悪夢の続きみたいにどうしようもないことを考える瞬間があった。―自分たちは決して結ばれないのだとかいつか終わりが来るんだとか―そういう類いのことを。
たとえば駆け落ちでもするみたいに、どこか遠くまで逃げられたらまだ良かったかもしれない。でも自分たちは所詮同一人物で、それすらただの夢物語でしかなかった。
いつか必ず訪れるであろうその日に、深い深い谷底にきっと―墜落することが恐ろしかった。
死がふたりを別つよりずっと早く―たぶんその時が訪れる。―そんなことははじめから判っていたことだ。
そう考えると背中が冷たくなって思わず運命を呪いたくなるのに、出会わなければ良かったとはどうしても思えない。
―そうだ、知っていてこうなった。
初めてキスした時も組み敷かれた時も無理矢理されたわけじゃないし、そもそもこちらが王なのだから強引に彼を押さえつけることだって出来たのだ。
この道の先が―どこへ続くかなんて判らなかったわけじゃない、知ってても止まらなかっただけ。
絶望の雨を浴びるのも彼となら悪くないと思っただけ。
―だって好きだから。この世界には他にも沢山の生命が存在しているというのに―‥その中の誰よりもこの自分の中の―自分と同じ姿をした虚を愛していた。
だから毎日毎日祈るように繰り返す。
今日明日終わるわけじゃない。
まだ何もわからない。
いつ何が起きるのかなんて誰にも予想なんか出来はしないのだ。
街を歩いている普通の恋人同士でも―生きる世界すら違う自分たちでも―それは同じことだ。
―まだその時じゃないのだから。
「一護、さ」
自分を抱いていた白い腕の力が抜けたと思ったら―金色の瞳がいきなり自分の目前3センチの位置にあって心臓が跳ね上がった。
「考えてること、筒抜け」
「―!」
そう、同一人物なのだから。
少し触れるだけでもシンクロしたりするくらいなのに―抱き合ったりキスをしたりカラダを繋げたり―深く愛し合えば合うほど、いやでも相手のことがわかる。
抱かれている間あまり余裕がない自分はともかく、余裕ありげに上から見下ろしている彼は自分の考えていることくらい手に取るようにわかるのだろう。
まぁだからって、なにもわざわざ口に出して言わなくたっていいのに…と一護は思った。
「…俺たちが結ばれる方法、ないわけじゃないぜ」
「え?」
白い虚は楽しそうに窓の外を指差した。
「…たとえばほら、あそこ走ってる電車に飛び込めば―王も俺も終わり。」
「そりゃただの心中だろーが!しかもハタから見たらただの自殺!」
「だって、結ばれるってそーゆーことだろ?」
虚は不思議そうに首を捻った。
「…まぁ確かに全然違うとは言わねえけど。どーせならもっと幸せになれそうなやつを考えてくれ。あと色々あとが面倒だから電車はダメ。他の客にも迷惑かかるだろ?世の中には電車が止まると鬼みたいにキレるやつもいんだよ」
「へ〜、そうなんだ」
虚はいかにもどうでもいいみたいな返事をして一護の顎を引き寄せると至極真面目な顔で言った。
「…じゃあもう何にも考えんなよ」
「はぁ?」
「―俺が幸せにしてやるから、テメーはもうなんも考えんな。」
この虚が何の根拠もなくそう言っていることは判っていたけれど。
でもいつもそうなのだが―妙に自信ありげに言うものだからつい信じたくなってしまう。真剣な顔をすると自分はこんなに格好良かっただろうかとか馬鹿なことを頭の片隅で思った。
「だから、幸せになる前に死なないようにせいぜい気をつけろよ」
虚はちょっと笑って、いつかと同じことを言った。
「わかったよ。てめぇこそさっき心中まで持ちかけといて…」
「あれはジョークだっての」
「わかってるけど」
「死んだら俺も一護も終わりなんだからな」
「…わかったってば」
そんなことを言いながら口付けられて、―あぁ愛されているなぁと満足した。
勝手に不安になっておいてなんだけれど、これはこれで悪くないことに思う気持ちも確かにあった。
そりゃあ結ばれるのは難しいかも知れないが、二心同体だからこその幸せもちゃんと存在する。
戦っている時はいつでも一緒だし、その気になればいつでも話が出来るし―いつも彼の力に護られているという実感が一護をしあわせにした。
まぁ、もうしばらくこのままでもいいかも知れない。
「だから筒抜けなんだっつってんだろ!」
「…あ。」
―ったく、と白い虚は頬を染めた。どこもかしこも真っ白なこの肌に赤味が差すと、こいつでも照れたりするんだなぁとなんだか嬉しくなる。
「そんなに俺が好きなんだったら泣いても朝まで離さねぇからな!!」
「ん…好きにしろよ…」
こんな返事しか出来ないけれど、自分だってこの虚のことがすごく好きなのだ。もっとも筒抜けなんだから彼だって判っているとは思うけれど。
―そう本当は。
たとえこの先絶望の雨が降ったとしても、おまえが傘を差してくれるってわかってるから。
***