愛されるのは苦手だった。今でもそうだけれど―昔はもっと。
そういう行為のすべても―もちろんそうじゃなくて単純に手を繋いだり抱き締められたりすることまで含めて―落ち着かないというかなんだか居心地の悪い気持ちになる。
相手が誰でもそうだったけれど、もう一護のことしか思い出せない。
一護はマジメだから、いつでもちゃんと愛してくれて―それがいつも怖かった。
真っ直ぐ瞳を覗き込まれると反らしたくなるし、抱かれて眠るのは緊張したし、甘い言葉は慣れなくて信じ難かった。
何も考えなくていいからセックスするのは嫌いじゃなかったけれど、終わったあとにあの大きな目で見つめられると我に返って逃げ出したくなった。
あの頃自分はヒドイ手負いだったし、一護なんか自分があんな真似をしたせいで病的に離してくれなかったからもちろん逃げることなんて出来なかったけど。
―でも今でも本当は逃げ出したくなる時がある。今なら逃げられると思うことがある。
だって自分は彼の霊力そのものだから―‥こちらの方が霊力は高いはずなのだ。
「…そんな目で見ないで」
あの頃はそこそこ悪いことをしたという気持ちがあったから思っていることの二割も口に出せなかったけれど、今は何だって言える(…と思う)。
「どうして?」
「だっていちご目がマジでコワイもん」
怖いのかよ、と一護は笑った。
「…コワいよ。そんなに執着されたら不安になる…」
「悪かったな、ヘンタイで」
「そーゆー意味じゃなくて…あんまり一緒にいたら失くすのコワイってゆーか…あんまり慣らさないでほしいってゆーか…」
「失くすもなにも俺ら離れようがねーだろーが」
「そんなのワカンナイじゃん。これから先いちごだって俺や恋次のほかに好きなひと出来るかもしんないし。」
「できねーよ」
「…。いちごなら俺が邪魔になったら消すくらい出来るだろ?―王サマ。」
「―おまえなぁ、本気で怒るぞ」
「別に怒っていーよ。じゃあもし俺がいちごから逃げたらどうする?」
顔を見上げて言ってみたら一護は酷く意地の悪いカオをしてへぇ…、と言った。
「おまえが俺から逃げられると思ってンの?」
「…できるよ。その気になれば」
「まぁ、たとえそうだったとしてもな。俺ら霊圧おんなじなんだぜ?見つけられないとでも思う?」
「…隠すことくらい出来るもん」
「へー。無駄だと思うけど。そんなに言うってことはほんとに逃げたいの?俺がヘンタイだから?」
「そうじゃなくて…ただコワイの。いちごがいなかったら息も出来なくなりそーで…」
目を反らして小さな声でそう言ったら一護はまるで望むところだとでも言いたげに笑って言った。
「―それのなにが悪いの」
目は笑っていないからやっぱりちょっと怖かった。
「…こまるよ」
「―ちゃんと目を見て言って。」
キスされるかと思うくらい顔を近づけられて思わず目が泳いだ。
「だから、…いちごなしで生きられなくなったら困る、ってゆう話…」
やっとのことでそう言ったのに、一護はむしろ嬉しそうだった。
「俺はちっとも困らないけど。むしろもうおまえのカラダは俺なしじゃあ生きていけないだろ?」
「だから、たとえそうだったとしてもそぉゆうやらしい意味じゃな…」
「―おんなじことだろ?こんなエロいカラダしといて」
一護は無防備に外気に晒されている胸をぺろりと舐めた。
言いたい放題言われて思わずギロッと睨みつけたのに、一護はニッコリ笑って瞼にキスをする。
「もう泣いて嫌がっても死ぬまで離さないからって最初に言わなかったっけ?」
「…そんな言葉で安心してたらわざわざこんなこと言わない」
「んーまぁ、そうかもな。でもなんか他に安心する方法があるわけでもないだろ?俺もいつかは信じてくれたらいいなーと思ってこんなに好き好きゆってるんだからさ」
「だからいちごのこと信じてないわけじゃなくって、これから先のことは判んないでしょ?」
「もう1000回くらいセックスしたのになー」
「それは関係ない!…とにかく、あんまり大事にされたら…こわいからやめてほしい。」
「じゃあ大事にしなかったらいーのかよ」
「…そーゆーわけじゃないけど、そっちのが気はラクかも」
―思わず正直に言ってしまった。
確かにかつて愛されることを知らなかった頃、一護に触れられればなんでも良かった。
どんなに罵られてもヒドイ抱き方をされてもそれなりに嬉しかった…と思う。
愛し合うことをまるで知らなかったこの枯れた心はまるで水でも得たみたいに、一護のくれるものならなんでも受け入れた。―それがどんな痛みでも。
「ほんとマゾだなぁ、おまえは」
「…恋次ほどじゃないよ」
「…。そんじゃ俺が見てる前でひとりでシて、とか言ったらシてくれる?」
「…それはなんか違うだろ」
「シてくんないの。恋次の時はシてたくせに」
「…まだ根に持ってんの」
「持ってるよ。すげぇ傷ついたんだからな」
「あのときはそんなこと言わなかったくせに」
「じゃあこの淫乱、とか言って欲しかった?」
「…インランじゃないもん。」
一護に犯すような瞳で見られて泣きたくなった。
「もぅ泣いちゃうの?こんなにカワイかったら、俺は独占欲で裂かれそうなんだけど」
「…昔は泣かないで、とかゆってくれたのに」
「大事にされたくねぇんだろ?」
「…」
黙っていると、一護は暫く離れていて冷たくなった身体を引き寄せてぎゅうと抱き締めた。
「―そんなに俺が怖い?」
―昔から何度も聞かれたことだ。癪だからいつだって否定していたけど、本当はいつも怖かった。
「…コワイよ。いちごに触られれば触られるほど、抱かれれば抱かれるほど、好きって言われれば言われるほど…ほんとはすごく怖い」
「ずいぶん素直になったなぁ…」
一護はちゅ、と口唇を軽く塞いだ。
「つまりそれって幸せが怖いってやつだろ?」
「…シラナイ。俺人間じゃねーもん。わかんない」
「あのな、一般的に幸せが怖いってのは贅沢な悩みなの。それにおまえはそれよりむしろ俺の心配した方がいーよ」
「?」
「俺だって怖いんだから。いつかおまえを壊しそうで…」
「…はぁ?」
「もしおまえがほんとに俺から逃げたら、世界の果てまで探して捕まえるよ。…捕まえたらきっともう誰にも見せないように閉じ込めて逃がさないよ。」
「…。」
「そうしてそのうち気でも狂って―‥一緒に死のうとか言い出すかもよ?」
「…ふーん」
「なんだよその返事。おまえ昔から自己中だよな。自分の悩み以外はたいして気にもしないんだから。それとも俺が言うことは信じてもいないだけ?」
「…いちごは、ちょっといじわるになった」
「おまえがどんどんカワイクなるからだろ」
「だとしたらいちご(と恋次)のせいじゃないの?女の子みたいに扱うから」
「似たようなもんだろ?おまえ子供産めそーだもん」
「…良く自分とおんなじ顔に向かってそんなこと言えるね。いちごもう十分オカシ…いやなんでもない。」
さすがに呆れてしまったけれど、一護が本気みたいな顔をしているのでそれ以上追求するのはやめた。
「でもさ、少なくともおまえが俺と一緒にいて幸せだって判って嬉しい。あんだけ傷つけて泣かせても俺はおまえを幸せに出来るって…その資格があるって、自惚れてもいいんだよな」
「いちご…」
なんだか申し訳なくなるくらい、一護は嬉しそうだった。
「そうゆう不安はさ、恋人同士なら誰でもあるもんなんだよ。…でもそんなの感じる暇もないくらい、もっともっと幸せにしてやるから」
「…わか…りました。」
思わず従順に頷くと一護は眉を顰めた。
「…なんでいきなり敬語なんだよ」
「だっていちご王さまだし」
「おまえなぁ、さっきからこんなときだけ…」
自分がまだ一護のものじゃなかった頃、怖いものはなんにもなかった。
どんなに血を流しても手足が吹っ飛んでも、少しも死ぬ気がしなかった。―失うものがなにもなかったから。多少の痛覚は刺激でしかなくて、この世界の中でいちばん強いのは自分だと思ってた。
でも今はこうして一護に抱かれているだけで切なくて不安で、でもドキドキして―胸が押し潰されそうに痛くて泣きたくなる。
絡めた指先がちりちりと熱を持って鈍く痛む―その意味さえわからないけれど。
でもあの嬉しそうに笑う一護を信じることなら…もう出来るから。
「だいじょーぶ、信頼してなかったら王なんて呼ばないもの」
「…未来はわかんないんじゃなかったっけ?」
「だから、この先なにがあってもいちごを恨んだりしないから。前みたいなことにはもうなんないよ。」
「…それなんかチガウだろ!信じてないだろ!」
眉をもっと顰めた一護の背中に腕を回しながら。
―たしかにこういうのは幸せと呼ぶのかも知れないとぼんやり思った。
失う恐怖で逃げ出したくなるくらい―目が眩むほどの幸福を。
…その笑顔からたくさん貰ってるよ。
***