流れ星というよりは隕石のようなインパクトで―
それは突然落ちて来た。
100年も1000年も変わることの無かった―変わろうとしなかったこの世界に、突然落ちて来た彗星。
「れんじー」
ガラリと襖が開く音がして一護が部屋に入って来たのが判った。
彼の声で目が覚めて、頭がぼんやりとだけど回転をはじめる。
―そうか、全部終わったからもう彼は現世に帰るのだ。きっと挨拶にでも来たのだろう…。
そう考えると顔を合わせるのが何となく嫌で、恋次は寝たふりを続けた。
「…なんだ、寝てんのかよ。まだ全快じゃないっていうし明日には帰るからせっかく様子見に来てやったのに」
一護はブツブツ言って恋次の横に腰を下ろした。
瞳を閉じていても彼の視線をガンガン浴びているのが判って思わず汗をかきそうになる。
(そ、そんなに見んなよ…)
もともとこういうのが上手い方ではないし、もう諦めて目を開けようかと思った瞬間―口唇に何か柔らかいものの感触がして驚いて目を見開いてしまった。
予想通り有り得ないくらい至近距離に一護の顔があって、恋次は文字通り目を白黒させた。
一護はこちらが目を開けたことが判っているくせにキスを止めようとはせず、むしろより深く貪ってくる。
(ああ、もう…)
何のために寝たふりをしていたんだか。そう思いつつもやっぱり拒むのは不可能で、恋次は彼のキスに応えた。
「…やっぱり起きてた。」
長いキスの後ようやく口唇を離して、一護はむすっとした表情で言った。
「お前、言いたいことはそれだけかよ…」
「寝たふりしてる方が悪いだろ。このカマトト」
「か、か、か、…!??????」
そんなことを言われたのは50年以上生きていて初めてだ。(当たり前だが)
今度こそ本当に目を白黒させていると、一護はそのまま恋次の真上から大袈裟なくらいダン!と音を立てて両手を付いた。
もちろん意味が判らないほど馬鹿ではないが―だからって流されるほど愚かでもない。…と思う。
「…一護。ここがどこだか判ってるか?」
「テメーこそ判ってんのかよ。俺明日には帰るんだぞ」
「…」
これが最後かも知れない、ということだろうか。まぁ一護は正式な死神代行になったことだし、幾らなんでもこれが最後ということはないだろうけれど。
でもおそらく次に会うのは何らかの任務でだろうし、そうそうふたりっきりになれるとは考えにくい。確かにそういう意味ではこれはチャンスなのかも知れない。
でも、だったら帰らなければいいじゃないか、とか思わず馬鹿なことを考えて、恋次は彼から瞳をそらした。
だいたい帰ることが前提ならその程度だということだ。ちょっとくらいは迷ってみたり、嘘でもいいから帰りたくないとか言えばいいのに。
―もちろん手に手を取って俺と逃げようとか―そんなことを言われてもそれはそれで困るけれど。
恋次が眉を顰めていると一護は自分の考えていることは全部判っているとでも言いたげにケラケラと笑った。
「…まだ早すぎるだろ、そーゆうのは。そりゃこの先のことは判んねーけどさ。まだ軽く5年くらいは十分様子見出来るぜ」
じゃあ5年も経てば本当に―手に手を取って尸魂界からも現世からも追われて逃げ出す時が来るのかと―思わず想像して頭痛がしてきた。
一護は相変わらずケラケラ笑って―それでもするりと恋次の着物の帯を解いた。
手慣れた見事な手つきでそれを肩まで下ろすと、恋次の包帯の上から先日の戦いの痕跡をツウとなぞると口唇を落とした。
「…ぁ」
「せめてこの傷の償いくらいはして帰んねーとな」
「どこが償いだよ。馬鹿」
ここまで来るともう拒む気もしなくて、恋次は彼の背中に腕を回した。
同性の男に着物を脱がされるなんて経験はもちろん初めてだし有り得ない状況なのに、一護が相手だとそれも自然というか―むしろ何をされてもいいような気すらしてくる。
彼に出会ってから彼のことばかり考えている自分にとっくに気付いていた。この40年間のことでさえも全部―どこかに捨てて来てしまったみたいに。
だって尸魂界に突然落ちて来た彗星のような彼は―そんなことは全てどうでも良くなるくらい強い光を放っていて、この世界の誰もが―もちろん自分も含めて―眩しくて目を背けてそれでも―‥惹かれずにはいられなかったのだ。
まぁ、それが恋愛感情にまで発展してしまったのは別問題だけれど。
この行為がお互いに破滅という名の終点へ向かう最初の一歩であることは明らかなのに―そんなことはどうでもいいと本気で思っている。―血迷っているとしか言いようがない。
もっとも―‥恋次だってそれが恋とか愛とかいう名前で呼ばれていることくらいは知っていた。
「…で、ここがどこだか覚えてっか?」
「だから、白哉んち」
「正解。隊長に見られでもしたら一足早く心中扱いで殺されるだろーな」
「なんで?まさか恋次白哉と…(以下省略)」
「アホなことゆーな!んなワケあるか!!フツーに考えてあの人がこんなこと許すわけねーだろ!!!」
「…まぁ、確かにそうかもな。白哉のヤツ俺の顔見たら早く現世に帰れしか言わねーもんな(笑)」
一護はちょっと想像してまた笑うと、まぁでも、と続けた。
「それはそれでいいかもな。ホラあれだ、腹上死ってやつ…」
「よくねーよ!何のために生き残ったんだこの馬鹿!!」
「いいから、もう黙れって…」
一護はまた軽く口唇を塞いでから直ぐに離すと、無防備な首筋に口付けてキツく吸った。桜の花弁を思われる所有の印が刻まれる。
花びらを撒き散らすように痕を刻まれて、だんだん意識が麻痺していくのが判った。少しずつ彼に侵食されていくみたいに。―我ながらなんて他愛のない。
シーツを掴んでいた指を優しく解かれて、彼のそれと絡められる。
畜生たかだか15かそこらのくせに場慣れしやがってとか俺で何人目なんだとかそんなことを考えるけれど―完全に開かれたカラダが全部彼の目に晒されているのが判って―‥もう止めることなど出来そうにもない。
「…やるんなら責任取れよ一護。ひと夏の思い出なんかで済ませんじゃねーぞ…」
「恋次…意外とアレだ、オトメだな…」
でもそれなら確かに言葉で縛っておいた方が賢明かもな、こっちもひと夏の思い出にされちゃたまんねーし、とか納得したように言うと一護は急に真剣な顔をして恋次の瞳を見返した。
「好きだ」
突然言われたその言葉は酷くシンプルで、一瞬他人事のような気すらした。
「…恋次が好きだ。俺のものにしてからじゃねーと帰れない」
頼むからそんな目で見ないで欲しいと思うくらい真っ直ぐな瞳で一護は繰り返した。顔から火を噴きそうなくらい恥ずかしいのに目が反らせない。
そんな風に言われて拒めるはずないのに。判っているくせに。
彼はそう、いつだってこんな風に真っ直ぐで凛としている―いつだって堂々と本当のことしか言わない。そう、初めて会った時から。
こいつだから現世からこんな所まで来れたんだよなぁ、こいつがいなかったら今頃尸魂界はどうなっていたんだらう…とかそんなことをぼんやり考えて、恋次は自分が一護に選ばれたのだという幸福感を覚えた。
自分にはもったいないくらいの相手である気がするのに。
「…なんか言えよ。コクってんだぞ」
一護が頬を染めて言うのがおかしくてちょっと笑った。
「いやなんか信じられねーなって…俺だけ勝手に好きなんだと思ってた。」
「…お前は諦めがはえーんだよ。生憎だがりょーおもいだな。―なんだよ赤くなるなよこっちが照れるだろ!!」
でもまぁ、例え死神と人間でましてや男同士でも―好き同士だったらこうなることはしょーがねぇよな、とか言って。
最後に耳元で囁いた。
「―もぅ、泣いて嫌がってもやめねーからな」
判ったから早くやれよ、の意を込めて一護に抱き着くと、彼は笑って恋次の髪を梳いた。
「…ん。じゃ、遠慮なく」
何度も何度もキスをした
大昔に食べた金平糖のようにそれは甘くて
自然の摂理に逆らったその痛みすらこの自分には重すぎるんじゃないかと思うくらい幸せで―
自分のすぐ真上にいるその状況ですら彼はあんまり眩しくて―
―眩暈がした。
「…で、お前は俺で良かったのか?」
終わった後冷静になって聞いてみると、一護はおいおい…という顔をした。あんだけ始める前に言っただろという顔だった。
「―いやそーゆうイミじゃなくてよ。俺正真正銘男だし。女に近いとかそーゆう要素すらまったくねぇし。…お前はなんで俺がいいのかな、とか…思って…」
だいたい、今回の戦いにしたって。自分が一護に恋をする要素は腐るほどあったけれど一護が自分を好きになる要素はゼロに近かったように思う。―何しろ情けないところしか見せてないし。
「…じゃあ特別に教えてやるけど。」
一護は腕の中の恋次をさらに抱き寄せて秘め事のように小さな声で囁いた。
彼の腕の中は異様に暖かくて気持ちが良くて―‥もうこのまま息絶えてもいいと思うくらいだった。
「…そういう妙にしおらしいところが致命的に可愛いと思ってる。」
「―何だそりゃ」
「…判んなくていーんだよ」
一護はふわりと笑って恋次の額にキスをした。
「―これからあんまり会えなくて、今日のこと夢か幻みたいに思うかもしんねーけど…。まぁあんま心配すんな!現実だから!!会えなくてもまー何とかするから…とにかく心配すんな!!」
「―お前、そうやって諭すのほんと上手いよな。才能ってやつか?」
「おまえなー‥」
恋次が感心したように言うので、単に性格だよと返してやる。
「やっと捕まえた大事なものが指の間から砂みたいに零れ落ちないようにって必死なだけ―」
「一護…」
額を掠めた口唇が今度は自分のそれに下りて来て、恋次は瞳を閉じた。
流石に襲いくる眠気には逆らえず―甘いキスと彼の腕の中の居心地の良さも手伝って、意識がどんどん闇に落ちていくのが判るけれど止める術はない。
だけどそんなことが照れもせずに言えるのはやっぱり才能だとかぼんやり思いながら―恋次は意識を手放した。
―本当は。
夢か幻でも構わないの。
例えばこれが一夜の幻だとか、彼の気まぐれだったとしても―
彗星のようなアナタが真っ直ぐここに落ちて来たその事実だけで生きてゆける。
―本当よ。
***