―そうゆっくりと花びらを毟るように。
会ったことがあるのだから、自分を知らないとは言わせない。
チラッと顔を出して、少しばかり遊んでやっただけでも―仮にも王である筈の一護はものすごく怯えて、必死で自分が出て来ないようにと祈ったり抑え込んだり―とにかく無駄な努力ばかりしていた。
そんな風に抵抗したところで、自分を抑え込めるはずもない。
こちらの方が格段に霊力は上なのだから―本当はいつだって…今この瞬間にでも、このカラダを支配してやろうと思えばできる。
―王が弱いから代わりに戦ってやっているのだ。
そんな風に怯える前に―自分が出てやらなかったらとっくに死んでいるということを思い出して欲しいと思う。
まぁ、この自分が―‥ちいさな人間にすぎない一護のカラダには余る、このチカラが恐ろしいというのなら、別にそれも構わない。
自らで作り出した己の分身が―そんなにも怖いというなら、本当にこのカラダの主導権を奪って―真の絶望をおしえてあげる。
だからもう少しだけ待っててね。
そこにはもう痛みも恐怖もないから。
そのカラダも魂も―ぜんぶぜんぶ自分に陥落して、逆らう気すらなくなるように。
*
「なぁ、」
腕の中で眠ろうとしていた一護が、いきなり顔を上げて思い出したように言った。
もう随分と眠いのだろう、大きな茶色の瞳が半分くらい閉じかけている。―そんなに眠いのなら素直に眠ればいいのに、とぼんやり思った。
「おまえさぁ、なんで俺のこと乗っ取ろうとしたの?」
「…なんだよ急に」
だって、と一護は小さな声で言った。
「…付き合ってから気付いたけど、おまえ俺のこと本気で乗っ取る気なんか最初からぜんぜんねぇじゃん?でもあの時だけは、結構本気だったろ?」
「てめぇが弱いからだろ。虚化くらい覚えさしてやんねーと破面とはマトモに戦えなかっただろーが」
「それはさ、だいたいわかるんだけど…それにしちゃあっていうか…。…おまえさ、あの時妙に怒ってたじゃん。…なんで?」
「…」
はぁ、と溜め息をついて一護の頭をパシッと叩いた。
「痛ッ!なにすんだよ!!」
「あんだけビビっといて何言ってんだ。バカ王。バカ一護」
「…!!」
そう言い放ってやったら―何をひらめいたのか知らないけれど王様は急に判ったような顔をして、ぎゅうぅぅぅぅと音がしそうな勢いで自分に抱きついた。
「そか、俺ビビって色々言ったもんな…!出てくるなとか消えろとか…それで拗ねてたんだな、おまえ…」
「バ、バカなこと言うんじゃねーよ!てめぇじゃねぇんだからそんなガキみたいなことするか!」
「ごめんな…おまえのホントの気持ちを見抜けないダメな王で…」
「…あのなぁ、王がそんな素直に謝るんじゃねーよ」
「やっぱり拗ねてたんじゃん。」
「…。」
一護は勝ち誇ったような―それでいてとても嬉しそうな、綻ぶような笑顔を見せた。―夏の花みたいな王だと思う。
「…そういう一護はなんで嬉しそうなの」
「嬉しいよ…だって、おまえ俺が好きだからそう思ったんだろ?嫌いだったらそんなこと思わねぇよな?」
「まぁ、そりゃあそうなるけど」
「傷つけてごめんな…でも、嬉しい」
本気で喜んでいるらしい一護に抱きつかれながら―そういえばそんなことも考えたなぁとぼんやり思った。酷く昔のことのように思えた。
確かにあの時自分は本気でこの王様を玉座から引き摺り落としてやろうと考えたけれど―確かに一護の言う通り、愛されたくて拗ねていただけなのかも知れない。
「…心配しなくても、これからずっとおまえだけが好きだからな」
「別に心配してねーよ」
「おまえは?」
「…俺もそうだけど。」
「もっと、ちゃんと言えよ」
「判ったよ。ホラ―」
抱き締めたカラダを限界まで密着させて―耳にキスを落としながら囁いてやる。
「一護をいちばん、愛してるよ。心配しなくてもずっと離さねぇから。」
「…俺も、心配してねぇよ!って言いたいとこだけど…おまえをいちばん愛してる。ずっと…」
一護は本当に嬉しそうに笑って―愛の言葉に返事をくれた。その口唇にキスをして―ゆっくりと中身を味わっていく。
「…てめーのせいで、寝るとこだったのに火がついただろ」
「いいよ、別に…」
「ほんとに甘ぇ王だな。それなら帰れなくなるくらいヤってやるよ」
「それでもいい…」
「…馬鹿。」
さっき自分で着せたばかりの死覇装をまた脱がせて―もういちどその甘い口唇を塞いだ。
―どっちにしろ、自分にはこの王という名の花を毟るどころか―摘むことすら出来なかったのだ。
たとえもしわかり合うことが出来なくて―こんな関係になるどころか、王に疎まれたままだったとしても。
こんな風に想い合えるようになったことが奇跡にも感じられるけれど―お互いが自分の分身で、ふたりでひとつである以上それは当然のことかも知れなかった。
どちらにしても一度手に入れてしまった以上それは手離しがたい至福で―これを失くしてしまうくらいなら消えた方がマシだと思えた。
だからもっとずっと―俺だけを愛してね。
―太陽に咲く花のような、俺だけの愛しい王様。
***