ…」
「ほら、ちゃんと言えよ。それともこっちのやらしい乳首でイく?なんか出ちゃうかもよ?」
カリ、と軽く歯を立てられながらそこを丁寧に舐められると―たしかに何か出そうなそんな馬鹿馬鹿しい錯覚すら覚えた。
胸に与えられる刺激は益々、奥を満たしたい欲求を加速させる。
「欲しっ…もっとホシイ…いちごのッ…もっとお、くま、で―」
口唇が勝手に―彼の望むとおりの言葉を吐いたので―フフ、と一護は満足そうに笑った。
「俺のカラダが死ぬのが早いか…おまえが理解するのが早いか…どっちにしろわかるまでこうしてやるよ」
「だか、ら…わかんな…」
「じゃあ俺もおまえも死ぬまでこうしてるしかないな?俺はそれでもいいけど?」
―よくない。…そう、思ったのが最後だった。
「好きだよ、俺の愛しい俺―」
「あ、や、ひゃ、あぁぁん―――」
放出された欲と共に意識もゆっくりと薄れていく。
まるでタチの悪い悪夢のようだけれど―夢ではないことも逃げられないことも、自分がいちばん知っている。一護をこの逃げ場も出口もない密室に引き摺り込んだのは他でもない自分なのだから。
(だから、そんな言葉は知らな、、って…る…の、に…)
―窒息しそうだと思う。
心臓か―あるいは息が止まりそうで、それは極めて苦しい。
今まで普通に生きていたこの空間が色も形も面積すらも―まるでまったく別のものになってしまったような、そんな気がした。
この時たしかに世界は変わりはじめて―たとえそのことに永遠に気付かなかったとしても。
―はじまりなのか、終わりなのか、それすらも。
***