白くて寒くて冷たいところに行きたい、と言ったら榊はお化けでも見るような顔をして教え子の少年の顔を見返した。
表情から察するにもしかしなくてもどこか空の上にでもあるらしきあの世界(人はそこを天国と呼ぶ)でも想像しているのだろう。

凍り付いている年上の恋人の耳元で少年は小さく囁いた。




「北の方に行きたいです」





白の童話





何回か季節が変わって、傷がだいぶ少なくなった。
気のせいかもしれないけどそう思うことにする。


「…遂にその気になったのかと思ったよ」
旅行に行くというのにびっくりするくらい小さな荷物を抱えて、榊は笑った。
「…もしそうだったらどうしたんですか?」

さぁ、と彼は小首を傾げた。
でも俺はお前のことが好きだから。
たぶんついて行ったと思うよ。

「…嘘でもうれしいです」
「嘘だと思うのか?」
「…好きだって初めて言われた」

その部分のことを言っているとは思わなかったらしく、彼はちょっと赤くなった。

「…そうだったか?」
「…そうですよ」


…知ってるけど。こっそりと少年は思った。
だってアナタは逃げようと思えばいつだって逃げられたんだ―‥
繋がれた犬でさえ鎖を食いちぎることが出来るのに、アナタは一度だって、逃げようとすらしたことが無かった。
いつだって哀しそうな、酷く切なそうな目で自分のことを見返してくるばっかりで―‥
最初は可哀相なガキに同情して自分のそばにいてくれるんだと思っていたけれど。…いや、今もそうなのかも知れないけれど。
どんなに愛されてると感じても常にそんな不安が付き纏うけど。
―それでも…


「…それより、誰にも見られなかったですかね?」
「さぁ」
榊は気にもしていない、といった感じだったので鳳は少し不安になった。

「…春休みですからね」
どこかで誰かとすれ違っていたとしてもおかしくはない。
まぁそれは春休みに限ったことではないのだが。

「生徒に手を出したことがバレたら俺はクビだな」
榊はちょっと自嘲的に笑った。
「手を出したのは俺ですよ?アナタは足を」
開いてただけ、と言おうとしたら頭をばこっと叩かれた。(当然だ)
「それでも、裁かれるのは俺なの」
「…そんなことになったら俺が全力で守ってあげますよ」
繋いだ手に少し力を入れると、榊はバカだな、と言った。

「そういうのはオトナの役目だ。
何があってもお前のことは―‥俺が守ってやるよ」
それすら覚悟のうえでこうなったんだから―彼はそう続けた。

いつも自分に組み敷かれている人にそんなことを言われても、何となく頼りない。(言わないけど)
でもそれ以上にくすぐったい幸せが少年を襲った。
それはふっとした瞬間に例えようのない恐怖を感じるほどの。
少年にとっては初めての幸福だった。




***



「俺と死んでくれますか?」


出会った頃、それは少年の口癖だった。

愛したものをそのままの形で、蝶々を標本にするように保管しておきたいと思う人間がいることは知っている。
でも少年はそれとも少し違うようだった。
少年はただただ榊を壊したくてたまらないようだった。
精巧な硝子細工を粉々に割るように。
美しい蝶の羽をピンセットで一枚ずつ剥ぐように。
―それが少年の愛情表現。
早い話、変態(サド)だったのだ。

少年は彼以外の全てのものに全く興味がないようだった。
アナタが一番綺麗です とか、アナタ以外のものには何の価値もない とか、歯の浮くような(とも少し違うけれど)台詞を毎晩毎晩、それこそ本気で言っていた。


何故(どうして)、と聞いたことがあった。
そんなことを聞いてもしょうがないけれど。

さぁ、少年は何でもないことのように返事をした。
興味がないだけです、アナタにしか―‥
アナタに逢って初めて、世界に色がついたんですよ。
そんな詩人のようなことを平気で口にしては、生気のない自虐的な笑顔を浮かべた。
榊だって恋愛をそんなに真剣にして来たわけじゃないけれど、そんな暗い顔をさせるものが恋愛じゃないことくらいは知っている。
遠い遠い、もう何年昔か判らないその感情を思い返してみてもそれだけは確実だった。
恋とか愛とかはもっとハッピーなもののはずだった。
それは世界がきらきらして、とかそんな大げさなものではないけれど、確かに自分も相手も幸せにするものだった。


それでも自分が少年にとって唯一無二の存在であることは確かで。
万が一失ってしまったりしたらもう代わりになるものはないのだ。
少年がいかに自分を傷つけたいと言っても、壊したいと言っても、それは彼にとっては立派な恋愛感情で、だからこそ少年は苦しんでいた。
いや、最初の頃は肌を重ねるその度に傷のひとつでもつければ満足していたようだったのだけれど、時が経つごとにそんな形でしか愛せない自分が酷く嫌になってしまったらしい。
そのたびに少年はぼろぼろぼろぼろ、それこそ滝のように涙を溢して自分の中のそれと闘っていた。
少年の中にいるそれが何なのか、榊には判らなかった。
悪魔なのか天使なのか―あるいはそれは同じことなのかも知れなかったけれど。
ただ、本来なら悩みなんかあってないような年頃の幼い少年がこんなに苦しんでいることが悲しかった。

そんなに苦しいなら殺ればいい。
少年が余りにも不憫なので、榊は何度もそう言った。
そうしたくてたまらないことは知っていたから。
少年はぼろぼろ泣きながら気でも狂ったように首を振った。





また小説のサンプルです(死ぬべき)続きは「白の童話」という本に載ってます(待て)
続きは「the Last Judgment.」も収録した「白と黒の花嫁」という本に載ってます
つーかこの話のメインは温泉エロなんで!…1Pちょいだけど(オイ)
エロ言うてもぬるすぎるので別に年齢制限とかないですw
何というか…もはやなんとも言えない話…。綺麗にまとめすぎたかも知れません(えっ!?Σ(゜Д゜;))
チョタ受書きてぇなーとか思いながらこれを書いてた私はなかなか強いと思いました(何)
まーこれからも地味にチョタサカ布教頑張ります(´∀`)ノシ
…まったくと言っていいほど布教出来てませんが_| ̄|○
奇跡みたいな話ですが、「白の童話」は完売しましたので(よもやチョタサカ本が完売するとは…)
「the Last Judgment.」と「白の童話」を収録した「白と黒の花嫁」という本を出しました。

さすがにチョタサカ本はこれで最後だと思います…多分…

白と黒の花嫁」完売しました!長い間チョタサカにお付き合い頂きどうもありがとうございました!!(*´∀`)ノ