ぱき、ぱきん。


無機質な音を立てて、彼はチョコレートを割った。
たいして伸びているわけでもないのに自分の肌にすら簡単に傷をつけてしまう、
驚くほど細くて鋭利な爪の先は室内の温度によってだいぶ温まったその固まりに難なく食い込んで、彼の爪先をこげ茶色に染める。



(あーあ…)






made of sweet




当の切原はそんなことは全く気にしていないようで、平気でペロリとそれを舐めると、ちらりとこちらに面倒臭そうな視線を寄越して、手伝えよ、と言った。


「バレンタインだもん、俺は傍観者だよ」
「バレンタインはさ、好きなやつにチョコをあげる日だろ?だったら、お前にも手伝うべきだと思わねぇ?」


でも、と言いかけた越前を無視して切原はどこから出したのかほら、とエプロンを投げて寄越した。
リボンとフリルがびらびらの、メイドさんのようなエプロンだった。
見るからに料理には向いていない。



「…何これ」
「丸井先輩がくれた。使えって。」
「…」
「文化祭の時さ、あの人仁王先輩や幸村部長とメイド喫茶やってさー。みんな結構似合ってたけど、真田副部長まで着せられるところだったんだぜ、それ」


こっちはその時の仁王先輩の、と切原は笑いながら自分も身に着けている同じもののひらひらの裾をちょいと摘んだ。
真っ白なエプロンの裾フリルは哀れ、あっという間にチョコレート色に染まる。
そう言えばせわしなく動く細い指先や、チョコレートを見つめるいつもより少し真剣な眼差し―自分の為にチョコを作る彼ばかり見ていたので全く気付かなかったが、切原も今自分が手にしているそれと全く同じエプロンを身に着けていた。


(この人今日はこんな可愛いカッコしてたのか…)


短パンにフリフリのエプロンなので、見ようによっては下を穿いてないようにも見えるなぁ、と越前がぼんやりと頭の悪いことを考えていると、切原はにっこり笑って、早くお前も着ろよ、と言った。


「別に、俺は…」
「駄目。お前の方が絶対似合うって!」

切原は嬉々として越前がどう足掻いてもとても敵わない強い力で越前を引き寄せると、無理矢理エプロンを頭に被せた。
大きくうねったふわふわの肩紐を背中でクロスさせる凝ったデザインだ。
切原は明らかに適当にそれを越前に巻きつけて、腰の辺りできゅっと締めた。


「ホラ。可愛い」

切原は満足げにニコリと笑った。


「…アンタもね」


切原は越前の言葉はサラリとかわし、つーか、と言った。

「リボン余りすぎ。お前腰細すぎだってば。」


これは絶景ってやつだな、と言って、切原はそのまま後ろから白い腕を伸ばして越前をぎゅーと抱き締めた。
ついでに、首筋に口唇を落として軽く吸う。
彼がこんな風に発情するのはいつものことなので、越前は彼のしたいようにさせていた。
お返しは後でたっぷりとさせてもらうことにする。


それにしても、この一連の流れだけでもう切原の手についたチョコレートがありとあらゆるところについてベタベタする。
まだチョコレートを割る段階だというのにこれでは先が思いやされる、と越前は思った。



「大丈夫、溶かして固めるだけだから誰にでも出来るって丸井先輩が言ってた」

切原は越前の心を見透かすようにそう言って、丸井がノートの切れ端に書いてくれたレシピ(のようなもの)を覗き込んだ。
ボールの中は適当に割られたぶつ切りのチョコレート(らしき物体)でいっぱいで、甘いものが好きじゃない人間が見たらそれだけで気持ちが悪くなりそうな光景だ。


「…で、次はどうするの?」
「溶かすんだろ。そう書いてある。越前、お湯沸かせよ」
「ハイハイ、お姫様」
「何か言った?」
「…別に」



そもそも、どうしてこんなことになったのかは良く判らない。
越前も切原も別にそれほどチョコレートが好きな訳でもなく(嫌いでもないが)、バレンタインだからと言ってチョコレートを交換したりするつもりはなかった。
そんなことをするよりはむしろ、チョコレートを作っている恋人が見たいと思った。
だから、作って、目の前でね、とお願いしたのだ。
越前は、切原が自分の為に(※重要)チョコを作っているところが見たかったのだ。
現にさっきまで、思わず新婚さんになったような錯覚を覚えて見とれていたし。
そう言えばあの親父も、母さんが料理してるとこをボケーと見てるよなぁ、と越前は思った。

切原も最初は作れねぇよ!!とか言って怒っていたが、結局丸井からちゃっかりレシピをゲットしてきた。
要らないオマケのエプロンまでゲットしてしまったようだが…




ピー‥


やかんがかん高い音を立てる。どうやらお湯が沸いたようだ。
越前は火をとめて、キッチンの置いてある空のボールにお湯を注いだ。
途端に湯気が立ち上る。


「ほらほら早く溶かさないと。ヤケドしないでね」

うん、と言って切原は山盛りのぶつ切りチョコレートの入ったボールを豪快にお湯のボールに突っ込んだ。
100℃の熱に、たちまちチョコレートの形が崩れ始める。



「へぇー、すげー」


切原は楽しそうに、泡立て器でボールの中のチョコレートをぐるぐるとかき混ぜた。
とろとろのチョコレートは、切原の持つ泡立て器からゆっくりと垂れてゆき、また掬い上げられ、そしてスローモーションのように落ちてゆく。
楽しそうな切原を見て、越前も思わず口元が緩んだ。


(ほんと、可愛い人…)




ふたりはしばらく手元のチョコレートを溶かしながらまったりしていたが、唐突に切原がなぁ、と口にした。


「なに?」
「…なんか、固めない方が旨そうじゃねぇ?」

彼は小腹がすいてきたらしく、酷く真面目な顔で手元のチョコレートを覗き込んだ。
そう言われてみれば自分も空腹だ。


「…まぁ、俺は別にどっちでもいいけど。」

もともと越前にとってはチョコを食べることより切原がそれを作っているところを見ることが目的だったので、チョコを固めて食べようが溶けたまま食べようがどうでもいい。
切原は越前の微妙な返事を聞くなり、とことこと食器棚からスプーンをふたつ取ってきた。


「もう食おうぜ。チョコを作るって目的は果たしたし。」


(作るっていうか、溶かしただけじゃあ…)



切原は越前の返事も聞かないで無理矢理彼にスプーンを押し付けると、なみなみとしたチョコの海にずぼっとスプーンを突っ込んでぱくりと口に入れた。


「…甘ッ!熱ッ!」
「…そりゃそうでしょ」

越前も呆れ顔でチョコレートを口に運んでみる。
冷やすとすぐに固まってしまう為、チョコの入ったボールを熱湯のボールにつけたまま食べた(舐めた?)のでそれは酷く熱かった。
安っぽい甘さがじわりと越前の口の中に広がる。


「…ホント、甘すぎだよな。チョコだけってのがまた…」

切原は文句を言いながらも、空腹のせいか手の動きは早い。
全く自分を省みないで食べているので、飛び跳ねたチョコレートが彼のエプロンやら顔やらについてとんでもないことになっていた。
これではエプロンというよりは完全に赤ちゃんの涎掛けレベルだ。
結構高そうなエプロンなのに洗濯で落ちるのだろうか。


(いったいいくつなんだか…)



「今時子供でもそんな食べ方しないよ」

越前が溜息をついて顔についたチョコを拭ってやると、切原はきょとんとして、でもすぐにははーんと言った。


「さてはリョーマちゃん、ムラムラして来たんだな」
「…何言ってんの」


切原はふふっと笑って越前の顔についていた(いつの間にかついていたらしい)チョコレートをペロリと舐めた。


「そお?俺はして来たけど」
「…」


そう言われると越前も何だか妙な気分になってきて、ニヤリと笑うその口唇に衝動的に自分のそれを重ねた。
切原が満足げに目だけで笑ったのが判った。


(…この誘い受め)



思いっきり口中を掻き回してやると、当然ながらそこは死ぬほど甘かった。


「…あんた、すごい甘いよ」
「お前も…まぁ…チョコ舐めまくってたか、ら」


息の上がった切原の口の端から零れる唾液をペロリと舐め上げると、手早くエプロンの肩紐をずらす。
この人はいつでもTシャツばかり着ているので、目当ての場所を見つけ出すのは簡単だ。
鮮やかな色をした胸の突起を同じように舐め上げると、素直な切原の身体はびくっと反応した。



「そう?この辺も甘い気がするけど」
「んっ…明らかに気のせいだ、ろ…!」


もう一度深く口付けて、越前が短パンの裾あたりに手を伸ばそうとすると、待って、と言われた。


「…自分から誘っといてそれはないでしょ」
「そーだけど…チョコが固まっちゃうだろ」
「別にいいじゃん」

良くないって、あんなに残ってんのに、と切原はボールを指差した。


「…とりあえず食べてから続きやろうぜ」

越前はしぶしぶ立ち上がった。


「ハイハイ、お姫様」
「…もうそれはいいから。」
「…さっき聞こえてたんじゃん」






***



「「……」」

暫くして、ふたりともスプーン片手に沈黙していた。
目の前にはまだ半分以上チョコの海で埋もれた大きなボール。



「駄目、もう俺これ以上は無理…」
「やっぱチョコだけってのが…固形ならもう少しは食べれそうなんだけどな」
「いやもうそういう問題でもないでしょ…辛いものが食べたい」


辛いもの、と聞いて切原は目を輝かせた。

「あーもうチョコは置いといてマックでも食いに行こうぜ」
「アンタが全部食べるって言ったんでしょ、これどーすんの。」
「…」
「しょうがないから残りは固める?そんで明日ガッコで配るとか」
「あーうんそうしよ(適当)」
「今まで食べたのは何だったんだろ…(虚ろ)」
「いいじゃん、ミルクチョコレートも混じってるし背ぇ伸びるかもよ?」
「伸びるわけないでしょ…」



ふたりはのろのろと立ち上がって、用意していたアルミホイルで出来た銀色のギザギザした容器に残ったチョコレートを次々と注いだ。


「普通これにピーナッツとか乗せない?」
「アーモンドだろ、それは…」
「どっちでもいいでしょ」
「まぁもうチョコだけでいいだろ…」
「同感…」




出来上がったチョコレートを次々と冷蔵庫に仕舞うと、あとは固まるのを待つだけだ。


「チョロいもんだな、料理って」
「…(これは料理ではないような…)」
「さぁマック食いに行くぞ!」


越前は待って、と言って切原のエプロンの背中のリボンを引っ張った。
蝶々結びのそれは他愛もなくするすると解けて、切原の白い脚が露わになった。


「なに?」
「…その前にすることがあるでしょ」


バレンタインなのにお預け食らうとは思わなかった、と言ってから、改めて恋人にキスをする。
そうだったな、と切原は笑ってキスに応えた。






***



「なに、これ」
「…チョコ」
「…それは、見れば判るけど」
「…越前が作ったの?」
「昨日切原さんと作った」
「…」
「越前が切原と…(恐ろしい図…)」
「心配しなくてもヘンなものとか入ってないよ」
「…(いや、そういう問題では…)」
「じゃあ、データの為にひとつ貰おうか」


翌日、越前と切原が作ったチョコレートを前に戦々恐々な青学メンバーだったが、乾だけはそれをひょいと手に取ると実にあっさり口に入れた。
さすが、いつも汁を作っている人は違う、と恐らく全員が思った。


「ガーナ50%、明治ミルクチョコ50%ってとこだな」
「…いや、その辺は忘れたけど。」

切原が適当に買ったチョコを適当に割っていたことしか覚えていない。
でも乾がそう言うならきっとそうなのだろう。
越前はギラリと目を光らせてチョコの入ったタッパーを差し出した。


「さぁ他の人もどうぞ。それとも俺(と切原さん)が作ったチョコが食べれないの?」

とりあえず食べても死なないようなので、他のメンバーも仕方なくそれを口に運ぶ。
食べてみるとそれは何の変哲もないただのチョコレートだった。


「なんか普通でつまらないね」(さらり)
「つーかなんでわざわざふたりで作ったんだ?普通は越前が切原から貰うもんだろ」
「さぁ…もう何でだったか。」


越前は自分もチョコを口に運ぶとボソリと言った。



「まぁチョコだったらちゃんと貰ったよ。あの人の方がよっぽど甘かったし」
「…」






***



「…で、俺様のレシピは役に立ったわけ?」
「…微妙に。」
「ホントに微妙だな…」

ジャッカルがタッパーに入った小振りなチョコレートたちを見てボソリと感想を漏らした。
仁王はひょいとチョコを口に入れると、普通のチョコやのー、と言った。

「ガーナ5割、明治ミルクチョコ5割…」

柳はボソッと言ったが、まさか遠く青学で乾が同じことを言っているなど夢にも思わない。


「そりゃ普通ですよ。その辺で買ったチョコ溶かして固めただけですもん」
「ガーナとミルクチョコだろう?」
「…そう…だったような気もします…(目が泳ぐ)」
「そういや赤也あのエプロンどうした?」
「あー‥なんかもう仕舞いにはエッチの小道具になってたっていうか…」
「…」
「むしろチョコだらけになってたけど、とりあえず洗濯したら落ち…たかなぁ?」


切原は昨日洗濯機に突っ込んだままのエプロンを思った。
母親には調理実習で使ったとかかなり無理のある言い訳をしておいたけれど。
いかに私立とはいえ、学校であんなエプロンが支給されるわけもない。(しかも2枚も)


「切原くん、チョコレートの汚れは洗濯ではなかなか落ちませんよ」
「ええッそうなんスか?!」

まぁ今後あのエプロンを身に着けることなどまずないだろうからどうだっていいのだけれど。


「いや、赤也はむしろ正しい」

仁王は真剣な顔で言った。


「エッチの小道具としてこそ、あのエプロンの正しい使い方じゃけー」
「そ…そうなんスか?」
「仁王くん、ふざけすぎです」



その間にチョコレートは幸村と丸井によって全部片付けられていた。
食べた割合は幸村:丸井で3:7くらいだろう。
ちなみに真田は甘いものと見るなりどこかに去って行った。


「結構美味しかったよ、赤也。」
「まぁ俺は甘いものなら何でもいいけど。もっとごってり生クリームの乗ったケーキが食べたい…」
「「…」」



まぁその様子だと甘いバレンタインだったみたいだね、と幸村は微笑んだ。


「いや…チョコ作った以外はいつも通りでしたよ」

切原が遠い目で言うと幸村は大きな瞳をぱっちりと開けてまたにっこりと笑った。



「それが甘いってことでしょ?」




とりあえず、バレンタインっていうかなんていうか…感じの話ですいませんorz
微妙にリバっぽくしたかったんですが…w
私は、エプロンぐちゃぐちゃにしてイチャイチャしながらチョコ作ってるリョ赤が書きたかったんですが。
むしろ作ってるとこより食べてるとこを沢山書いたようなorz やはり自分が食べる方に重点をおいているから…(遠い目)
しかしやっぱ絵じゃないとこういう話は映えないなぁ。残念。
とりあえず去年のバレンタインにも似たような壁紙を使ったけど気にしない方向で(待て)
それよりむしろ、バレンタインは遥か昔に過ぎ去ったような気もしますが気にしない方向で(待て)
タイトルは「甘いもので出来てる」ってことで…
でも何が甘いもので出来てるんだろう(オイ)赤也?それとも越前?
ふたりともそんな感じはしますがね(明らかに勘違いだろ)
なんか
おいしそうですよね、ふたりとも。(お前は単に腹減ってるんだろ!!)
つか最後の青学と立海の会話は、誰がどのセリフか適当に想像してください(待て)
そして仁王語がいまだに判りません…orz
とりあえず、におたんとブン太とゆっきのメイド喫茶って…orz(結構悪ノリしそうな3人を選んだんですがw)
ヒロシや柳たんも似合うとは思うけど、自分から進んで着そうなのはこの3人っちゅーかw

その前にぶっちゃけ私はチョコを作ったことがないので(オイ成人女性)、チョコが溶ける描写とか全部想像です(オイィ!)
何か明らかに色々間違ってるような気もするけど…
だいたいチョコを溶かすのって泡だて器じゃなくってあの何か木で出来たヘラみたいなヤツだよね?いや、知りませんが。(オイ)
溶かしたチョコだってもっと早く固まりそうだし…まぁいいや(´∀`)(よくない)
溶かしたあったかいチョコはおいしいとは思うけど(食べたことはない)、チョコまん(※肉まんのチョコバージョン。凄く微妙)みたいで微妙かもw
ていうか、
タッパーはないだろ。(真顔)

※スイマセンタイトル間違ってました!こういう場合はinは使いませんね!(馬鹿)
材料から作る、という意味の場合はofですね(多分)
なんかmade絡みで4種類くらいあったことを奇跡みたいに思い出しました
私の頭も捨てたもんじゃないな(待て)
ofとfromの使い分けが未だに良く判りませんが(阿呆)、とりあえずタイトル変更しときます
ファイル名は面倒なので放置ですが…(オイ)英語は奥が深い…(遠い目)