鮮やかな秋晴れの放課後。
日曜なのに学校なんかにいるのは、別に部活があるからじゃなくて、今日は青春学園の学園祭だったりする。
もっとも、それはもう既にさっき無事終了してしまい、生徒たちは祭りの余韻に胸を躍らせながら放課後の街の散策に乗り出したり、帰宅の路についたりしている。



不二周助は帰る前に、テニス部の部室に寄ることにした。
昨日図書室で借りた本をそのまま部室に置き忘れて来てしまったことに、昨日家に着いてから気付いたからだ。



こんな行事のある日の部室というものは、平日のそれよりもずっと静かだ。
単純に誰も訪れる人がいないから。



「僕も案外おっちょこちょいだよね」


そんな独り言を言いながらドアに手を伸ばして手塚から借りた鍵を差し込むと、中からカタンと音がした。
どうやら先客がいるらしい。

まぁそんなことは特に気にせずにそのまま鍵を開けてガラリとドアを開くと、中にいた人物がドアの開く音に反応してこちらを振り返った。




こんなに爽やかないい天気だというのに窓もカーテンもびっちり閉めて、音も風もないその空間。
カーテン越しに差し込む淡い陽の光だけがその人物の姿を映し出す。
もっともまだ夕方とまではいかない時間であるから、それは十分な光の量で、その人物の特定をするのに時間はかからなかった。





酷く小柄な細い身体。
吊り上がった大きな黒い瞳に、きゅっと締まった赤い口唇。
ゆっくりと瞬きをして、彼は自分の方を見た。
さらさらの髪の毛が、彼が振り向くのにあわせてサラリ、と揺れる。





(…越前…)








SIZE-SS





彼は、いつも無愛想な顔をしている方だけれど、今日はそれにも増して不機嫌そうだった。
それどころか、物凄い勢いで睨まれているような気すらする。


何故なら、彼の座っているベンチには彼の恋人が―‥恐らく裸で眠っていた。(恐らく、というのは、一応シーツを被っていて肝心な部分は見えないからだ)
自分も対戦したことがあるので彼のことは知っている。
彼―切原赤也は、自分が入って来たことなど全く気付かないようで、スヤスヤと寝息を立てていた。
越前が彼と付き合ってることは知っていたけれど、まさかこんなところでお目にかかるとは思ってもいなかった。



窓もカーテンもびっちり閉めていた理由は誰がどう考えても明らかだった。
いつもは明るい笑い声に満ちたこの空間は、使い方によってはこんなにもいやらしくなるのか、と思うくらい違う顔をしていて、部屋の中はふたりぶんの学校の違う制服が乱雑に散らばり、まるでアダルトビデオか何かの撮影所のような(もっとも不二だってそんな場所に行ったことがあるわけではないのだが)、情事を盛り上げるには絶妙とも言える背徳感に満ちていた。



越前は、こんな状況でも全く慌てる様子は無かった。
自分も制服のズボンだけを穿いた、情事の後丸出しの姿で、むしろそれを隠そうともせず、顔だけをこちらに向けてちょっと溜息をついた。





「―なに」



彼は整った顔を少しも歪めずに、ただそれだけ口にした。
でも なに、なんて、本気で聞いているわけじゃなくて、イコール立ち去れの意だろう。
相手を気圧すには事欠かない、中学1年生にしては低い声。
加えて今日は一段と殺意が込められているような気がする。
忘れ物を取りに来ただけなのに、何故こんなにも敵意を露わにされないといけないのか、と不二は納得がいかない。
だいたい不二だって面の皮なら相当厚いほうだ。
お邪魔しました、なんて言って素直に逃げる気にはなれなかった。
不二が入口に立ち尽くしたまま立ち去らないので、越前は忌々しそうに次の言葉を紡いだ。



「…見て判んない?邪魔なんだけど」


ここまで言われると不二もだんだん腹が立って来て、何て言い返そうか、なんて思いながら越前と眠る切原を目を閉じたまま交互に見つめた。
そんな彼の態度に越前は益々気を悪くしたようで、人のもの見ないでくれる、とか付け足した。



「…部室はこういうことをするためのものじゃないよ」


考えた末、不二は努めて優しく、模範解答のようなことを言った。
越前は吊り上った大きな目をもっと吊り上げて、バカにしたように笑った。



「…自分だってこういう風に使ってなかったっけ」

「僕はもっと綺麗に使うよ」


不二は平然と言い返して、知ってたんだ、とわざとらしく付け足した。



「白々しいっスよ、不二先輩」


越前は悪魔みたいにニヤリ、と笑った。



「…だいたい、あのヒトをこんな納屋みたいなところで抱いたりしちゃ壊れちゃいますよ。あんな華奢で潔癖で繊細なヒト。」


相手まで知ってたんだ、と不二は妙に感心した。
自分からバラしているような越前なんかとは違って、自分はかなり上手く隠していたつもりだったのに。


「…納屋って…随分だなぁ。一応僕たちの部室でしょ」
「アンタのあのヒトならそう言うかな、って。」


けれどそれはある意味適切な指摘で、そう言えばそんなことを言われたことがあるような気がする、と不二はぼんやりと思った。
それで自分はお姫様が床に付かない様に抱き抱えながら、終わった後もゆっくり休めるようにずっと抱っこしてあげていたものだけれど。
この目に見えて体格差のある目の前の恋人たちはそんな風には出来ないようで、切原は良くこんなところで爆睡出来るな、というような、大きなタオルを敷いただけの固いベンチに惜しげもなく身体を預けて、枕代わりのカバンが固いのかたまに頭を動かしたりしながら、それでも快適そうに眠っていた。
自分の恋人だったら、こんなところで横になることすら拒むだろう。



「切原くん…こんなところで良く寝てるね…」
「…このヒトはそんなの気にするタマじゃないでしょ」


越前は、ちら、と切原に視線を移して、彼が被っていたシーツを肩まで引き上げた。
気温が低くなって来たことを考慮したのか、それとも不二に少しでも見せまいとしたのか―たぶん両方だと思うけれど。
女の子のような長い睫毛に縁取られた伏せた瞳が、切原を見て少しだけいつもの越前と違う色を映す。
いつもの越前をそれなりに知っている人じゃないと判らないような、ほんの少しの、微かな変化。



(…へぇ、大事にしてるんだ)






「…ねぇ、もういいでしょ」

越前はさっきよりもずっとしおらしい視線を不二に向けた。
頼むから出て行って欲しいという気持ちがあまりにもありありと伝わって来るので、不二は笑った。


「ゴメンゴメン、邪魔する気はないんだ。忘れた本を取ったらすぐ出るから」


不二がクスクス笑いながら自分のロッカーに手を掛けたその時、ピンポンパンポン、と校内放送の音がした。




『1年2組の越前リョーマくん、至急、職員室まで来て下さい…繰り返します、越前リョーマくん…』





「「…!?」」



越前は大きな瞳を見開いて、それから心底忌々しそうにチッ、と言った。



「…何でこんなときに…いいよ、もう帰ったことにするから」


越前は呼び出しなんか無視する気満々でそう言ったけれど、不二は少し苛めてみたくなったのでこう口にした。



「行って来れば?越前。切原くんだったら僕が見ててあげるから」
「!?」


越前はビックリして不二の方を振り返った。
大きな目が一瞬もっと大きくなって、でもすぐに刺さるような視線に変わった。―つまり、睨まれている。
越前のような大きな吊り目だと流石に迫力もあるものだが、そんなものに屈するような不二ではない。



「そんな睨まないでよ。別にやましい気持ちで言ってるんじゃないんだからさ…。その調子だと越前、出し物とかぜんぶサボってここでエッチしてたんでしょ?担任さすがに怒ってるんじゃないの?今日行ってた方が良くない?」


越前のようなタイプは言い負かしてしまうに限る。
そう思って早口でまくしたてると、越前は更に不二を睨みつけて低い声で言った。


「…なに、写真とか撮って脅そうとか思ってる?」
「失礼だね、そんなことするわけないでしょ。いったいなんでそういう考えに至るのさ。だいたい悪いけど、僕は観月にしか興味ないよ」


越前はその返事を聞いてもなお胡散臭そうに不二を睨みつけていたけれど(当然といえば当然だが)、何を思ったのか突然ふっと笑って頷くと、じゃあお言葉に甘えようかな、とか、やけにあっさりそう言って床に散らばっている制服のシャツを羽織った。



(…へぇ、意外と簡単なもんだな)





「…ひとつだけ言っとくけど」



不二がそんなことを思いながらニコニコと越前の後ろ姿を見送っていると、ドアに手を掛けた越前が振り返った。







「…指一本でも触ったら殺すから」





ボソリと一言、低い声で呟くように口にして越前はバタンと扉を閉めた。
本当に殺すつもりなのかは知らないけれど無用心なものだと不二は思う。
自分だったら、裸で寝てる恋人の隣に他の男なんかがいたらどうにかなってしまうだろうし、そばを離れたりなんて絶対しない。
―まぁ、ここで寝ているのは自分の恋人じゃなくて越前の恋人だし、信用してくれたということでいいだろう、と不二は思った。
基本的に自分の大切なもの以外はどうでもいいと思っている人種なので、他人のことはどうでもいい。
越前の捨て台詞に、はいはい、と笑顔で頷いて、恋人じゃない男が隣にいるとも知らずにぐーすか寝ている切原の方をチラリと見る。



彼はシーツから微妙にはみ出している足が寒いらしく、無意識のうちにそれを何とか中に入れようとしているようだった。
白くて細い足がふらふらと揺れる。
細い足だなぁ、と不二は思った。
もっとも不二は切原なんかよりもよほど華奢で女性的な身体をしているのだから人のことなんか言えたもんじゃないのに、他人の恋人だと客観的に見ることが出来るのか、不二は感情のこもらない瞳で切原の鍛え上げられた筋肉がきれいについている白い身体をシーツ越しに上から下までじろじろと見た。
越前がいたらきっと殴られるくらいじゃ済まなかっただろう。




(…さて、と)


かと言って別に切原にちょっかいを出したくて越前を追い出したわけじゃない。
むしろ出したくてもちっとも出す気にならないし。
やっぱり自分は恋人である観月にしかそういう気にはならないなぁ、とか不二はぶしつけな視線を切原に送りながら、とてもシーツまでは捲る気にならないなぁ、とか自分勝手なことを考えた。


じゃあ何故越前を追い出したのかと言われれば、勿論彼に対する嫌がらせでもあるけれど、ただ―少し気になったのだ。
同性同士で付き合っているカップルは、自分たちや越前と切原の他にも少しは知っている。
でもその中でも越前たちは特別というか―少しだけ自分たちに似ていたから。
知的好奇心とでもいうのだろうか、ただ純粋に興味があった。
少し話をしてみたかったのだ。
越前とじゃなくて、切原と。
違う学校の―と言うよりはむしろ、自分が負けた学校の、自分が負けた相手を愛している彼と。




話をするにはまずは起きて貰わないといけないなぁ、とか不二が考えていると、視線を感じたのか切原が薄く瞳を開けた。
いったいどのくらいの時間眠っていたのか、完全に寝惚けているようで、その瞳の焦点は定まらず目尻に涙が浮かんでいる。
そんな状態の切原は隣で突っ立っていた人物を当然越前だと―‥自分の恋人だと思ったようで、シーツの中から手を伸ばした。



(うわ、指一本でも触ったら殺される!!)



不二の頭の中には反射的にさっきの越前の台詞が浮かび、咄嗟に思いっきり身体を反らして避けてしまった。
反面切原は思いっきり越前(だと思い込んでいる人物)に抱きつくつもりだったらしく、彼の腕はあっさりと空を切り、そのまま派手にベンチから転げ落ちてしまった。
シーツがはらり、と舞い上がり、そのまま切原の上に舞い落ちる。




(あーあ…)




「…った」


くるくるのくせっ毛をかき上げて、何とか切原は起き上がった。
寝起きだということが一目瞭然な赤い瞳。
余程執拗な愛撫を受けたのか、その雪のように白い肌には斑点のような所有の印があちこちに散らばっている。
まぁ越前は独占欲が強そうだからこのくらいするだろう。


切原のぼんやりとした赤い瞳が自分にぶつかる。



「…き、切原くん、大丈夫?」

不二がそう声をかけると、切原はまるで聞こえていないような瞳で不二を見返した。
暫く様子を観察していると、彼の赤い瞳がだんだんと、グラデーションのように元の黒い色に戻ってゆくのが判った。
さすがに越前は変わった子と付き合うなぁ、とか不二は思わずそんなこと考えた。






「…不二、さ、ん?」


切原はようやく焦点の合った黒い瞳で不二を見上げた。
当然ながら事態が飲み込めていないらしい。



(今まで寝惚けてたんだ…)


目が赤くなる体質のお陰で、面白いくらいに判りやすい。
きっとエッチの時も赤くなるんだろうなぁ、とか不二は下世話なことを考えた。



「うん、そうだよ。おはよう」

「…あの、たぶん、俺、越前といたと思うんですけ、ど…?」

「うん、そうだよ。間違ってない。越前ね、今放送で呼ばれちゃって。たまたま部室に忘れ物取りに寄った僕が留守番を引き受けたんだよ」


説明すると何とも嘘っぽいが嘘は言っていない。
けれど切原はそんな嘘みたいな話も大して深く考えていないようで、ふぅん、と言った。
自分の恋人だったらショック死しそうな事態(つまり情事のあと目が覚めたら違う男が隣にいる)でも彼はむしろ当然とでも言いたげに平然としている。
男同士だから裸を見られても気にしないということなのだろうか。
越前の前でなら恥じらったりするんだろうか。(想像もつかないけれど)



「…そうだ、学祭は?」

切原は越前ほどではないけれどそれでも十分大きな瞳を不二に向けてこんなことを聞いた。


「…もう終わったよ」


やっぱり、と切原は肩を落とした。


「アイツが離してくれなかったから全然見れませんでしたよ」


折角東京まで来たのに、と切原は言った。
その言葉とは裏腹に、なにが嬉しいのか向日葵のような笑顔を浮かべる。



(このギャップが良かったわけ…)


自分にボールをぶつけた鬼みたいな顔を思い出して(最も後半は目が見えなかったから見ていないが)不二は冷静にそんなことを考えた。



「気のせいかな、嬉しそうに見えるんだけど」


そうスか?と切原は笑った。
流石に不二の嫌味など気にしない(それとも単に気付いていないのかも知れない)性格のようだ。



「とりあえずこれ着なよ」

不二は丁度ロッカーの中にあった自分のジャージの上着を切原に手渡した。
流石に相手が素っ裸だと落ち着かない。(いちおうシーツを巻いてはいるが)
切原の肌が異常に白いおかげで、身体中の情事の痕跡が目に付いてしょうがないし。
その辺の床を探せば彼の制服も散らばっているはずなのにわざわざ自分のジャージを手渡したのは反応が見たかったからだ。
―他の男の服を彼が素直に着るのかどうか。


けれどそんな不二の期待とは裏腹に、切原はなんで制服を取ってくれないんだろうと思ったらしくちょっと変な顔をしたが、年上の好意を突き返すのも何だと思ったのか、それとも単に肌寒かったのか、躊躇いもせずそれに腕を通した。
体格が似ているのでそれはちょうどあつらえたようにぴったりで、切原はへぇ、青学のジャージって初めて着た、と感嘆の声を漏らした。
どうやらギリギリパンツだけは穿いていたようで、やっとマトモに動ける、と切原はシーツを投げ捨てて手足を伸ばした。
不二はその姿にパンツ姿で自分と戦った氷帝の芥川を思い出した。
切原が動くたびにトランクスの裾あたりでキスマークがちらつくがこの際見なかったことにする。



「…切原くん、ちっとも動揺しないんだね」

不二がつまらなそうに正直な感想を述べると、切原は目を丸くした。


「は?動揺させたかったんスか?動揺も何も、同じ男じゃないスか」
「…越前も男だけど。」
「…そうスね。でもアイツ女の子みたいじゃないスか」



切原は微妙に矛盾したことを言った。
越前以外の男は恋愛対象じゃない、と言いたいらしいが、自分が受ける方のくせに越前を女の子みたいとは……
だいたいどう見ても越前は女の子みたいじゃない、と不二は強く思ったが、相手は本気でそう思っているようなので黙っていた。



「僕のジャージ着たって言ったら、越前は怒ると思う?」
「…さぁ。怒るかも。でも俺がアイツのジャージなんか着たら破れますよ(笑)」
「…(破れはしないと思うけど…;)」

切原は心底楽しそうにケラケラと笑って、知ってますか、アイツサイズSSなんですよ、ありえないッスよねー、とか何とか言った。



「…ほんと、かわいーやつ」


そうしてポツリと呟くと、ふわりと笑った。
今までの向日葵のような明るさだけの笑顔とは違う―見たこともない笑い方だった。
きっと彼は、越前のことでしかそんな風には笑わないのだろう。
キミも十分かわいいよ、と不二が言うと切原は嬉しくないッス、と苦笑いを浮かべた。




「出て行く時にね、越前、キミに指一本でも触れたら僕のこと殺すって」
「…へぇ、嬉しい」


不二が言うと、切原はしらっと答えた。
けれどその頬がほんの少し赤く染まるのを不二は見逃さなかった。




「…切原くんは、越前を愛してるの?」

不二がストレートに聞くと、切原は少し笑った。



「そりゃあ、じゃなきゃ抱かれたりなんかしませんよ」

「どうしてキミが抱かれてるの?」

「…ホント、どうしてでしょうね。泣いてせがまれたような記憶があるけど(笑)」

「…越前が?なんて?」

「…もう我慢できない、とか何とか。」

「(想像しちゃった…;)ちなみにキミは越前を抱ける?」

「勿論スよ。まだやってみたことないけど(笑)」




何スか不二さん、何か聞きたいことでもあるんスか、と切原はくるくるのくせっ毛をかき上げた。
切原の激しいくるくるの髪の毛を見ていると、自分の恋人のくせっ毛を思い出す。




「…うん」



不二は素直に頷いた。
観月はあのクセ毛があまり気に入らないようで、不二くんみたいなさらさらの髪の毛に憧れてます、とか良く言っていた。




「…僕はね」



まるで女の子みたいに、何分でも鏡の前で髪の毛をいじくっている観月はとても可愛らしいと思う。
自分の女性的なパーツがあまり好きではなかった不二は、好きになるなら自分とは全然違うタイプの人、と思っていた。
まさか自分と同じような―‥もしかしたら自分より華奢で女性的かも知れない観月なんか好きになるなんて思わなかった。
自分の女顔や、ラケットを持つには華奢すぎる腕を何よりも疎んじていたのに、観月の爪まで手入れの行き届いた細い指先や少女のような白い足は本当にきれいだと思う。




「…僕の彼女に聞けないことをキミに聞いてる。」



切原はきょとんとして不二を見上げた。



「何で俺に聞くんスか?」

何の参考にもならないと思うけど、と切原は続けた。



「そんなことないよ。ちょっとキミに似てるんだ」

「俺に似てる女なんて聞いたこともないけど…(汗)」



(…まぁ、似てるのは顔とか性格とかじゃなくて、単に状況、ていうか境遇、ていうか…)





「…切原くん」


不二はロッカーから忘れた本を取り出すと小脇に抱えた。
観月が前に好きだと言っていた詩集をたまたま昨日図書室で見つけたのだ。
きっとこれを見せたら彼は少し困った顔をして、図書館なんかで借りなくたって僕が貸したのに、とか言うに違いないけれど。
不二は観月の困った顔がとても好きだから、あえて図書室で借りた。




「キミは…」


越前が出て行ってからもうそろそろ30分くらい経っただろうか?
もうそろそろ帰って来る頃だろう。





「…キミは、越前が憎かった?」



「?」


切原は不二の顔を不思議そうに見上げた。
大きな瞳が自分のそれとぶつかる。




「ううん…、1回でも、越前を憎んだことがあった?」




不二は、切原がどんな風に越前に負けたのか知らない。
でも何だか随分な試合だったことは聞かなくても判る。
―それこそ自分たちとそう変わらないくらいには。





「…なんでッスか?」


でも、切原は大きな瞳をパチパチさせて、心底判らないという風に言った。
黒い瞳に疑問の色が浮かぶ。
本当に、どうしてだろうと純粋に疑問に思っている様子が見て取れた。




「…いけ好かないヤツ、とは思ってたけど。話してみたらそうでもなかったし。」


切原はしれっと答えながら、不二さん何か憎まれるようなことしたんスか?と聞いた。



「…うん、したかもね」
「?」


不二は少し切なそうに答えた。
切原は正直わけがわからなかったけれどとりあえず黙っていた。







「…じゃあ、」




不二はまた口を開いた。







「…越前は、優しい?」







今の今までどんな質問にも平然と答えて来た切原だけれど、この質問にはほんの少しだけはっとしたようだった。
少し眉を顰めて、ええ、すごく、と言った。





「…エッチの時も、それ以外の時も、いつも。」



切原はほんの少しだけ目を伏せた。
とても幸せなのに、どこか切なそうな、そんな表情だった。





―やさしくされるのは、つらい?




不二が最後にそう聞こうとした時、ドアの外でパキンと何かが割れる音がした。




「「?」」



ふたりがドアの方を一斉に振り返るのと同時に、ガラリと大げさにドアを開けて中に入って来たのは越前だった。




「…聞きたいことはそれで全部?」


越前は不二を睨みつけながら、映画か何かの決め台詞のようなことを言った。
頭の回転の早い不二は瞬間的に、自分たちの会話が筒抜けだったことを悟った。



「越前…キミ…」


「もちろん、全部聞いてたよ」


越前はしらっと答えた。
切原は越前がいないと思い込んで不二の数々の質問に答えていたので、彼がぜんぶ聞いていたのかと思うと今更ながら顔から火が出そうなくらい恥ずかしくなった。



「ふたりっきりになんかするわけないでしょ。不二先輩がどういうつもりなのか気になったから出てったフリしただけ」


越前はサラリと答えると、やば、切っちゃった、と言って右手のカッターナイフを軽く振った。
さっきの音の出所はどうやらこれのようで、握り締めていてうっかり折ってしまったらしい。
おかげで越前の細い指は微妙に切れてしまい、少量ながら血が流れていた。




「(…カッター???)」



「なにやってんだよお前!」

切原は照れていたことも忘れて恋人のもとへ飛んできた。



「大丈夫、軽く切っただけだから。それに利き手じゃないし。」

「そういう問題じゃねーだろ…」

「こんなのアンタが舐めてくれたらすぐ治るし」

「アホ!」




不二は暫く目の前のバカップルを呆然と眺めていたが、改めてツッコむべきところに気付いて勢い良く言った。



「ていうか越前、なに、そのカッター!!!」


越前はああこれ、と言って刃の折れたそれをまた軽く振った。



「万が一ってこともあるでしょ。普通にやって俺がアンタに勝てるわけないから、これくらいの武器は必要でしょ?」


越前はサラリと言って薄く笑った。
不二が切原に何かしら血迷ったことをしたら、普通にあれを使うつもりだったらしい。



「越前、僕のこと全然信じてなかったんだね…」


不二は思わず遠い目になった。



「そうだとしても、なんで折ったんだ?」


切原がもっともな意見を述べた。
越前は、アンタが不二先輩と楽しそうに喋ってるから思わず腹が立って、とか何とか早口で言った。



「だいたい、平気で他の人の服なんか着ないでよ」

越前はそう言うと、手早く不二のジャージを剥いだ。
流石に、脱がせるのは早いと不二は思った。



「女じゃあるまいしそこまで意識してねーよ」

切原は再びトランクス一丁に成り下がり、上半身裸で不満そうに言った。


「じゃアンタ、これを俺が着たらどう思う?」

越前は手にした不二のジャージをぶんぶんと振って負けじと言い返す。



「それは……何か、嫌かも」

切原はちょっと考えて、ボソリと言った。


「しかもお前がそれ着たら、ぶかぶかで彼パジャマみたいになるんだよな。それってかなり嫌。」


越前はでしょ、と勝ち誇って、これ返す、と不二にそれを投げつけた。




「…」


たいした会話を聞いたわけでもないのに、不二は何だかとても疲れてそれをロッカーに適当に仕舞ってカギをかけた。



「すっごく、心底、果てしなくお邪魔みたいだし、僕はこの辺で失礼するよ…」


不二は腹ただしいのを抑えて薄ら笑いを浮かべながら部室の外に出た。
妙な好奇心なんか出すもんじゃないなぁ、とか思いながら、努めて思いっきりドアを閉めてやる。
そんな不二には目もくれずに、越前は自分のロッカーからジャージを引っ張り出して切原の頭に放り投げた。



「…悪かったね、SSで」


切原的には今度こそ制服を着るつもりだったのだが、越前が意地みたいに自分のジャージをよこしたので溜息をついてそれを広げるとショールのように羽織った。
腕を通すよりはマシだろうという判断による。



「これなら彼パジャマに見える?」

「…ぜんぜん見えない。」



越前が苦虫を噛み潰したような顔でそう言うのが可笑しくて、切原は思わず笑った。



「…ま、お前がデカかったら気持ち悪ィよ。お前はチビなのがいいところだろ」

「それってフォローのつもり?…ま、アンタがそう言うなら牛乳飲むのやめようかな」

「それはやめとけよ(笑)今の身長じゃぜったいいつか体力負けするって。」

「じゃあ、俺が20センチくらいデカくなったらどうする?」

「気色悪…」

「…やっぱり牛乳飲むのやめる」

「嘘だってば」


ケラケラ笑う切原に抱きついて、越前は呟くように言葉を紡ぐ。



「…声しか聞こえなかったんだけど…触られたりしなかった?」

「そんなわけねーだろ(笑)あの人、ぜんぜん俺なんか見てなかったし。」



俺を通して他の誰かを見てるみたいだったな、と切原は言った。
越前はそんな彼の首に抱きつきながら、さっき不二がしていた質問を反芻していた。
憎んでいたことがあった?と聞かれて、本当は少しドキッとしたのだけど。
切原が当然のようにケロリとしているので安心した反面、少しガッカリもした。
あれほど勝利に執着してる人だから、少しは自分にも執着してくれるかと思ったのに、彼が執着するのはあくまで勝利そのものであって、相手ではないらしい。
だから、切原は自分にされたことを全く気にしていないようだった。
残忍な人だから、そういうことに酷く疎いのかも知れないけれど。
―もっとも、自分がこの人に何をしたのか、ぜんぜん覚えていないのだが。



「さっきさ、不二先輩の話聞いてて思ったんだけど、俺ってアンタにどんな風に勝ったの?」
「えー?普通だよ。そうだな、副部長とやってた時の序盤みたいな感じ?お前無我を使いまくって、あっという間だったな。」
「…」
「なんだよ、不満?」
「不満ていうか、もっとアンタの心に残るような勝ち方したかったなと思って…」


何だよそれ、と切原は笑った。


「じゅーぶん残ってるって」
「…とてもそうは見えないけど」
「ほんとだよ。お前すげーって思ったもん。」
「…(すげー、って……)じゃあ、あの時俺が負けててもアンタ俺と付き合ってくれた?」
「うん」
「…なにその言い切り」
「いや根拠はないけど、別に俺はお前がテニス強いから好きになった訳じゃないから。」


切原は微笑んだ。
越前はそんな切原に軽くキスをして、性急に脱がせたせいで随分離れたところに飛んでしまっていた彼のシャツを拾い上げると彼の羽織っている自分のジャージと交換した。



「…そろそろ帰ろうか?邪魔されたぶん家でやろ?」


切原はまたー?と言いつつ拒絶はしなかった。



「…それにしても、あの人悩みでもあんのかな。あんな人に好かれた女は幸せだと思うけど。」

あんな人が彼女に憎まれるようなことするのかな、と切原は言った。


「…女っていうか、男なんだけど」
「え、そーなのか!?誰?俺の知ってるやつ?」
「…うーん、知ってるかどうか微妙…ルドルフの人。」
「…るどるふ?」
「…」


まぁ男だったとしても幸せだと思うけど、と切原は繰り返した。



「あの人はね、あれでも怖い人だよ」
「ふーん…ま、俺に勝つくらいだからな。でもあの人あれだろ、自分の大切なものにだけは優しいタイプ」

だから愛された方は幸せなんじゃねえの?と切原は言った。


「…ま、大切なものにだけ優しいのは俺もだけどね」
「むしろ俺もだけど」
「「…」」



ところでアンタも幸せ?と越前は言った。


「…俺に愛されて幸せ?」



越前が聞くと、切原は恥ずかしいやつ、と言って越前の口唇に自分のそれを重ねた。




「…そうじゃなかったら一緒になんかいねえよ」


それからおもむろに、越前の右手を掴み上げて血の止まった切り傷をペロリと舐め上げる。
切原の口の中に鉄の味がじんわりと広がる。
そうして呟くように言った。



「…俺、たぶん血が好きなんだと思う」

「…知ってるけど。」



「…でも、お前の血は見たくない」





「…俺のために怪我なんかするなよ」



目を伏せて小さな声で言う切原の瞼に、越前はキスをした。
切原さんともあろう人が、と笑うと、切原はジロリと越前を睨む。



「いーの、これはアンタのものだから」


「俺の血も骨も細胞も―‥」


「全部アンタのもの」




だから、と越前は薄く笑った。



「アンタの血も骨も細胞も俺のものだよね…?」


切原は図々しいやつ、と言いつつも微笑んで頷いた。
それを見て安心したように、越前は切原の口唇を塞ぐ。
他は知らないから比べようがないのだけど、越前がどんなに自分に優しく触れるのか、どんなに自分を大切にしているのか知っている。
理由もなく胸が痛くなるくらいに。







―越前は、やさしい・・・・・・・?




不二の声が頭に響いた。







***



不二はさっきの仕返しとばかりに、思わず部室に張り付いて聞き耳など立てていたが、身長についてモメてるあたりで急にばかばかしくなって帰宅することにした。
だいぶ時間は食ってしまったけれど、目的の本は持ち帰れたし、今日は恋人と長電話でもしよう。
明日は休みだから、会いに行ってもいいし。
裕太を訪ねるフリしていきなり寮を訪ねたら、来るなら電話くらいして下さい!って怒るんだろうな。
そんなことを考えると、腹を立ててしていたのも忘れて顔が緩む。
自然と早足になっていく自分に気付いて、不二は少し笑った。




―ちなみに、越前が振替休日明けに担任にしこたま怒られたのは言うまでもない。



なんかなっがい割に消化不良気味な小説ですNE!いや、でもわざとなんですよ!(オイ)
つかこないだから長い小説ばかり書いてて鬼・疲れました…_| ̄|○(疲労)
いちおう学祭ネタのくせにしょっぱなから終わってるし…(おいおい)
越前は教師受けが悪かったり(赤也は外ズラだけはいいので良いかもしれない)クラスで浮いてたりしてたら萌え。
まぁリョ赤は初めて出来た友d(まだ言ってる…)

最初はこれ、赤也に青学ジャージを着せたいが為だけに書いた話だったんですよ。
でも越前のジャージなんか赤也が着たらとんでもないことになるので(ちんちくりん…)、他の誰かを無理矢理登場させることにして、
そしたら消去法で不二しかいなくて(他の青学の人出しても書いてて楽しくないので)、不二を出したら出したで話が膨らんでこんなことに。
おかげで当初の目的の「赤也が青学ジャージを着る」という部分はただのオマケみたいになってますNE!(…)

とりあえず最初の、不二が部室に入った時に越前が振り返って文句言ってるあたりの描写に無駄に気合を入れました。
越前の良さが出るように書いたつもりだけど。
あーもう最近越前にドキドキして…(ハイハイ、S霖たんは病気でちゅよー←狂った)
ちなみにもう気付く人は気付いてると思いますが、私は寝てる人が起きる描写と、人が振り返る描写が無駄に好きです。(その辺はどうでもいい)

というか、テニスは残念ながら、弱いものが強くなるお話じゃないので。(キッパ)
負けたら即レギュ落ちなのは氷帝だけの話じゃなくて、他校全体に言えることで、
最初にどんなに強くて凄い人に描かれていても一度負けてしまえばもうその威厳は無いというか何というか…(虚ろな目)
フォローしてもらえるのはほんの一部のキャラだけなんで…(不動峰とか)キャラ多いから仕方ないけど…(遠い目)
これはあれだ、キン肉マンの法則…(的を射てる!Σ(´∀` ))
私はテニスに飽きたら肉に行くつもりです(まだ言ってる!)
2回も負けた赤也が(3人の化物も入れたら3回だけどw)許斐にフォローしてもらえるのか超謎なんですが、(…)
もはやその辺のフォローは自分でするしかない、みたいな。(なんか変な結論に辿り着いちゃった!Σ(´∀` ))
アタシマケナイ!!(・∀・)(結局それかよ!)
金太郎に越前のライバル役を取られてもマケナイ!!(・∀・)(…)

まぁ赤也は根に持つタイプの割に越前のことは根に持ってないみたいなのでこういう話になったわけですが。
やっぱ赤也が根に持つのは真田提督だけなんですかね…?
3人の化物っていうか、真田に負けたのがいやだったんだろうなぁ…(オイオイ)
そりゃ、真田に負けたら嫌だろうなぁ…(お前は真田を何だと)

つか赤也は青学を雑魚とか言ってたくらいなのでルドルフのことは知らないんじゃないかと…(汗)
つか不二観の部分がかなり意味不明なことになってますね!(オイ)
いやこれはリョ赤小説だから、不二観をあんまり強調しちゃいけないと思ってわざとこう書いたんですが…(ハイハイ)
まぁ機会があればこのネタ関係の不二観話を書きたいです。機会は無いかもしれませんが(オイオイ!)
観月は20.5巻を読む限りパーマあててるポイですが、くせ毛の方が萌えるのでくせ毛にしました(…)

ていうか越前と不二と観月と赤也だと、赤也がいちばんガタイがいい罠。
身長は赤也も観月も不二もそう変わらないけど、体重は不二も観月も
50キロ前半ですよ!ありえない赤也はちゃんと60キロあるよ!
超華奢じゃないですか…テニスをする筋肉はいずこに
それともそんなものはないのか…(YES)良くラケット持てますね(おい)
まぁ不二観を書くことがあれば2人とも
少女みたいに書きたいです。(S霖さん必殺技でタ━━━━━━━━!!!!!!!(゚∀゚)ノc□)
つか不二観は普通にリョ赤に似てますよね(そうか??)

つか赤也はあんだけ
が好きだって歌でくどいくらい主張してるのでその辺も混ぜてみました。あの子も謎が多い子ですね…ハハ…(虚ろ)
うちの赤也はナチュラルに白目充血じゃなくて黒目の色彩変化になってますが(ありえないよ!)ナチュラルに流してください(待て)
つか越前のクラスがわからなかったので検索して調べました…たぶん2組だと思います(たぶんかよ!)
ついでに越前のサイズは確かSSだったと思うんですが、違ったらこの小説のタイトル自体が間違ってることに…_| ̄|○
まぁ違ったら違ったでうちの越前はサイズSSを貫きます(勝手にしてください)
つかタイトルは思いつかなかったのでこれになったわけですが(またかよ!)
しかし混沌(カオス)度の低い小説ですね…(そこでカオスなのかよ!Σ(´∀` ))
不二の前で越前に恥らう赤也とか書こうかと思ったけどキャラじゃないよなぁと思ってやめました(カオスから遠ざかる一方)
つか越前って結構声低いよね?(オイオイ)私間違ってないよね?(知りません)
なんか不消化なうえ突っ込みどころ満載だしもしかして後味悪い?って感じですが全部軽く流してください(いい加減にするべき)
私も自分でもこれ以上ツッコミきれない…_| ̄|○
また壁紙が合ってないあたりも流して下さい…だって部室の壁紙を探すのが面倒で…(いい加減に以下略)

それでは最後にデジモン無印石田ヤマト大先生の名言をば。
タケルに指一本でも触れてみろ!!

それではまた(´∀`)ノシ(何なんだ…)

※追記
>なんて思いながら越前と眠る切原を目を閉じたまま交互に見つめた
今更だけどこれは風刺ですよ(それは風刺とは言わない)
不二様、目閉じててももの見える。目見えなくてもボール打ち返せる。(なんでカタコト…)