whitebox 一護が妙に左手に気を使っているなぁ…、といつも思っていた。 あの傷が治るまでの間中―余程気を使って自分を抱いていたのだろうか、どんなに行為に没頭しても左手だけはぎゅうとシーツに押し付けるようなことはしないで、いつも壊れものに触るみたいにそっと指を解いては優しく絡めた。 もうあんな傷なんかとっくに治っていると言おうと思ったこともあるけれど、何となく言いにくくて―結局口に出したことは無かった。 ―この世界に最初に出来た(創ったのは他ならぬ自分だが)人工物は、確かベッドだった。 それまで一度も必要だと感じたことなんて無かったけれど、いざ怪我なんてするとやっぱり休めるところが欲しくて―そう、それが最初だったかと思う。 家や部屋なんかを実体化するほどの力はまだ回復していなかったけれど、ベッドくらいならすぐに用意することが出来た。 なるべく大きくてふかふかしたものをイメージしたのは何も一護と寝るためではなくカラダが弱っていて純粋にそういうものが欲しかったからだけれど。 そうして傷が治るまでの間―1ヵ月弱くらいだっただろうか、その間は毎日一護に抱かれていた。 一護は気でも狂ったみたいに毎日来ては、呪文か―そうでなければ呪いみたいに愛してると繰り返した。お互い気が変になりそうなのに、―だからこそ麻薬のように甘い日々だった。 『いちご…』 慣れないうちは毎晩訴えた。―慣れてしまうのが怖かったというのもある。 『こんなに毎日されたら、俺変になっちゃうよ…』 そうしたら一護はひどく真面目な顔をして―おまえが良く眠れるように…、とか言った。恐ろしいことに本気らしかった。 確かにそれまで、自分はいつも寝不足だった。―‥一護の耳に入る音や声は自分が眠るのを邪魔するばかりだったから。…特に、阿散井の喘ぎ声とか。 『おまえの夢見が悪くならないように、傷治るまでは恋次とも寝ないから』 ―さすがにびっくりした。堂々と何を言っているのだろうと思った。しかも治るまで…なんて、これでは本当に浮気相手だ。 『…い、いい!!そんなにしなかったらあいつ泣くよ!』 つい先日まで殺したいと思ってたのに、思わず思いっきり首を振りながらいいこぶりっこみたいな返事をしてしまって自分でも驚いた。 ただあの阿散井恋次だったら―そんなに一護としなかったら、嫌われたと思って本気でヘコむだろうな…と思ったから。 『それなら治るまでこのままこっちにいる。それでいいだろ?』 『いいけど…そうしたらいちご、長いこと目ェ覚めないよ…?色々都合悪いんじゃ…(阿散井とか…)それにあんまり長くここにいたら死ぬかも知んないし』 『いいよ、自分の身体のことくらい判るから。俺の肉体が死ぬ限界までおまえのそばにいる』 『…あっそ。好きにすれば』 ―どんな顔をして返事をしたのか覚えていない。 でもあの頃こういう一護の愛の言葉を、本気で信じたことは一度だって無かった。―どんなにきつく抱かれても、何度愛してると言われても。 『別にエッチしたいだけじゃないんだ。…でも、せめておまえが俺に愛されることに慣れてくれるまではするから』 一護はそうわけのわからない宣言をすると頬を撫でてキスをした。 ただ一護は余裕のない自分から見たってちょっとぎょっとするくらい必死で、ちょっと手首なんか切ったばっかりに一護の方がおかしくなるんじゃあないか、とかちらっと不安に思ったことを覚えている。 『そんな不安そうな目で俺を見なくても済むようになるくらいまでは…』 一護の小さな声が鼓膜に響いた。自分がまだ完全に一護を信じきれていないことも今感じている不安も全部―見事なくらい彼にはバレバレだった。 けれどいったいどのくらい抱かれたら慣れるものなのか、正直見当もつかなかった。一護に愛されるなんて選択肢は自分の中にはカケラほどもなかったし、今まで本当に愛してる人と寝たことなんて無かったから。―否、強引に一護と関係を持ったことは数えるほどとはいえあったわけだけれど、ちゃんと告白されてからするセックスは今まで自分が強引に持ちかけたそれとはあまりにも違ったから。 一護はもともと優しい性格だし自分勝手にツッコむようなことは絶対にしなかった。(ちなみに以前の数回はむしろ自分の方が自分勝手に一護のものを入れていた。一護は呆れて、入れればいいってもんじゃねぇんだよ、とか良く言っていた) 一護の抱き方はとにかくどうにかなりそうなくらい甘くて、何故かいつも泣きたくなった。 『ホントは、ずっとこうしたかった…』 最初からこうしてやれば良かった、ごめんな、後悔してる…とか言われると泣いてしまうので、一護は行為の度に夢物語みたいにそう言うようになった。 そのたびに繋がった部分だけじゃなくて、重ねた口唇や絡めた指先から一護に溶けて―‥こういう風にはじめてした時に一護が言ったとおり、本気で自分が一護に還元されるんじゃないかと思ったりした。 『俺はおまえが欲しくて―おまえの啼く声が聞きたくて、おまえの誘いに乗るフリをして都合よく抱いたんだ。おまえより、死ななきゃいけなかったのは俺の方なんだよ。おまえは…何にも悪くないんだ』 一護は切なそうに笑って自分の頬を撫でた。 そんな風に言われたら、理由も判らずにただ胸を刺されたような痛みを覚えて―‥結局いつも泣いてしまった。 今冷静になって考えると一護だけが悪いわけじゃなくって、むしろどっちもどっちだけれど。(自分も一護のカラダを乗っ取ろうとしたりしたわけだし、それに勝手に死のうとした自分の方がやっぱり悪いと思う) 『俺はいちごになら何されてもいい…』 いつか阿散井も同じことを言っていたなぁ、とどこか頭の隅で思いながら言った。 『いちごが俺だけのいちごじゃなくても…阿散井恋次の次でもなんでもいいから、いちごが死んだら嫌だ…』 泣きながらそう言ったら一護は自分を抱き締めてキスをした。 『…バカ。恋次とおまえを比べたりしねーよ』 ―最初の十日くらいは病的なくらいセックスと同じ会話の繰り返しだった。 どんな話をしていても結局似たような話になって泣いて、泣き疲れて(セックスの疲労も加わって)眠って―次の日になるとまた同じような話をしては泣いていた。 考えてみたら確かに一護の言うとおり―‥安眠効果だけは絶大だった。 傷が治ってくると、次は唐突に身辺整理が始まった。 一護は今まで寝た人型虚なんかが訪ねて来ると、こいつとは別れて欲しい、とか昼に暇な人間が見るドラマみたいなことを平気で言った。 そのたびにやめてくれと泣いて頼んだけれど聞き入れては貰えなかった。 『いちご、そんなことしなくていいよ!!俺、回復したら自分でちゃんと言うから』 『でも別れ話がもつれたら危険だろ??それに元はと言えば俺の責任なんだから俺に任せて欲しいんだ』 『…でも、いちごがそんなに簡単にあの程度の虚に頭下げちゃヤだ』 ずっと泣いていた記憶があるけど、この時がいちばん泣いた気がする。結ばれた時なんかよりももっとずっと泣いた。 『いちごは俺の王様なのに…』 ぴーぴー泣いていたら一護はそのままベッドに押し倒して、泣いている自分の口唇を塞いだ。 『―俺はおまえを俺だけのものにするためなら頭くらい幾らでも下げるよ』 『…どぉして?』 『何回も言っただろ、愛してるだからだよ』 『…』 『信じないなら別にいいよ、信じるまで何年でも言うから…』 もう死ぬまで誰にも渡さない、おまえは俺だけのものだから―とか、本当に気でもおかしくなったみたいに繰り返した。自分も十分おかしかったけれど、一護もかなりキていた。 自分が生まれて初めて寝たのはアーロニーロだと知った時も、一護は鬼みたいな顔をして俺が殺してやれば良かった…、とか一護の口から出たとは思えないことを言った。―見たことないくらい怖い顔をしていたので、どうやら本気らしいと気付いた。 自分にとってグリムジョーだとか他の虚は殆どセフレ状態で、お互い(?)大した感情も持っていなかったけれど、アーロニーロだけは違ったから。言葉で端的に表すなら元彼というやつで―たぶんいちばん恋人同士とかいうのに近かったんじゃないかと思う。 彼は自分にベタ惚れだったし、自分も一護に似ているから多少は気に入っていた。(顔だけだと言われたらそれまでだけれど) アーロニーロだったら、別れてくれなんて言われたら即一護に斬りかかっていただろう。もちろん一護に敵うはずもないから返り討ちだろうけれど…、一護の顔すら知らないうちに(自分の想い人だということは知られていたけれど)死んでしまって良かった、と少しだけ思った。―自分とのそれなりに幸せな思い出だけがあるうちに。 そういう少しだけ特別な気持ちに全部…たぶん一護は気付いていたからあんなことを言ったんだと思う。 勿論、招かれざる客は自分と関係を持っていた虚ばかりだとは限らなかった。 ただでさえずば抜けて霊圧の高い一護と、弱っているとはいえそれと同じものを持つ自分が揃っていたら(しかもやっていることはセックスだし)幾らでも虚はやってきた。―それは酷く都合のいい餌が揃っているようなものだから。確かに「黒崎一護」がふたり、なんておいしい条件はそうそうないだろう。 しかもこちらを取って喰うか―そうでなければふたりまとめて犯し隊!!というような相手ばかりなのだからこちらが何をしていても―もちろん行為の真っ最中でも待ってはくれない。当時の状況じゃあ荒野にぽつーんとひとつベッドだけがあって―こちらの姿は丸見えだったわけだし。 俺から先にヤるだとか、どっちの方が好みだとか、虚らしくとても口には出せない犯し方だとか―‥そんな下劣な会話がそのベッドの周りで毎日飛び交っていた。 そうは言ってもしょせん一護の敵になるほどの虚はこんなところにのこのこやって来たりはしないから、―つまりはザコばかりだったのだけれど。 『―見て判んねぇのかよ、お取り込み中だ』 そんなことを言いながら一護はシーツを自分の頭に放り投げた。 『―?』 『仕舞っとけ、見世物じゃねぇ。―おまえのカラダを見てもいいのは俺だけだ』 虚たちにすらヒュー、とか言われて流石に恥ずかしかった。 敵の数が多いと自分を抱えながら相手をするなんて状況すらあったので、そんなことをするくらいならふたりで相手をした方が効率がいいと思って自らの斬月に手を掛けたら一護に笑って制された。 『治るまではやめとけ。―大丈夫、来んのはザコばっかだし』 『…でもザコだったら、今の俺でも十分だろ?』 『そーだけど…。まぁ正直に言うとおまえの手は汚したくねぇな』 いまさら…と思った。既に十分に汚してきたような気がする。 『俺の手はいちごの手とおんなじだろ…?違うの?』 『違わねぇよ。確かにそうだけど…。でも、こんなに白くて綺麗だったらそう思っちまうのも仕方ねぇだろ』 『言っとくけどツメは黒いよ。綺麗とかゆうのとは違うと思うけど…。そもそも、いちごのとおんなじなのに綺麗もないだろ』 『意外と食い下がるな』 『だっていちごがメチャクチャなこと言うから』 『…まぁ、こっちも俺がおまえを守りたいだけだけどさ。―俺に守らせろよ、頼むから。』 指先にそっとキスをして一護は笑った。こういうところはいつも凄く強情だった。あの頃も今も、―ずっと。 まぁ結局相手をしていてはキリがないという結論に至り―そのうち結界が張られた。 てきとうな範囲に柱を立てて(これは自分が立てた)、それに一護が書いた札(?)を貼っただけの一見子供だましなそれは異常に効果が強くて、触れた虚は運が悪いと八つ裂きになる羽目になった。 おかげで相手をする必要は無くなったものの、最中にスプラッタを見せられてぎゃああああ、とか叫んだり、朝起きたら一面血の海だったりすることも珍しくなかった。 『俺だけ見て集中して―‥とか言ってもこれじゃ無理だよなぁ。おまえの夢見が悪くなっても困るし』 一護は笑いながら(まだ夢見のことを気にしていた…)、傷用に沢山用意してあった布を一枚取り上げて自分の目に巻き付けて後ろで結んだ。言葉だけは知っている―いわゆる目隠しプレイというやつだ。 『…変態』 『だって仕方ねぇだろ。―でも…、やっぱ感じる?』 一護はそう聞いて胸の先をぺろりと舐めた。 『―ッん!!』 視界を遮断されると過敏になってしまって、少し舐められただけでびくん、と身体が跳ね上がった。 『やっぱりそれなりにイイみたいだな』 一護は楽しそうに笑った…んだと思う。見えていなかったけれど。 『ばか、ヘンタイ!!!』 もちろん終わった後に涙目で抗議した。 一護はごめんごめん、と苦笑しながら頭を撫でた。 『でもこんなの見たくないだろ?』 一護は例の如く血の海と化している結界の外を見て溜息をついた。 『やっぱ、何とかしないとなぁ…』 『だいぶ傷も治ったからもぅすぐ霊力も戻るよ。そしたらなんとかするし。―これじゃあやっぱり家的なものは必要みたいだし…』 自分も赤だか黒だか判らないような色をした血の海を見渡しながら言った。 ―たしか、治りかけて来た傷と共にお互い少し余裕が出てきたのもこの頃だったかと思う。先の十日くらいはもう何がなんだかで今後どうなるのか、どうしたらいいのかも判らなかったけれど、それを過ぎてしまうとどうにでもなれという気持ちだった。 一護は左手に指を絡めて、綺麗に痂で塞がれている傷にそっと触れた。 『痛くねぇ?』 『…痛くないけど、そこ触られたらナンか感じる』 『馬鹿』 一護は微笑んで自分を抱き上げると自らの膝に乗せた。恋次もそうだけれど一護はとにかく抱き上げるのが好きで、セックスに飽きたら気分転換に良く抱かれて散歩したのをおぼえている。―まぁ、ここには本当に砂とか石しかなかったから景色はろくでもなかったけれど。 恋人というよりは子供にするみたいに抱き上げるから本当はあんまり好きじゃないけど、他愛のない会話の最中にいつもより高い位置から見た一護の横顔とかその角度は―ちょっとだけ気に入ってた。 …まぁ、その時ベッドの上から見た景色はいつもよりもっとろくでもなくて、何十かの虚の死体が油絵のように広がっているばかりだったけれど。 『…あんまじっくり見んなよ、寝れなくなっても知らねーぞ』 一護はまたそんなことを言ってやたら心配していたけれど、自分はいちおう仮にも虚だしこんな光景くらいで悪夢にうなされたりは絶対にしなかった。面倒なので言わなかったけれど。 それでもまぁ早急に対処しなければいけなかった。襲い掛かってくる輩も勿論そうだが―さすがに学習したようで、離れたところからただ見ている虚なんかも出現してタチが悪い。 「黒崎一護」がふたり揃ってキスしたり絡んだりしている光景というのは彼等にとって例えようもなくオイシイものであるらしく(まぁ、気持ちは判るけど)一護はとにかく誰から見てもカリスマだったから、自分たちの行為を一目見るだけでも、という虚は幾らでもいた。 キスのひとつでもしようものならいったいどこから見ているのだろうか、一斉に溜め息が漏れるのが聞こえたりした。―これでは本当に見世物だ。 『…要は向こうから見えなきゃいいんだよな。あと声が筒抜けってのも良くねーな、おまえの声を他のやつに聞かせるとか冗談じゃねぇし』 『つーか今の今まで聞かれてたんだな…;』 『…ベッドなら今の霊力でも出せるんだっけ?』 『コレ出した時より回復してるから、多分もう部屋くらいでもいけるよ。出そうか?』 『いや、まだ完全じゃないんだからそこまでしなくていいよ。むしろベッドをもっとなんとか…。そーいや前に白哉んちで見たやつがあったな…あれは特別製で防音もかんぺきだ、とか白哉が言ってたっけ…』 『そんな都合のいいベッドがあるの?』 『おまえも見たはずだけどな』 『…覚えてない。正直阿散井恋次のことしか覚えてない。』 『じゃあイメージは俺がするからおまえは実体化して?』 『どーやるの?』 『いつもとおなじでいいよ。俺たちはもともとふたりでひとりなんだから特に意識しなくても出来るはず…』 一護はそう言って自分を後ろから抱いた。交わる時みたいに指を絡めて、習字を教わる子供みたいに一護の手の通りに動かされる。 『…ほら、目ェ閉じて。こうすれば、おまえと俺のチカラが混ざって…な?』 『―そ、そうなの?こんなに密着したらなんかエロ…じゃない、むしろドキドキして集中出来な…』 『いいからやってみろって。出来るから』 『う、うん…』 半信半疑で絡めた手を翳して一護のイメージしているものを…とか思ったその瞬間、一護と絡め合った指の隙間から光が漏れて―みるみるうちにベッドの四柱が伸びた。 『―!?(ビクッ)』 『まだまだ、ここからだぜ』 伸びた柱の天井に蓋がされるみたいに、ベッドと同じ真っ白い布が張られたと思ったら―サイドも自分たちを囲むみたいにびらびらと幾重にもなった白くて分厚いカーテンで完全に覆われてしまった。 ベッド全体が四角いプレゼントの箱のような姿になって、自分たちはその中身のようだ。 『うわぁ…趣味悪…これじゃあ女の子用じゃん』 『贅沢ゆーなよ。透けないカーテン(防音効果有り)だぜ??こんだけ囲まれたらあいつらも諦めるだろ』 『…まぁ、それはそうかも』 『真っ白でおまえにぴったり…きれいだ…』 一護は満足げに言って口唇を塞いだ。 自分と同じ顔に綺麗だとか言ってしまえるなんて一護はこんなにナルシストだっただろうかと思ったけれど、むしろ自分も一護にベタ惚れで一護が世界一かっこよくて美人だと思っているから同じだった。表裏一体という言葉の通りに、自分と一護は正反対で―‥けれどどこか似ていた。 一護が手を伸ばして自分の髪を梳く。そのままべたべたと顔を触りたくっていた細い指がやがて下りて、着物の中にするりと潜った。 『…愛してる、―白い俺』 微笑んだ口唇からいつもの甘い呪文が零れて、胸がきゅんとするのが判った。苦しいのか嬉しいのかまるで判らないヘンな気持ち。どちらにしても俺、と呼ばれるのはとても恥ずかしかった。自分は本当に一護の一部なんだと―‥昔は死ぬほど他人になりたかったのに、今はとても幸せなことのように思えた。 「黒崎一護」はこの世に自分と一護しかいない。そのことがただ嬉しかった。 本当に一面すっかり真っ白くなってしまったベッドで一護に抱かれて、毒気が抜けて漂白されてしまいそうだと思ったことをおぼえている。 『家はどんなんでもおまえに任せるけどさ。庭には花くらい植えろよな。ここ殺風景すぎだし。だから道も判りにくいんだよ』 『いちごの心が殺風景なんだろ』 『おまえと斬月のシュミって言ってなかったか!?』 『そーいえばそうだった』 白いベッドでそんな風に交わした会話からあの家が出来た。 あのころ自分たちは恐る恐るだけれど、それでもようやくその手を繋いだばかりで―‥自分でも他愛がないと思うけれど、一護が口にした小さなカケラがひとつひとつ…全部バカ正直に反映された。 たぶん一護は自分にとって恋人よりむしろ親みたいなものと言った方が本当の意味ではより正確なのだろう。だからそれは殆ど刷り込みのようだった。小さな子供にとっては親がすべてであるように、一護は自分のすべてだったから。 そんな風に過ごしている間に、完全に傷も治って霊力が戻った。治るまでたぶん一ヶ月もかからなかった。左の手首にはきれいな直線の傷跡だけが残った。一護にかいがいしく手当てして貰ったせいか、妙にきれいな傷跡だった。 結構深い傷だったのに、自分が仮にも人外だということを差し引いても治りが不思議なくらい早かったのは、本体である一護が交わる度に霊力を意図的に分けてくれたからだろう。―もっともそのことを知ったのはかなり後になってからだったけれど。 『―ほら、もう卍解も出来るぜ』 『ばか、そんなもん無意味にしてわざわざ霊力消費しなくてもいいから』 『だって、弱いのやだし。卍解とか久しぶりで…』 無意味なのは確かだけれど、傷以上に霊力が戻ったことが万歳したいくらい嬉しくて(急に弱くなったみたいで嫌だったのだ)卍解してみせたら一護はぎゅっと自分を抱き締めて、卍解ですっかり細身になった斬月に手を触れた。 『白くて綺麗な斬月だな…雪みたいだ…』 『そう…?いちごのと色違いだけど』 『おまえを抱いてると時々、ほんとに雪みたいに俺に溶けるんじゃないかって思うことがあるよ…』 『…いちご、大丈夫??なんか変なユメ見てる??』 自分も抱かれている時は本気でそう思うことすらあるくせに、思わずそう答えてしまった。 『そうだとしてもおまえには言われたくねーよ(笑)』 一護はもともとこんなセンチメンタルなことを言ったり考えたりするタイプではない。いつでももっとずっと現実的だ。―自分がいちばん良く知っていた。 思わず不安げに見上げたら一護は額にキスをして笑って言った。 『だって、おまえ体温だけは俺と違うんだもん』 『…そぉいえば、いちごはいっつもあったかいね』 『おまえがぶっ倒れてた時もさ、死んでんじゃないかと思うくらい冷たくてすげぇ焦ったんだよ。あのトラウマっつーか、そのせいかなぁ…』 別に自分はそんなに儚くも脆くもなければ弱くもないつもりだった。こんな傷ひとつ増えたところで別に死にはしない。―まぁ熱くらいは出たけど。でも一護は半狂乱みたいになってこっちがおかしくなりそうになるまで自分を抱いて、この傷を見るたびに…本当に泣きそうな顔をした。 確かに、今回のことで多少なりとも傷ついたのは一護の方なのだろう。 こちらは誓って言うけれど、何も一護を傷つけたかったわけではなくて(だってこんなことで一護が傷つくなんて思いもしなかったし)、本当に絶望していたからこういう浅はかな考えに至っただけだったのだ。 『でもおまえのナカはすげー熱いんだよな』 『そりゃそうだろ、身体の内側なんだから』 『冷静に言うなよ。―まぁおまえも、随分可愛い声出してくれるようになったけどさ…。前みたいに悲鳴みたいな声でも俺は相当興奮してたんだぜ?気付いてた?』 『そ…そんなの判るわけないだろ!前はいちごのこと見てる余裕なんてなかったし…。つかいちごは触りすぎなんだよ!あれで声出さないほーがヘン…』 『だって俺はおまえが感じてるの見たら感じるから』 一護は平然と恥ずかしいことを言った。 自分が嬌声を上げれば上げるほど、もっと聞きたい、もっと啼いてと一護は言う。 悔しいから声を押し殺そうとすると我慢なんかさせてやらないとばかりにボロボロ泣くまで揺さぶられて、結局恥ずかしい声を上げて一護の背中にしがみつくはめになるのだ。 『まぁともかく治って良かった、ホントに…』 回復したからか、今まで以上にきつく抱かれて肋骨が折れそうだと思った。身体の大きい阿散井なら一護に全力で抱かれてもたいしたことないかも知れないけれど、こちらは一護と同じサイズなのだから。そんなに強く抱き締められたら痛い、と言おうと思ったけれど一護があんまり嬉しそうなので口をつぐんでしまった。 そのまま口唇を塞がれて、意識を失いそうになるくらい掻き回されて―毎日毎日こんな激しいキスが良く出来るなぁと少し思った記憶がある。 『…いちご、そろそろ起きないとカラダの抜け殻がまじで死ぬよ。俺ならもうへーきだから』 口唇を離してから、くらくらする頭を抑えてなんとかそう言った。 『判ってる。俺が死んだらおまえも死ぬもんな。自分より弱い王はいやだって…あんだけ言ってたもんな』 『…今はいちごが弱いなんて思ってないよ。いちお俺に勝ったし。』 一応って言うなよ、と一護は笑った。 『じゃあ明日の朝帰る。でも今日は朝まで寝かさないから』 『別に今日じゃなくても寝かしてくんないじゃん』 一護は抱き方は優しいけれど、とにかく悪く言えば(?)絶倫というやつで、一晩中抱かれると翌日は使いものにならなかった。 傷が治るまで寝てばかりいた記憶があるけれど、それは別に体調が悪かったわけではなくて一護が寝かせてくれなかったからいつでも眠かったのだ。 一護がおまえは攻撃力は高いけど防御力は低い…みたいなタイプだなぁとか笑いながら、あんまり眠くてうつらうつらしている自分の髪を撫でて言っていた。 たまに一護がプレイしていたテレビゲームの画面がぼんやり頭に浮かんだ。もっとも一護はそんなにゲームなんかが好きな方じゃなくただ暇潰しにやっていた程度で、むしろ一護の小さな妹たちだとか―死神の朽木ルキアや阿散井なんかの方がハマっていたっけ。 そうして文字通りその夜もメチャクチャにされて、甘すぎる砂糖水みたいな日々は終わりを告げた。―本当のことを言うと、こんな生活をしていたらお互いにおかしくなるんじゃないかと少し心配だったのでどちらかと言えばホッとした。 『じゃあ戻るけど、また来るから。もう出入り自由っぽいし。あとおまえが呼んでも来れるみたいだから、なんかあったら呼べよ、判ったか?』 『…なんにもないと思うけど。それに自由って言っても寝てる時だけだしそんなに便利だとも思えないけど。…まぁ、抱かれたい時くらいは便利かなぁ』 『そーゆう考え方は変わんねぇなぁ』 一護は苦笑いして、ベッドのそばの着物を拾い上げてふわりと被せてくれた。 『いいか?おまえが今いるここは俺の中なんだ。だからこれだけは忘れるな、俺達はいつでも一緒なんだって…』 『そんなしつこく言わなくても大丈夫だってば。いちごが俺のこと好きってのはぶっちゃけ信じてないけど、いちごが俺の存在を認めてくれたってのはなんとなく判るから…。もうヘンなこと考えたりしないし、阿散井恋次もムカつくけど気にしないようにするから。』 『信じてないってそんなキッパリ言うなよ。傷つくだろ』 一護はちょっと溜息をついて、優しく口唇を塞いだ。 『…あいしてる。おまえが信じなくても、おまえが俺自身でも、ここが俺の夢でも、この手も指もびっくりするくらい俺そのものでも―‥それでもおまえが好きなんだ』 耳元の一護がぞっとするほど切ない声でそう言うのを聞いて―なんだか泣きたい気持ちになったことを覚えている。 一護がどんな気持ちでそれを口にしているにしても―たとえばそれが本当は愛じゃなくて同情でも、それでも素直に俺も好き、―と言いたかったのに、そんな些細な勇気さえも無かった頃の話。 「…おはよう」 視界にぼんやりと一護の顔が見えた。目が合うと微笑んで額にキスされる。朝はいつもそうだ。 大抵はそのままもうしばらく抱かれて眠っているけれど、起きて一緒に入浴したり、時には朝っぱらからカラダを重ねたりすることもあった。 まぁ今日は空腹だったのでそのまま起きることにした。 「…お、はよ。おなかすいた…」 「じゃあなんか作ってやるよ。なにがいい?」 「なんでもいー、いちごが作るのなら…」 一護は自分をひょいと抱き上げて庭のベッドから出た。いちいち抱き上げなくていいと言ってもまったく聞いてくれないので、最近ではもう諦めてしまってされるがままになっている。 ここで寝ると家に戻るのが不便なのだが、いちばん立派なベッドだし慣れているので、一護とふたりだとやっぱりここで寝ることが多かった。 「なんか昔の夢見たよ、懐かしかった」 一護の作ったハムエッグとトーストを齧りながら思わず言うと一護は昔っていつ?と聞いた。 彼は母親を早くに亡くしてるから少しくらいなら料理も出来る。妹ほどの腕はないけれど。自分も一護であるからレシピは幾つか頭の中にあるけれど、面倒だし実際に作ってみたことはなかった。 「…このうち建てた頃。」 手首を切った頃です、と言うのも躊躇われたので微妙に時期をずらして答えてしまった。 「家といえばさ、てっきりベッドを中心にして家を創るんだと思ってたらあのベッドがどすんと庭にあった時はビビったよ。しかも家ってゆうかラブホだし…」 「だって屋根の下って慣れないんだもん。最近よーやく慣れてきたけど…。まぁ家の中には腐るほど寝室あるんだからいいだろ?」 「ラブホだからなぁ…でも白哉んちで見たベッドはまったく覚えてなかったくせに良く空座のラブホなんか覚えてたな」 「だって、恋次と行ったとこなら覚えてるよ」 「あぁ、納得…」 一護が本気で納得したという顔をしたので思わず笑ってしまった。 「そういやあの時目を覚ましたらさ、なんか俺二週間くらい寝てたらしくて。他のやつは悟ったみたいな目ですげー呆れてるのに恋次だけボロボロ泣いててさ、どうしようかと思った(笑)」 「ああ、それなら俺も覚えてる。なんか悪いことした気になったくらいで…」 あの大きな瞳は非常に簡単に涙が出るように作られているようで、自分も人のことは言えないけれど記憶の中の恋次はとにかく少女のように良く泣いていた。実際会ってみるまでは泣き顔の方が印象的だったくらいだ。 一護と付き合った時も、初めてキスした時も、初めて寝た時も、喧嘩をしても怪我をしても戦っても、いつでも彼はボロボロ泣いていた。―なのに、考えてみたら自分の前では一度だって泣いていない気がする。 何となく悔しいので絶対一度は泣かせてやろう、とかこっそり思った。 「…今恋次のこと考えてるだろ」 「…え?うん、まぁ。いちごの前じゃいっつもぼろぼろ泣いてるのに、俺の前じゃ泣いたことないなぁ…って思っただけ」 「そりゃ、恋次だっておまえの前じゃ泣くわけにもいかないだろーなぁ」 一護は苦笑したけれど、ホントはちょっとだけ嫉妬してることももう知ってる。 もちろん、どっちに嫉妬しているのかは良く判らない。けれどあんなに大事にしてる自分の恋人なのに大人げないなぁ、とか自分のことを棚に上げて思ってしまった。 「あ、いちご、そこのコップ取って」 なみなみと牛乳の入ったコップを左手で受け取ったら、一護はハッとして、ほとんど反射的に両手で自分の手を支えた。 「「…。」」 一護が明らかにしまった、という顔をしたので流石に無視出来なかった。 「いちごさ…俺のことまだ怪我人だと思ってる?」 「そーじゃねえけど。何となくクセで…」 「まー確かに傷は残ってるけど。でも何ともないし…。いちごがそんなに気になるなら隠しとこうか?」 まぁ治るまであんな生活をしていたのだからクセになるのも判るけれど。 確かに割と大きな傷だし隠しておいた方がいいかなぁ、とか考えていると一護はちょっと笑って、左手の傷に軽くキスをした。 「―いいよ。ホントにそんなんじゃねえんだ。ただ、消せるもんなら消してやりてぇって思ってるだけで…」 「俺は痛くないけど。…いちごの方が痛そうだよ」 「…ごめんな、代わってやれたらいいのに…」 「だから、痛くないってば」 「違う、傷だけでもだよ」 もう随分長いこと付き合っているのにお互い何を言っているんだろう、とか思いながら、鏡のような自分の本体を見つめていた。しかも会話が噛み合っていない。 「あいしてるだけでおまえの傷とか全部引き受けられたらいいのにな…」 一護は優しいから。 いつまでだってそうやって自分を責めるだろう。―これから先気が狂いそうに長い時が経ったとしても、多分。 「―やめろよ。…いちごが、俺のことで辛そうなの見るのヤだ」 「…優しいな、おまえは」 一護は席を立って、座っている自分のそばに寄ってきて抱き寄せた。 「…いちごの方が優しいだろ?」 「―でもさ、辛いわけじゃないんだ。おまえが今俺の腕の中にいてくれるだけで幸せだと思ってる」 「同情とかじゃなくて?こんな傷なんか無くても俺のこと愛してる?」 おまえはほんとに変わんねぇなぁと一護は笑った。 「もう無理に信じてくれとは言わねーけどさ…おまえのことが好きなのは最初っからだって何度も言っただろ?」 一護が怖いくらい優しい瞳で言うから、―ウソつき、って言うことが出来なかった。 「なんかしたくなってきたんだけど…また戻ってもいい?」 ふわりと細い手が伸びてきて、一護は自分を抱きかかえた。 部屋もベッドも幾らでもあるのに、一護はとにかくあのベッドで自分を抱きたがった。 うるさいことは何にも言わない優しい彼氏だけれど、恋次と結ばれた頃にあそこではやるなと…あそこでは俺だけにして、とただそれだけ言われたから、あのベッドで恋次と寝たことは一度も無かった。 もっとも恋次も判っているようで、いちどもそこでしようとは言わないけれど。 そういう変なものわかりのよさは自分には無いから、そういうところはかわいいなぁとこっそり思っている。たぶん恋次も一護のことが大好きで―殆ど本能的なものだと思うけど、一護には従順なのだ。 「いちご、そんなにあのベッドが気に入ってるの?」 「気に入ってるつーか、なんかあの箱の中じゃねーと落ち着かなくて」 それに、と一護は笑った。 「あそこでおまえを抱くのがいちばんきれいなんだよな…一面真っ白でさ。あの絶景は誰にも―たとえ恋次にも見せたくない…」 「え?」 自分の頬がかぁっと熱くなるのが判った。こんなにあからさまに反応してしまうなんて他愛がなすぎる、と心の中で己を叱咤する。 「…かわいい。大好き。」 一護は気にする様子もなく、そんなふざけたことを言って熱を持った頬にキスをした。 思わずなに言ってるんだよ、と言いたくなる。 「―‥俺も。俺もいちごが好き…」 それでも相手にようやく届くくらいの小さな声で返事をして、一護の首に腕を巻いた。 好きだと言われて、こう返すのはどんなに時が経ってもとても勇気が要ることなのに、判っているのかいないのかいつでも一護は笑って―いつも通りの愛の言葉を紡ぐ。 子守歌みたいに、優しくて甘い愛しい声。 「あいしてるよ、愛しい俺―‥」 |
…。(無言)
ツッコミどころが…ありすぐる!!!\(^o^)/(…)
これもなぁ…よほどうpするのはよそうと思ったのだが。(神妙な表情)
まぁ、お題14の補完…と言ってみるよ。(遠い目)
あの時はここまで書く気力がなかったのよねww(よね、じゃねえよ)
駄菓子菓子、補完もなにも良く読んだら(良く読まなくても)
死ぬほど矛盾してるところが鬼のようにあるのだが、気にするな。(待)
もはや…言い訳はすまい…。ええ、多くを語るのはやめておくよ…(虚ろ)
080815
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