退屈だったので久々に訪ねて行ったら、もうひとりの黒崎一護であるところの虚は、ロビーのソファーに素っ裸で爆睡していた。―いや、辛うじてシーツは被っていたけれど。
相変わらず警戒心のないことだ、と呆れてしまう。まぁ、呼び鈴を押しても返事が無かったから勝手に不法侵入した自分には言われたくないだろうけれど。
シーツから覗く虚の白い脚に、斑点のような朱い印が散らばっている。―まったく飽きもせずに。
風邪を引くぞ―と揺さぶり起こしてやろうとしたら、伸ばした手は彼に触れる前にばちん、と酷い静電気のように弾かれてしまった。
「チッ…」
この虚には事もあろうかふたりの恋人がいるが―その片割れが架けたタチの悪い結界だ。恋人である彼ら以外誰も―‥、彼に指一本でも触れられないように。
逆らって彼に触れようとしたらたぶん、片腕くらいは落ちるだろう。
もっとも自分のように彼に触れられないのはまだマシな方で、面識すらないそこらの虚なんかはこの家に近付くことすら出来ないらしい。
まぁ起こすのはあっさり諦めて、改めて彼の身体に目を映した。このオヒメサマはとにかくとても大切にされているのだけれど、こんな場所で抱くのは阿散井恋次の方だ。
―黒崎だったら、もっともっと誰の目にも触れさせないように、いちばん上の階の部屋のベッドとか―遠目でしか見たことのない庭の妙なベッドで抱くのを好む。勿論そこにも例の如く酷く無差別な結界が架かっていて、死にたくないから近づいたことも無かった。
黒崎は独占欲が強くて、恋人が自分以外の男の視界に入ることすら許せないと思っているフシがあった。
―昔、詳しくは知らないけれど、この虚は黒崎が自分のものにならないと絶望して―うっかり手首を切って自殺を図ったらしい。
そんなばかな、と言いたくなるような事件だが、黒崎はこのことが余程堪えたようで、それ以来とにかくこのもうひとりの自分を―‥判りやすく言葉にすれば、つまり溺愛していた。
たぶんその直後のことだと思うけれど―何も知らないでここへ来たら黒崎がいて(この精神世界で彼と会ったのは初めてだったので驚いた)、もうこいつには触れないで欲しい―とかいきなり言われて非常に心外だった記憶がある。
確かに当時は彼にも―本体である黒崎にも少しそういう気持ちがあったのは認めるけれど。
でも自分は彼をそんなに大して抱いたことがあるわけでもない。せいぜい2、3回程度だ。
この白い黒崎の虚はとにかく本体である黒崎が好きで―彼以外には何の興味もなくて、気がおかしくなるくらいに辛そうに見えたから…そういう時にほんのちょっとだけ―少しは気が紛れるかと思って抱いてやっただけだ。
さすがに腹が立ったので、ここが自分の世界だと思って、今の今まで都合のいい時だけ抱くような真似をしておいて良くそんなことが言えるなとか、そもそもてめぇは恋人がいるじゃねーかとか、あらゆることを責め立てたような記憶がある。
そのどれもが黒崎の痛いところを絶妙に突いていたようで、彼は酷く辛そうな顔をして―それは良く判ってる、でもこれから一生かけて大切にするから…頼むから俺に任せて欲しい、とかそれでも気丈に頭を下げた。
まあそれでも納得いかなかったので一発殴ってやろうかとか思っていると、黒崎の後ろで眠っていたらしいこの虚が飛び起きて―どんな修羅場があったのか想像もしたくないほど包帯がぐるぐる巻かれた細い手首を黒崎の首に巻いて―‥涙の溜まった大きな瞳でこちらを睨み付けて、―違う、悪いのは俺なんだからいちごを責めないで…、とかそんなことを言った。
流石に愕然としてしまった。どれだけ彼が黒崎のことで傷ついてきたのか、一応知っているつもりだった。ましてや死のうとまでしておいて黒崎を庇うのかと―今度は虚を責めたくなった。
黒崎は、力を入れたら壊れるとでも思っているのだろうか―自らの影をうさぎでも抱くみたいに優しく抱き締めて―‥俺は、おまえに庇ってもらう資格はねぇよ、と言った。
それを聞いた虚はいよいよ泣きそうな顔をした。―大きな金色の瞳に張った水の膜がいちどでも瞬きをしたら零れ落ちるくらいまで容量を増したのを覚えてる。
黒崎はごめんな、泣かないで…とちょっと切なげに笑って、軽く彼の口唇を塞いだ。(そんな時に何だけれど黒崎同士のキスは非常にそそられるものがある、と思った)
それでも結局、虚の瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちてしまったので、黒崎はそれを猫みたいに舐め取って今まで聞いたこともないような優しい声で、あいしてるよ―なんてふざけたことを言った。
―うそつき、…と虚が泣きながら返事をしたその台詞が今もまだ耳に残っている。
あの時黒崎がひとつも嘘は言っていないことくらい横で見ていた自分にだって判った。でもあの時のこの虚にはとても信じられなかったのだろう。
そんなふたり(正確にはひとりと言うべきか)を見ていて、本当に何とか黒崎の手で幸せにして欲しいな…と思ったから、結局自分は手を引くことにした。
その代わり幸せにしなかったら―泣かせたら絶対許さない、と安っぽい捨て台詞を吐いたら黒崎はいつものあのぞっとするような真剣な瞳で―‥判ってるよグリムジョー、とちょっと笑ってみせた。
―もう随分昔の話だ。
「なんだよ、きてたの…?」
そんなことを思い出してると、ようやく目を覚ましたらしいもうひとりの黒崎がふわぁ、と欠伸をしながら言った。
そしてさすがに恋人以外の男の前で裸なのはどうかと思ったのか、床に散らばった着物を拾い上げるとさもかったるそうに袖を通した。
「おまえなー、さっきまでヤってましたと言わんばかりにこんなとこで堂々と寝てんなよ。俺だったから良かったけど、黒崎が見たらキレるぞ。自分以外の痕跡とか―すげぇ嫌がるタイプだろ?あいつ。…ホラ、カラダだけじゃなくてこういう雰囲気的なものでも。」
「そりゃあ相手がてめぇならそうだろうけど。一護は恋次には甘いからそんなことないよ」
「…。つか死ぬほどベッドはあんのになんでわざわざこんなとこでヤんだよ」
「テレビ見てた途中でさ。それに恋次はちゃんと部屋に行こうって言ったから悪くないよ。続きが気になってさ…ついここでいいじゃん、って言っちゃって。…そういえば恋次も言ってた、『こんなとこでおまえを抱いたら一護に叱られるだろ?』って…。一護が恋次を叱るわけないのに(笑)」
何をどう判っているつもりなのか、黒崎の虚はくすくすと笑った。
「…あっそ。もうその話はいい。それより茶くらい出せよ、奥さん」
「…そーゆうセクハラ発言こそ一護が聞いたらキレるよ」
「だっておまえ奥さん以外の何なんだよ」
「さぁ…まぁ確かに俺主婦以上にすることないけど…。表に出る気もないし、気楽でいいんだけどさ。あ、ニートとか?」
「…」
こんな異次元みたいなところで暮らしていてはそりゃあそうだろうけれど、ニートよりは主婦の方がましだろ、とぼんやり思った。
「しょーがねぇなぁ、この時間はまだあいつら寝てるし」
もうひとりの黒崎は溜息をついて、椅子に掛けてあったエプロンを子供みたいに頭からかぶって後ろできゅっと結んだ。
おいおいエプロンとか正気かよ可愛いなと思ったけれど、そんなことは考えるだけでも黒崎に殺されそうだったので無理矢理頭の中から追い出した。
ちなみにあいつら、というのはこのうちのペットのことだろう。簡単なお茶汲みや掃除なんかをこなせるメイドさんみたいなものだ。(虚だけど)
この子は黒崎同様万物に愛されるように出来ていて―‥オタマジャクシとそう変わらないような小さな虚たちもとても懐いて、いつも喜んで仕事をしている。
「…おまえ料理出来たっけ?」
「…あんまり。でも一護と恋次はそこそこうまいよ。このエプロンもぶっちゃけふたり用だし。まぁ俺もコーヒーくらいは入れられるから心配すんな。…あれ、おまえもココアの方がいいタイプ?どっちにしてもインスタントだけど」
「…コーヒーでいい。容量間違えんなよ」
「失礼なやつだな!!」
まぁ普段は本当に堕落した主婦みたいなこの虚も、旦那の前では新妻みたいになるのだが。
阿散井が来たら急に嬉しそうになって、玄関までぱたぱた走って行って飛び付いて喜ぶことも知っているけれど、あれでは妻というよりは娘みたいだ。
相手はカラダがでかいから、飛び付かれても特に動揺もしないで―‥いちご、とか鳥肌が立つくらい甘い声で呼んで―小さな子供にするみたいに抱え上げてキスをする。
そのたびに黒崎の虚は一護って呼ぶなってば!!!!とか幼女のように怒っているけれど、阿散井が気にしている様子はない。あれでは一生一護と呼ばれるだろう。
まぁ、体格差があるぶん彼等はちょっとぎょっとするくらいお似合いで、現実の黒崎と阿散井も並ぶとまぁそこそこお似合いではあったけれど、こちらはより恋人同士らしかった。
「―ココアをさぁ、置いといたら恋次が喜ぶから。」
虚は独り言みたいにぽつりと言った。
「…なんで突然惚気だすんだよ」
「だってさぁ、考えてみたらノロケる相手とかいないし!!たまに来るやつに聞いてもらうくらいいいだろ」
「…まぁ、それはそうかもな。(あっさり←甘い)」
「一護にさ、言うとあからさまに嫉妬するから…さすがに」
「…そりゃそうだろ」
「まぁどっちに妬いてんのかはよくわかんないんだけど」
「…」
「恋次は恋次で、あいつ根が受だからそーゆうとこ完全にわきまえちゃってて。自分も俺も一護のものだって、それをまず念頭に置いちゃってるってゆうかさ…。それはそれでなんか…妬けるってゆうか。まぁそのぶん恋次は俺にも甘いんだけど…」
「…おまえはどっちに妬くの?」
「どっちだろ…まぁどっちでもいいんだけど…」
「…」
―贅沢な悩みというか何と言うか。
「…あ、一護の霊圧…。もうすぐ来るのかなぁ」
とか言ってるそばから黒崎の霊圧を感知したらしく虚が立ち上がった。さすがに反応が早い。
―今の今まで世間話(?)をしていたくせに、いきなり乙女みたいに頬を染めて妙にソワソワしているのが何ともウザ…いやなんでもない。
「…おまえ、黒崎と付き合ってどのくらいだったっけ?」
「―え?たぶん現実時間でにねんはん…くらい…かな?…なんで?」
答えながらさらにかぁ…と頬が桃色に染まった。
二年以上も付き合ってこれとは黒崎もさぞかわいいだろう。
「いや…聞いただけ…。それじゃあ俺は帰るし。」
「もう?せっかく来たんだからゆっくりしてけよ」
「バカ!てめーとふたりで呑気に茶なんか飲んでてみろ、こっちが黒崎にすげぇ目で睨まれんだよ!」
「一護はそんなやつじゃないって」
「このドアホ!!あいつはテメーが絡むと見境ねぇんだよ!!」
「…そう?」
まるで判ってない虚が悠長に首を傾げた瞬間、魔法みたいに突然黒崎が現れた。
「ウワァもう来たーー!!!( д)゜ ゜」
こいつは言わばこの家の―‥というよりはこの世界そのものの主人であるからとにかく出入りが自由で、阿散井のようにノコノコと玄関からやって来たりはしない。
瞬歩みたいなレベルの話ではなく、いつでも直接―この虚がいるところにテレポートでもしたみたいに、文字通り飛んでくる。
「…来てたのか、グリムジョー」
黒崎は虚と同じ大きな目をちらりとこちらへ向けてさもいつもの黒崎らしく言っている―‥つもりなんだろうけれど、目は決して笑っていなかった。
(ほんと、顔に出るやつ…)
「いちご…」
黒崎の虚がパタパタと駆け寄って来て、それはよもやぶりっこなのかと問い詰めたいくらい甘い声で呼んで黒崎を見た。
こいつは黒崎が相手だと阿散井の時のように無遠慮に飛び付いたりはしない。
いまだに不安なのか知らないが、親にでも捨てられたかのような切なげな瞳で黒崎を見ている。
だからいつも、黒崎は自分からつかつかと寄ってきて―そんな虚の頬に手を添えて額に優しくキスをした。
毎回やり方は違うが、こうして黒崎から触れられるか―‥おいで、とか言われてはじめて、この虚は安心したみたいに黒崎の背中に腕を回して彼にカラダを預ける。
黒崎もそれを確認してから、―顔を傾けて口付けた。
何回か見たことがあるが、明日地球が終わるのかと言いたいくらい長い間キスしているので、いつもその隙に帰っているがいちども気付かれたことはない。
(こんなの見てたら胸やけするからな…;)
虚の入れてくれた何の変哲もないインスタントコーヒーを一気飲みして、今回も逃げるようにこの家をあとにした。
―客観的なことを言わせて貰えば、阿散井相手の彼氏に甘える女子高生のような姿も愛らしいが黒崎の前の繊細な可憐さも非常に悪くない…とは、思う。
ただ、黒崎が触れると花のように笑う―その幼い笑顔が、このふたりの出した最後の答えであるような気がした。
相変わらず警戒心のないことだ、と呆れてしまう。まぁ、呼び鈴を押しても返事が無かったから勝手に不法侵入した自分には言われたくないだろうけれど。
シーツから覗く虚の白い脚に、斑点のような朱い印が散らばっている。―まったく飽きもせずに。
風邪を引くぞ―と揺さぶり起こしてやろうとしたら、伸ばした手は彼に触れる前にばちん、と酷い静電気のように弾かれてしまった。
「チッ…」
この虚には事もあろうかふたりの恋人がいるが―その片割れが架けたタチの悪い結界だ。恋人である彼ら以外誰も―‥、彼に指一本でも触れられないように。
逆らって彼に触れようとしたらたぶん、片腕くらいは落ちるだろう。
もっとも自分のように彼に触れられないのはまだマシな方で、面識すらないそこらの虚なんかはこの家に近付くことすら出来ないらしい。
まぁ起こすのはあっさり諦めて、改めて彼の身体に目を映した。このオヒメサマはとにかくとても大切にされているのだけれど、こんな場所で抱くのは阿散井恋次の方だ。
―黒崎だったら、もっともっと誰の目にも触れさせないように、いちばん上の階の部屋のベッドとか―遠目でしか見たことのない庭の妙なベッドで抱くのを好む。勿論そこにも例の如く酷く無差別な結界が架かっていて、死にたくないから近づいたことも無かった。
黒崎は独占欲が強くて、恋人が自分以外の男の視界に入ることすら許せないと思っているフシがあった。
―昔、詳しくは知らないけれど、この虚は黒崎が自分のものにならないと絶望して―うっかり手首を切って自殺を図ったらしい。
そんなばかな、と言いたくなるような事件だが、黒崎はこのことが余程堪えたようで、それ以来とにかくこのもうひとりの自分を―‥判りやすく言葉にすれば、つまり溺愛していた。
たぶんその直後のことだと思うけれど―何も知らないでここへ来たら黒崎がいて(この精神世界で彼と会ったのは初めてだったので驚いた)、もうこいつには触れないで欲しい―とかいきなり言われて非常に心外だった記憶がある。
確かに当時は彼にも―本体である黒崎にも少しそういう気持ちがあったのは認めるけれど。
でも自分は彼をそんなに大して抱いたことがあるわけでもない。せいぜい2、3回程度だ。
この白い黒崎の虚はとにかく本体である黒崎が好きで―彼以外には何の興味もなくて、気がおかしくなるくらいに辛そうに見えたから…そういう時にほんのちょっとだけ―少しは気が紛れるかと思って抱いてやっただけだ。
さすがに腹が立ったので、ここが自分の世界だと思って、今の今まで都合のいい時だけ抱くような真似をしておいて良くそんなことが言えるなとか、そもそもてめぇは恋人がいるじゃねーかとか、あらゆることを責め立てたような記憶がある。
そのどれもが黒崎の痛いところを絶妙に突いていたようで、彼は酷く辛そうな顔をして―それは良く判ってる、でもこれから一生かけて大切にするから…頼むから俺に任せて欲しい、とかそれでも気丈に頭を下げた。
まあそれでも納得いかなかったので一発殴ってやろうかとか思っていると、黒崎の後ろで眠っていたらしいこの虚が飛び起きて―どんな修羅場があったのか想像もしたくないほど包帯がぐるぐる巻かれた細い手首を黒崎の首に巻いて―‥涙の溜まった大きな瞳でこちらを睨み付けて、―違う、悪いのは俺なんだからいちごを責めないで…、とかそんなことを言った。
流石に愕然としてしまった。どれだけ彼が黒崎のことで傷ついてきたのか、一応知っているつもりだった。ましてや死のうとまでしておいて黒崎を庇うのかと―今度は虚を責めたくなった。
黒崎は、力を入れたら壊れるとでも思っているのだろうか―自らの影をうさぎでも抱くみたいに優しく抱き締めて―‥俺は、おまえに庇ってもらう資格はねぇよ、と言った。
それを聞いた虚はいよいよ泣きそうな顔をした。―大きな金色の瞳に張った水の膜がいちどでも瞬きをしたら零れ落ちるくらいまで容量を増したのを覚えてる。
黒崎はごめんな、泣かないで…とちょっと切なげに笑って、軽く彼の口唇を塞いだ。(そんな時に何だけれど黒崎同士のキスは非常にそそられるものがある、と思った)
それでも結局、虚の瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちてしまったので、黒崎はそれを猫みたいに舐め取って今まで聞いたこともないような優しい声で、あいしてるよ―なんてふざけたことを言った。
―うそつき、…と虚が泣きながら返事をしたその台詞が今もまだ耳に残っている。
あの時黒崎がひとつも嘘は言っていないことくらい横で見ていた自分にだって判った。でもあの時のこの虚にはとても信じられなかったのだろう。
そんなふたり(正確にはひとりと言うべきか)を見ていて、本当に何とか黒崎の手で幸せにして欲しいな…と思ったから、結局自分は手を引くことにした。
その代わり幸せにしなかったら―泣かせたら絶対許さない、と安っぽい捨て台詞を吐いたら黒崎はいつものあのぞっとするような真剣な瞳で―‥判ってるよグリムジョー、とちょっと笑ってみせた。
―もう随分昔の話だ。
「なんだよ、きてたの…?」
そんなことを思い出してると、ようやく目を覚ましたらしいもうひとりの黒崎がふわぁ、と欠伸をしながら言った。
そしてさすがに恋人以外の男の前で裸なのはどうかと思ったのか、床に散らばった着物を拾い上げるとさもかったるそうに袖を通した。
「おまえなー、さっきまでヤってましたと言わんばかりにこんなとこで堂々と寝てんなよ。俺だったから良かったけど、黒崎が見たらキレるぞ。自分以外の痕跡とか―すげぇ嫌がるタイプだろ?あいつ。…ホラ、カラダだけじゃなくてこういう雰囲気的なものでも。」
「そりゃあ相手がてめぇならそうだろうけど。一護は恋次には甘いからそんなことないよ」
「…。つか死ぬほどベッドはあんのになんでわざわざこんなとこでヤんだよ」
「テレビ見てた途中でさ。それに恋次はちゃんと部屋に行こうって言ったから悪くないよ。続きが気になってさ…ついここでいいじゃん、って言っちゃって。…そういえば恋次も言ってた、『こんなとこでおまえを抱いたら一護に叱られるだろ?』って…。一護が恋次を叱るわけないのに(笑)」
何をどう判っているつもりなのか、黒崎の虚はくすくすと笑った。
「…あっそ。もうその話はいい。それより茶くらい出せよ、奥さん」
「…そーゆうセクハラ発言こそ一護が聞いたらキレるよ」
「だっておまえ奥さん以外の何なんだよ」
「さぁ…まぁ確かに俺主婦以上にすることないけど…。表に出る気もないし、気楽でいいんだけどさ。あ、ニートとか?」
「…」
こんな異次元みたいなところで暮らしていてはそりゃあそうだろうけれど、ニートよりは主婦の方がましだろ、とぼんやり思った。
「しょーがねぇなぁ、この時間はまだあいつら寝てるし」
もうひとりの黒崎は溜息をついて、椅子に掛けてあったエプロンを子供みたいに頭からかぶって後ろできゅっと結んだ。
おいおいエプロンとか正気かよ可愛いなと思ったけれど、そんなことは考えるだけでも黒崎に殺されそうだったので無理矢理頭の中から追い出した。
ちなみにあいつら、というのはこのうちのペットのことだろう。簡単なお茶汲みや掃除なんかをこなせるメイドさんみたいなものだ。(虚だけど)
この子は黒崎同様万物に愛されるように出来ていて―‥オタマジャクシとそう変わらないような小さな虚たちもとても懐いて、いつも喜んで仕事をしている。
「…おまえ料理出来たっけ?」
「…あんまり。でも一護と恋次はそこそこうまいよ。このエプロンもぶっちゃけふたり用だし。まぁ俺もコーヒーくらいは入れられるから心配すんな。…あれ、おまえもココアの方がいいタイプ?どっちにしてもインスタントだけど」
「…コーヒーでいい。容量間違えんなよ」
「失礼なやつだな!!」
まぁ普段は本当に堕落した主婦みたいなこの虚も、旦那の前では新妻みたいになるのだが。
阿散井が来たら急に嬉しそうになって、玄関までぱたぱた走って行って飛び付いて喜ぶことも知っているけれど、あれでは妻というよりは娘みたいだ。
相手はカラダがでかいから、飛び付かれても特に動揺もしないで―‥いちご、とか鳥肌が立つくらい甘い声で呼んで―小さな子供にするみたいに抱え上げてキスをする。
そのたびに黒崎の虚は一護って呼ぶなってば!!!!とか幼女のように怒っているけれど、阿散井が気にしている様子はない。あれでは一生一護と呼ばれるだろう。
まぁ、体格差があるぶん彼等はちょっとぎょっとするくらいお似合いで、現実の黒崎と阿散井も並ぶとまぁそこそこお似合いではあったけれど、こちらはより恋人同士らしかった。
「―ココアをさぁ、置いといたら恋次が喜ぶから。」
虚は独り言みたいにぽつりと言った。
「…なんで突然惚気だすんだよ」
「だってさぁ、考えてみたらノロケる相手とかいないし!!たまに来るやつに聞いてもらうくらいいいだろ」
「…まぁ、それはそうかもな。(あっさり←甘い)」
「一護にさ、言うとあからさまに嫉妬するから…さすがに」
「…そりゃそうだろ」
「まぁどっちに妬いてんのかはよくわかんないんだけど」
「…」
「恋次は恋次で、あいつ根が受だからそーゆうとこ完全にわきまえちゃってて。自分も俺も一護のものだって、それをまず念頭に置いちゃってるってゆうかさ…。それはそれでなんか…妬けるってゆうか。まぁそのぶん恋次は俺にも甘いんだけど…」
「…おまえはどっちに妬くの?」
「どっちだろ…まぁどっちでもいいんだけど…」
「…」
―贅沢な悩みというか何と言うか。
「…あ、一護の霊圧…。もうすぐ来るのかなぁ」
とか言ってるそばから黒崎の霊圧を感知したらしく虚が立ち上がった。さすがに反応が早い。
―今の今まで世間話(?)をしていたくせに、いきなり乙女みたいに頬を染めて妙にソワソワしているのが何ともウザ…いやなんでもない。
「…おまえ、黒崎と付き合ってどのくらいだったっけ?」
「―え?たぶん現実時間でにねんはん…くらい…かな?…なんで?」
答えながらさらにかぁ…と頬が桃色に染まった。
二年以上も付き合ってこれとは黒崎もさぞかわいいだろう。
「いや…聞いただけ…。それじゃあ俺は帰るし。」
「もう?せっかく来たんだからゆっくりしてけよ」
「バカ!てめーとふたりで呑気に茶なんか飲んでてみろ、こっちが黒崎にすげぇ目で睨まれんだよ!」
「一護はそんなやつじゃないって」
「このドアホ!!あいつはテメーが絡むと見境ねぇんだよ!!」
「…そう?」
まるで判ってない虚が悠長に首を傾げた瞬間、魔法みたいに突然黒崎が現れた。
「ウワァもう来たーー!!!( д)゜ ゜」
こいつは言わばこの家の―‥というよりはこの世界そのものの主人であるからとにかく出入りが自由で、阿散井のようにノコノコと玄関からやって来たりはしない。
瞬歩みたいなレベルの話ではなく、いつでも直接―この虚がいるところにテレポートでもしたみたいに、文字通り飛んでくる。
「…来てたのか、グリムジョー」
黒崎は虚と同じ大きな目をちらりとこちらへ向けてさもいつもの黒崎らしく言っている―‥つもりなんだろうけれど、目は決して笑っていなかった。
(ほんと、顔に出るやつ…)
「いちご…」
黒崎の虚がパタパタと駆け寄って来て、それはよもやぶりっこなのかと問い詰めたいくらい甘い声で呼んで黒崎を見た。
こいつは黒崎が相手だと阿散井の時のように無遠慮に飛び付いたりはしない。
いまだに不安なのか知らないが、親にでも捨てられたかのような切なげな瞳で黒崎を見ている。
だからいつも、黒崎は自分からつかつかと寄ってきて―そんな虚の頬に手を添えて額に優しくキスをした。
毎回やり方は違うが、こうして黒崎から触れられるか―‥おいで、とか言われてはじめて、この虚は安心したみたいに黒崎の背中に腕を回して彼にカラダを預ける。
黒崎もそれを確認してから、―顔を傾けて口付けた。
何回か見たことがあるが、明日地球が終わるのかと言いたいくらい長い間キスしているので、いつもその隙に帰っているがいちども気付かれたことはない。
(こんなの見てたら胸やけするからな…;)
虚の入れてくれた何の変哲もないインスタントコーヒーを一気飲みして、今回も逃げるようにこの家をあとにした。
―客観的なことを言わせて貰えば、阿散井相手の彼氏に甘える女子高生のような姿も愛らしいが黒崎の前の繊細な可憐さも非常に悪くない…とは、思う。
ただ、黒崎が触れると花のように笑う―その幼い笑顔が、このふたりの出した最後の答えであるような気がした。