ながいことつきあってきみはずいぶん賢くなった
でもきみは俺のことなんにもわかってない―‥
今日はちょっといじめすぎたかな―‥と虚の寝顔を見ながら思う。
うそつきと罵られるのはいつものことだけれど、いつもうそなんかひとつも言っていない。
まぁ、うそだと思っていてくれた方が都合がいい。この自分が本気でそんなことを考えていると知ったらこの虚は本気で泣くだろう。考えていることは多少不健全でも、泣かせたくない気持ちの方は純粋なのだ。
「…でもおまえもわるいんだぜ、へーきな顔して死のうとした話なんかするから」
昔から立ち直りの早い子だし、そもそも彼は意識もなくぶっ倒れていただけだから、べつにあんなこと心の傷にもなっていないのだろう。(多少罪悪感くらいはあるみたいだけれど)
―でも自分は第一発見者なのだ。
あの真っ赤な水溜まりをこの目でしっかり見ているし、自称動脈までやったというあの傷口の深さも覚えている。
生死の境を彷徨っている彼をこちらに呼び戻すのに必死で―‥自分のせいで大切な人を「また」死なせるんじゃないかという不安に押し潰されそうになりながら三日も四日も過ごしたら、そりゃあトラウマにもなる。
呑気な虚はあのとき自分がどんな思いをしたかなんて、ひとつもわからないのだ。いいご身分だなぁ、とか思うとちょっと可笑しい。
「…わかんなくてもいいけどな。それこそおまえ、知ったら泣きそうだし」
まぁでも、こんな形でもなんとか護れたうちに入るのかなぁ、と思う。
両親がくれたこの名前のとおりに―‥自分の中の小さな命を護れただろうか、と思いながら眠っている虚にキスをした。
なんとなくムラムラして来たなぁ―とか思うけれど、眠っている相手のカラダをまさぐるのもあんまりだなぁと、とりあえずどこかしこにキスをしてみる。
虚は起きる気配もなく心なしかくすぐったそうに身をよじった。
こんな精神世界に生まれ育ったせいなのかこの虚は子猫のようによく眠って、一度寝たらそう簡単には起きない。…つまり、ちょっとくらい激しくキスしたところで息つぎさえさせてやれば起きたりはしない。
眠っている相手の口唇を開くなんて容易いことだ。簡単に侵入を許した無防備な舌を絡め取って深い口付けを楽しむ。ひととおり蹂躙して満足すると、ぐいと抱き寄せて腕の中に収めた。
そうしてふと、背中に真新しい痕があることに気付いた。
「俺、こんなとこにはつけてないよな。…恋次だろうな」
自分が抱くときに、後ろからすることは少ない。特に意味は無いが前からの方が感じるから。
限界まで開いた脚のラインがイク時にびくびくと震えるのが非常にキたりする。両脚を抱え上げて真上から見つめてやると恥ずかしそうに視線を逸らすのも可愛くて気に入っていた。
―ともかくまぁ、自分ではないのならこの虚に触れられる存在はたったひとりだけだった。
…やっぱり妬けるなぁ、とかタチの悪い独占欲が背中を駆け上がるのを感じながら―ふとさっきの虚の言葉を思い出す。
"俺を繋いでおきたいんだったら、ホントに首輪でもつけてどっかに閉じ込めとけば―‥"
「…ばかだな、そんなことしたらおまえの大好きな恋次にも会えなくなるぜ?」
確かに繋いでおきたいくらい―独占したいと思っている。この自分以外の誰の目にも晒したくないと本気で思うくらい。
実際彼の相手は自分以外には恋次しかいないというのに、この嫉妬のような欲求は尽きることを知らない。―むしろ仮に自分だけが独占していたとしても尽きはしないのかも知れない。
―独占欲に駆られて束縛し尽くしたいことも
彼が死んだら自分も死ぬと本気で思っていることも
それでこの子をどんなに泣かせたとしても、全部本気で思っていることだ。
「…嫉妬してる、って言ったらびっくりする?」
―本当にきみはずいぶん賢くなった。
その繊細な指の触れた先から俺の気持ちを読み取って涙を零してみたりする。
黄金色の瞳から零れる雫が宝物のようにきれいすぎていつも息を呑んだ。
でもきみはなにもわかってない
俺がどんなにきみを好きか
死ぬかとおもうくらい抱いてそれでも足りなくて
今もこうやってきみをこの腕に抱きながら凶暴な気持ちを押さえつけていることなんて―‥
「…ぃちご?」
ベタベタと触りたくっていると流石に目を覚ましてしまったようで、虚はぼんやりと一護の名前を呼んだ。
「ごめん、寝てた…」
「いーよ、おまえの寝顔が可愛いからずっと見てたいし」
「もーそれはいいから…」
虚は寝ぼけた瞳で一護の胸に擦り寄った。
「…きょーはもうやんないからヘンなとこ触んないでね」
「ヘンなとこってどこ?」
「胸とか」
「おまえ胸弱いもんなぁ」
ふと悪戯したくなって、小さな突起をぺろりと舐めてみた。
「ちょッ―言ったそばから!!」
「かわいいちくびだなぁって」
「何度も言うけど、いちごのちくびとおんなじものだよ」
「イチイチそればっかり言わなくていいから。好きな子の乳首は特別だろ。」
「…いちご、すごいあたまわるいこと言ってるよ」
「おまえに言われたくねーよ。まぁ乳首に限らず…好きな子のカラダは特別なんだよ。このカラダがぜんぶ俺で出来てても…そのへんはどうでもいいんだ、おまえだったら」
「…そこまで言ってくれると、いっそありがと。」
虚はちょっと嬉しそうに頬を桃色に染めて、黒い爪先を一護の指に絡めた。
「…なんか眠気も覚めた」
「じゃあ…」
「エッチはしないってば」
「なんでだよ!!」
「だって俺たち、寝ても覚めてもヤってばっかりじゃん!たまにはこうしてよぉよ…」
「―!」
ぎゅうと抱きつかれて、―やっぱりこういうところは少女のようですごくかわいいなぁと思った。
もっとも、こうしてただ抱き合ってイチャイチャしていることも決して少なくないと思うのだが。
でもやっぱりきみはなにもわかってない
俺がどんなに欲しがって―今こうしている瞬間ですらきみがほしくてたまらないことも。
(まぁ、こんな時くらい我慢するけど―‥)
「…じゃあ、キスだけな」
虚もキスならいいと思ったらしく目を閉じたので、遠慮なく口唇を重ねた。―むしろキスなら実はさっきもしたのだがそのへんは伏せておいた。
「んっ…ッ…」
やっぱり眠っているときにこっそりキスするよりよっぽどいいな、と舌を絡めながら思う。
このままキスで息の根を止めて自分もろとも殺してしまえば、この欲も治まるだろうか―なんてばかなことを頭の隅でうっすらと考えた。
虚の鼻にかかった甘い声を聞いているだけで我慢できなくなりそうだったので、バレないうちにゆっくり口唇を離した。きらきらした銀色の糸で口唇が繋がっていやらしい。
「…いちごの舌も甘い、よ」
「そう?おまえほどじゃないとおもうけど」
「なんでもいいや、いちご大好き…」
「ばーか、俺の方が好きだよ」
「えー?それはないよ」
虚は不服そうに眉を顰めた。
「俺は生まれたときからいちごだけだよ。…いちごがいなかったら、存在さえしてなくって―‥俺にはなんにもなかったよ」
―こんなにも全身全霊で愛されていると痛いくらい知っているのに。
それでも足りないなんて贅沢だろうか?
「…サンキュ」
軽く口付けると虚は満足そうに瞳を閉じた。―ほら、結局すぐ眠くなるんだから。
そんなことを言われたら、愛しすぎてどうにかなりそうになる。
すぅ、といとも簡単に再び寝入ってしまったカラダを抱き締めて、聞こえていないのを前提に耳元で囁いてみる。
「でも絶対に俺の方があいしてるよ…」
―でも、気付かないでね。
どんなに交わってキスをして距離が近づいて俺のことを知り尽くしたとしても。
「俺は王だから」
―きみを壊すかもしれないくらい強い気持ちには気付いて欲しくないと思う。
「おまえを護らなくちゃいけないから」
「…そのために戦ってる…つもり、だから」
だからどうかこのまま―永遠に気付かないで。
こんなにも深く、愛しているということ。
―世界中の誰よりも…自分より、家族より、友達より、恋人よりトクベツな―‥大切な大切なもうひとりの俺。
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