言葉で表現するなら、空を舞う紋白蝶―‥それがたぶんいちばん近い。
そんなに頻繁にあることでもないが、珍しいというほどでもない。この精神世界における戦闘はそんな感じだった。
こちらへ来る時に誰かが―‥と言っても斬月は自ら動くようなことはしないから、当てはまる人物はひとりしかいないのだが―戦っていると当然霊圧ですぐに判る。
もっともくどいくらいに幾重にも張られた結界に護られたあの場所では、家でじっとさえしていれば戦う必要なんてまったくないはずだった。
だけど彼は、残念ながら結界の中でじっとしていられるようなタマでは無かったのだ。
昔、怪我をしていた時に―‥随分長いこと徹底して手を出させなかったことがあったけれどだいぶ欲求不満のようだったから、治ってからは好きにさせていた。
あの子は元々…本能で戦えと諭されたこともあるくらい―戦うことが好きなのだ。
―ドォォォン…
この世の終わりのような地響きがして―今日もいきなり戦闘シーンに放り出されてしまった。
体だけはやたらデカい虚が、見下ろすように見つめる視線の先にはもちろん―彼がいる筈だった。いつもここに来る時は彼の近くに出るようになっているのだから。
「チッ…」
思わず反射的に背中の斬月に手を掛けたら、聞き慣れた声に制止される。
『待て、黒崎一護…』
「―斬月のオッサン!なんだよこんなときに!」
『こんな時も何も、おまえが手を出すほどのことでもないだろう。ややこしくしないで黙って見ていろ』
「…」
―そんなことは重々判っている。
ただ本音は―閉じ込めておきたいだけだ。
扉に幾つも鍵を架けて、安全な箱の中だけで飼い殺しにするみたいに。
でもそこまで縛る権利は決して自分には無いことも―良く判っていた。
―白い虚は、ベッドの周りの柱の一本に素足の―‥つま先だけでただ立っていた。つまり彼のすぐ足元には結界があるというのに、この状況ではわざわざそこから出て来たのだろう。
背負っている斬月の黒い布が強風に煽られてはたはたとはためいている。
虚は退屈そうに、刀を取ろうともしないでただじっと相手を見ていた。
今さっきまで寝ていました―、と言わんばかりにいかにもてきとうに羽織っている死覇装がちょっと帯でも引っ張ったらはらはらと脱げてしまいそうで、そっちの方が心配だった。
「―クロサキイチゴ…」
巨大な虚の口から、自分の名前が出たので一護は思わず溜息をついた。
「ひと違い。いま一護はいねぇよ」
白い虚はやんわりと否定した。
「ジャアキサマハダレダ…?」
「俺?俺は一護のナカの虚。似てるけど一護じゃねぇよ」
「…?ナンデモイイ、クロサキイチゴノスガタヲシテイレバナンデモ…」
相手が痺れを切らせて殴り掛かってきたので、白い虚はとん、と飛び上がってそれをふわりと避けた。
あの軽いカラダが羽根のある生き物みたいに宙を舞って、そのままくるくると降下する段になってはじめて―‥虚はようやく斬月に手を掛けた。
バサ、と黒い布が解けて雪のように白い刀身がチラリと顔を覗かせる。本当に溶けるんじゃないかと思うくらい白い色が太陽を反射してチカッと光ったと思ったら―‥虚がふわりと地面に着地する頃にはもう相手は真っ二つになってしまっていた。
彼の周りには重力なんか存在しない―本当に羽根か何か生えているみたいだ、とぼんやり思った。抱き上げるといつでも飛んでいきそうで、重しでも付けるみたいに抱き締めてしまう。
幾ら人では無い存在とはいえ―あんなにも音もなく着地出来るものなのかとか―‥ハラハラしながらも見とれてしまう、―いつも。
―要はきれいなのだ。風に揺れる銀色の髪の毛とか、白い死覇装の裾とか‥一連の動作に無駄がなくて、戦うというよりは舞っているみたいで。
思わず駆け寄ろうとしたら、傍らにいた斬月がぽつりと漏らした。
『…そっくりだな。』
「―え?」
『…おまえの戦い方と』
「そうか?俺は…あんなにふわふわ蝶みたいには飛ばないと思うけど…。もっと直線的っていうかさ…あいつみたいに重力無視したみたいな動きはしねえよ」
『…。おまえは奴に夢の見すぎだ』
「るせーよ!!」
真っ二つに斬られた虚の血が破裂寸前二秒前、という感じだったので―白い虚は手を翳すと鬼道のように霊気の塊を放出して、爆風で血液を逆方向の砂漠に吹き飛ばした。―確かに、そうしなかったら今頃頭からつま先まで返り血でグッショリだっただろう。
そうしていかにもつまらなそうに溜息をついて、また元のように斬月を背中に戻した。
呆れている斬月(刀じゃない方)を置いて駆け寄ると、虚もさすがに気付いて振り返った。
「…いちご」
「よぉ」
「なんだよ、見てたの…?」
「うん、見てた。…どこも怪我してないか?」
「…するわけないだろ、あんな雑魚相手に」
不満げに上目使いで睨んだところを捕まえて抱き締めたら、虚はぎょっとして慌てた。
そんなに頻繁にあることでもないが、珍しいというほどでもない。この精神世界における戦闘はそんな感じだった。
こちらへ来る時に誰かが―‥と言っても斬月は自ら動くようなことはしないから、当てはまる人物はひとりしかいないのだが―戦っていると当然霊圧ですぐに判る。
もっともくどいくらいに幾重にも張られた結界に護られたあの場所では、家でじっとさえしていれば戦う必要なんてまったくないはずだった。
だけど彼は、残念ながら結界の中でじっとしていられるようなタマでは無かったのだ。
昔、怪我をしていた時に―‥随分長いこと徹底して手を出させなかったことがあったけれどだいぶ欲求不満のようだったから、治ってからは好きにさせていた。
あの子は元々…本能で戦えと諭されたこともあるくらい―戦うことが好きなのだ。
―ドォォォン…
この世の終わりのような地響きがして―今日もいきなり戦闘シーンに放り出されてしまった。
体だけはやたらデカい虚が、見下ろすように見つめる視線の先にはもちろん―彼がいる筈だった。いつもここに来る時は彼の近くに出るようになっているのだから。
「チッ…」
思わず反射的に背中の斬月に手を掛けたら、聞き慣れた声に制止される。
『待て、黒崎一護…』
「―斬月のオッサン!なんだよこんなときに!」
『こんな時も何も、おまえが手を出すほどのことでもないだろう。ややこしくしないで黙って見ていろ』
「…」
―そんなことは重々判っている。
ただ本音は―閉じ込めておきたいだけだ。
扉に幾つも鍵を架けて、安全な箱の中だけで飼い殺しにするみたいに。
でもそこまで縛る権利は決して自分には無いことも―良く判っていた。
―白い虚は、ベッドの周りの柱の一本に素足の―‥つま先だけでただ立っていた。つまり彼のすぐ足元には結界があるというのに、この状況ではわざわざそこから出て来たのだろう。
背負っている斬月の黒い布が強風に煽られてはたはたとはためいている。
虚は退屈そうに、刀を取ろうともしないでただじっと相手を見ていた。
今さっきまで寝ていました―、と言わんばかりにいかにもてきとうに羽織っている死覇装がちょっと帯でも引っ張ったらはらはらと脱げてしまいそうで、そっちの方が心配だった。
「―クロサキイチゴ…」
巨大な虚の口から、自分の名前が出たので一護は思わず溜息をついた。
「ひと違い。いま一護はいねぇよ」
白い虚はやんわりと否定した。
「ジャアキサマハダレダ…?」
「俺?俺は一護のナカの虚。似てるけど一護じゃねぇよ」
「…?ナンデモイイ、クロサキイチゴノスガタヲシテイレバナンデモ…」
相手が痺れを切らせて殴り掛かってきたので、白い虚はとん、と飛び上がってそれをふわりと避けた。
あの軽いカラダが羽根のある生き物みたいに宙を舞って、そのままくるくると降下する段になってはじめて―‥虚はようやく斬月に手を掛けた。
バサ、と黒い布が解けて雪のように白い刀身がチラリと顔を覗かせる。本当に溶けるんじゃないかと思うくらい白い色が太陽を反射してチカッと光ったと思ったら―‥虚がふわりと地面に着地する頃にはもう相手は真っ二つになってしまっていた。
彼の周りには重力なんか存在しない―本当に羽根か何か生えているみたいだ、とぼんやり思った。抱き上げるといつでも飛んでいきそうで、重しでも付けるみたいに抱き締めてしまう。
幾ら人では無い存在とはいえ―あんなにも音もなく着地出来るものなのかとか―‥ハラハラしながらも見とれてしまう、―いつも。
―要はきれいなのだ。風に揺れる銀色の髪の毛とか、白い死覇装の裾とか‥一連の動作に無駄がなくて、戦うというよりは舞っているみたいで。
思わず駆け寄ろうとしたら、傍らにいた斬月がぽつりと漏らした。
『…そっくりだな。』
「―え?」
『…おまえの戦い方と』
「そうか?俺は…あんなにふわふわ蝶みたいには飛ばないと思うけど…。もっと直線的っていうかさ…あいつみたいに重力無視したみたいな動きはしねえよ」
『…。おまえは奴に夢の見すぎだ』
「るせーよ!!」
真っ二つに斬られた虚の血が破裂寸前二秒前、という感じだったので―白い虚は手を翳すと鬼道のように霊気の塊を放出して、爆風で血液を逆方向の砂漠に吹き飛ばした。―確かに、そうしなかったら今頃頭からつま先まで返り血でグッショリだっただろう。
そうしていかにもつまらなそうに溜息をついて、また元のように斬月を背中に戻した。
呆れている斬月(刀じゃない方)を置いて駆け寄ると、虚もさすがに気付いて振り返った。
「…いちご」
「よぉ」
「なんだよ、見てたの…?」
「うん、見てた。…どこも怪我してないか?」
「…するわけないだろ、あんな雑魚相手に」
不満げに上目使いで睨んだところを捕まえて抱き締めたら、虚はぎょっとして慌てた。
「いちご、まだ斬月がこっち見てるんだけど…!!」
「いいだろ、別に。どうせあのオッサンは何でもアリなんだから、たぶん俺らがヤってるとこだって見てるぜ」
「―えぇっ!?」
大袈裟に驚いているけれど気にせず更に口唇を塞いだ。
「っ…なんでいちごがコーフンしてるの?」
「だっておまえが戦うとこ見てたから」
「ろくに動いてないし何の技も使ってないし卍解もしてないし…つまりはなんにもしてないのに?」
「そうでもねーよ、たとえばこの着物が脱げそうでハラハラしたし」
「ど…どこ見てんだよ!!」
帯に手を掛けてちょっと引っ張ったら、案の定それはいとも簡単にするすると解けてしまった。大きく開いた胸の隙間から手を突っ込んで自分よりちょっと体温の低い肌を撫でると腕の中の小さなカラダがびくっと震える。
「―ッ!」
「この紐がどっかに引っ掛かりでもしたら―‥おまえのピンクの乳首とか昨日俺が付けた痕があの虚の前に晒されちまうなぁ、とかずっと思ってた」
「ば、ばか!!!!しんじられない、ほんとにばか!!!!!!!」
涙目になったところを抱き上げて、そばのベッドに文字通り連れ込んだ。―こういう時本当にこのベッドは便利だなぁと思う。初めて庭にあるのを見た時は何ゆえ室内じゃないのだと不思議に思ったけれど、今となってはここじゃないと落ち着かないくらい愛用していた。
押し倒して今すぐ目茶苦茶にしたいくらい欲情していることに自分でも驚きつつ―とりあえず額や口唇、開いた胸なんかにたくさん口付けた。
細い脚も思いっきり持ち上げて、小さな足の指をわざとやらしく舐めてやった。
「―しかも素足だし。誘ってるんだよな?」
「誘ってない!!だって、寝てたんだもん!!」
やはり、あの虚が現われるまですやすや眠ってたらしい。物音で起きて、意気揚々と獲物を狩りに出てきたというところだろう。
「…なんでそうえっちなことばっか言うんだよ」
「だって男だもん。おまえのえろいとこ見たら興奮するだろ」
「えろい戦い方なんかしてない!」
「判ってるよ。でも俺はおまえのこと好きだから、嫌でもそういう目で見ちまうってこと。…もうおまえの指先ひとつに欲情できるんだから…」
そう言って黒い爪先をぺろりと舐めたら、虚は泣きそうな顔をした。
こうやって本気で泣きそうになるところとか―他愛がなくてかわいいからついついいじめたくなるんだよなぁ、とぼんやり思った。
「…いちごは、いっつもすきだって言ってごまかす」
涙の溜まった大きな瞳でギロッと睨まれてしまった。
「別にごまかしてねぇよ。ほんとのことだろ」
「…さっきも、わざと斬月の前で言っただろ」
それは、判ったんだなぁと思ってちょっと可笑しかった。
「そーだよ。あのオッサンにおまえは俺のものだって見せつけとかねーと。―あと、おまえにもな…」
虚の手を引いて―遠慮なく自分自身に導いた。もちろんそれはすっかり熱くなってしまっているわけで。
「―!!」
「わかっただろ?本気だって―‥ほら、おまえの指が触れたらまた固くなって…」
「もももうわかったから!!さっさと抱けよ!!!」
「もちろん、そのつもり…。ホントに怪我してないか全部調べてやるから…」
「しつこい…俺が怪我する要素まったく無かっただろ…」
目を反らしたところに口付けて、ほぼ開けかけていた着物を取っ払ってしまう。
この白い肌を何度なぞっても、一向に満足出来ないのは何故だろう。
もちろん実行したりはしないけど―その羽根を標本みたいにピンで留めて、もう飛べないようにしてやったら―少しは自分のものにした気になるのだろうか。
こんなことを考えるなんてもうビョーキかも知れないな、とぼんやり思うけれど。
戦わせたくないのは、純粋に心配ということの他にもうひとつ理由がある。
―見せたくないのだ、誰にも。
この白い蝶が誘惑でもするみたいに―‥ふわふわ空を舞うところなんて。
「さっきは、えろいことばっか言ったけどさ…」
終わってから、いまさらもう遅いだろうけれどとりあえず言ってみた。
「ほんとは蝶々みたいですごくきれいだなぁ…って思いながら見てたんだよ。そしたら、どうしても興奮するっていうか…」
「…どっちでもいいから、あんまり恥ずかしいこと言うなよ」
虚は眉を顰めて自分の口に手を押しあてた。
「…おまえ、こーゆうこと言うとすぐ照れるよな」
「だって普通に恥ずかしいだろ」
「いくらでも照れていいぜ、カワイイから」
「…いちごの考えてることさっぱりわかんない」
虚は大きな目を思いっきり反らして瞳を伏せた。瞳の淵の長い睫毛まで銀色だなぁ、とか思いながらそこにもちゅっ、とキスを落とした。
「わかんない?俺はいっつも、おまえの羽根を引き千切って俺のそばに繋いでおきたいって…そう思ってるんだけどそれも気付いてない?」
「…そうゆうの、よくわかんないけど。」
虚は自分の背中に腕を回して小さな声で言った。
「俺に羽根なんかないし…あったとしてもとっくにいちごの鎖に絡まってる。あのとき手首まで切ったのにまだわかんないの?」
「…それはそうなんだけど。」
ほら、おまえ恋次のことも好きだし…とか言いたかったけれど無粋なことはやめた。(というかそれは自分もだ)
泣きそうな虚を抱いていてなんだか派手にすれ違っているなぁ…と思いつつ、これはこれで愛し合っている気もする。
「…じゃあさ、俺がいっつもおまえをすげー欲しがってることくらいはわかる?」
「…。」
「こんだけヤったらもうそのくらいはわかるだろ?それともまだそんなに余裕ない?」
「いぢわる…」
目の淵に溜まった涙がぼろぼろ零れて、遂に本気で泣かせてしまった。
「いじめてるわけじゃねーよ、それもわかんない?」
「…わかんない。」
ふるふると首を振る虚に軽く口付けて耳元で囁いた。
「じゃあ一刻も早くわかるよーに、とりあえずもっかい抱いてもいいよな?」
「…いちごは、なんでそんなにえっちしたがるの?」
その質問は確か前も聞いたなぁ、とか思いながらもそうは言わなかった。
軽いキスだけで桃色に上気した頬を撫でて―今度は深く口付ける。意識まで抉り取るみたいに思いっきり深く。
いつでも本能的にこいつを奪いたいと思ってる。それは相手が自分の一部だからなのか、それとも―‥
「あいしてるから―‥」
濡れてつやつや光るその口唇が、またわからないと不満を漏らしそうだったので、間髪置かずにもう一度塞いだ。
ぜったいだれにもわたさない。
―飛んでいかないで、愛しい俺の紋白蝶。