たとえば頬にかかったそのくるくるの髪の毛を鬱陶しそうにかき上げる、その仕草がかわいいと思う。
自分の名前を呼んで笑う鮮やかな高い声が鼓膜に響く。
彼の口唇からこんな風に、自分の名前が紡がれるなんて思いもしなかった。
伏せた瞳を彩るその長い睫毛が、彼が瞬きするたびにゆらゆらと揺れる。
それに合わせて自分の心もゆらゆら揺れる。


―ああ神様、僕はこのヒトを好きになってしまいました。







自分の中にこんな気持ちが生まれたのはいつだったんだろう。
ただのヤバいヤツだと思っていた人間が、話してみると意外と気が合った、というただそれだけのことだったのに。


『なぁ、ばんごーとアドレス教えろよ』

関東大会の後、切原は屈託のない笑顔で、まるで合コンで聞くみたいに携帯番号を聞いてきた。
細くて白い指先が、携帯のボタンの上を滑るように自分の名前を打つ。


『…いいけど。聞いてどうするの?』
『遠いけどアソべないほどじゃないだろ?』
『(アソぶ??)…まぁバスで移動出来る距離だからね』
『お前とアソぶの楽しそう。心配すんなよ、ヒザ狙ったりしないから(笑)』


あんな激しい試合をしたことなんかまるで無かったみたいに切原は笑った。
きらきらと自分を映すその瞳を見て、あの時あの赤く揺れる狂気の瞳が心底怖かったことを思い出した。


(…普段はこんなカオで笑うんだ)



切原の話に適当に頷きながら、ぼんやりとそんなことを思ったことを覚えている。
笑うと人一倍幼く見える、年相応な笑顔に何となく安心したというか。
それがはじまりで―‥ある意味では終わりだった。







ラストロマンチック





「切原さん」

吐く息が白く見えそうなくらい寒くなった冬のはじめ。
越前は隣を歩く少し背の高い切原に話しかける。


「首寒くない?マフラーとか巻かないの?」

彼は横の越前を見てああ、と言った。


「俺さー、首ダメなんだよな、くすぐったくって」
「ふーん。見てるこっちが寒々しいんだけど」

せめてタートルネックとかあるでしょ、と越前は言った。
冬だというのに鎖骨まで曝け出して、なまじ色が白いだけに寒々しい。
もっとも露出して欲しくない理由はそれだけではないのだけれど。


(―冬が似合う人だとは思うけど)

いや、どっちかと言えば夏なのかな。
この人のイメージは時と場合によって違いすぎて良く判らない。



「あーあれはもっとダメ」

切原のクスクスと笑う声が暫く意識を飛ばしていた越前を引き戻した。


「あれ着てるともう耐え切れなくて知らねーウチに伸ばしちまってさ。気が着いたらもう着れないくらい首んとこ伸びちゃって(笑)」
「…容易に想像つく」

何がよういに、だよー、と切原は言った。


「お前ホンット可愛くないよなー」
「…悪かったね」
「まーそうじゃなくちゃお前じゃねーけど。お前がスナオだったら気持ち悪いだろーなー」


にこ、と切原は笑った。
夏から冬にかけて―気のせいかも知れないけど、この人は異常にきれいになった気がする。
目が赤くならなくなってからの彼の素顔しか、自分は知らないけど。
そのせいなのか、それとは関係ないのか、太陽の下の向日葵みたいな笑顔が、たまにふわり、と雪が舞い散るみたいに儚く繊細に見えることがある。



(ヤバ…)


本当はもう判っている。
最初は気付かないフリをしていたけど。
今まで、テニスに夢中でマトモな友達付き合いなんかしたことなくて。
自分が斜に構えすぎているのか、自分にとって同級生たちは幼いとか低級としか思えないような存在で、
自分の持っている夢とか目標とか、そういうことを語る存在ですらなかった。
バカバカしいとしか思えなくて、マトモに付き合ったことなんてない。
そもそもそういう同じ年の友達なんて欲しいと思ったことすらいちども無かったし、ぶっちゃけた話テニスにしか興味は無かった。
切原は、先輩というのとも少し違う―‥どちらかといえば多分友達みたいな感じで。(先輩だろ!!と切原には怒られるだろうけど)
越前にとっては、初めてマトモに付き合った友人と呼べる存在だった。
…だから、こんな妙な気持ちになるんだと思ってた。
一緒にいると居心地が良くて、別れ際は何だか離れたくなくて。
次第に、これは友情というのとは明らかに違う感情だとぼんやり気付いても。
それでも、失くしたくないから気付かないフリをしていた。
欲望がどんどんエスカレートして、彼のカラダが欲しいと思うようになるまでは。



(だいたい急にきれいになるって…恋でもしてるのかな)


もっとも、きれいになったとか考えている時点でかなりヤバいけれど。



「切原さん、カノジョでも出来たの?」
「…は?」

何だよ急に、と切原は言った。


「カノジョがいたら、日曜にお前となんか遊びません」

切原はべーと舌を出した。


「…最もな意見。」


ホ、と越前が内心胸を撫で下ろしていると、少し小さな声で切原は続けた。



「…確かに、好きなやつはいるけど」



(…え。)




ガーン…
マンガみたいな衝撃音が越前の頭に響いた。


「…ふーん」


それでも表情ひとつ変えないで返事が出来た自分は偉いと思う。
普段から鍛え上げられたポーカーフェイスが役に立った。


「お前だっているんだろ?好きなやつくらい」


そんな越前の心境なんか知る由も無く、切原はしれっとそう返した。


「…いるけど。なんか見込みないっぽい」
「何だよ。お前にしちゃ弱気だな」

切原は肩をすくめた。


(…だってアンタだもん)



「でも、アンタさぁ」

少し意地悪なことを言ってみたくなって、越前は口を開いた。


「やっぱ好きなヒトは束縛しちゃうタイプ?カンキンとかしちゃってさ」
「…しねーよ」

切原は小さな声で否定した。
思いっきり眉毛を顰めたその表情が痛々しくて、越前は胸がズキッとした。
切原がいちばん気にしてる部分を思いっきり抉ってしまったらしい。


(そんなカオさせたかったんじゃないのに…)

(俺、最悪…)



自己嫌悪で溜息をつきそうになるのを堪えながら歩いていると、切原がふと足を止めた。


「…切原さん?」

彼の視線の先を追うと、まだ先だというのに華やかに彩られた大きなクリスマスツリーがあった。
街のイルミネーションの中でもひときわ明るく輝いているそれ。
広場に集まった人たちは皆、期待のこもった瞳でそれを見つめている。
これが街中に現れると人はみんな浮かれて騒ぎ出すけれど、越前にとってはもはやどうでもいいことだ。
―昔からそんなもの、信じたこともなかったけれど。
自分の欲しいものはもう、サンタクロースなんかでは絶対に叶えられないものになってしまったから。



「クリスマスにはまだ早いよね」

それでも何とか話題を逸らそうと、越前はそんなことを早口で言った。


「…クリスマスか」

切原は越前の問いには答えずに、ひとりごとみたいに言った。


「お前の誕生日だな」

「…イブだけどね」


(覚えててくれたんだ…)



「…良く覚えてたね」


越前は努めて冷静に言葉を紡ぐ。本当は凄く嬉しいけど顔には出さない。



「クリスマスイブ生まれなんて、印象的すぎてそうそう忘れねえよ」


確かにそうだけれど、それでも越前は嬉しかった。



「なに、何かくれるの?」
「俺の時は、ビッグマックセット奢りじゃなかったっけ?」
「…金欠だったんだもん」
「じゃーお前の時はダブルチーズバーガーセット奢り♪」
「えー!ビッグマックセットの方が高いじゃん!」
「俺も金欠だもん。つーか何か欲しいものでもあンのか?」

ビッグマックセットより安かったら買ってやってもいいぜ、と切原は笑った。


欲しいものなんてもうひとつしかない。
しかもお金なんてかからないし。
…だからってビッグマックセットよりも安いわけでは決してないけれど。




―アンタを抱きたい。


その白い腕を押さえつけて、細い肢体を組み敷いて、乱暴に服を剥いで、無理矢理にでもアイシテルって言わせて。
ううん、そんな贅沢は言わないから、せめてその醒めるような赫い口唇を塞ぎたい。
固く結ばれたそれを無理矢理こじ開けて息も出来ないくらい激しく貪って。
そしたらこのヒトは、いったいどんなカオをするんだろう。
最も、それは全て自分の都合のいい妄想でしかないわけで。
どんなに彼をそうしたいと思っても、実際にはこの体格差でとてもそんな簡単にはいかないだろう。
例えば腕を押さえつけたら苦もなく振り解かれるだろうし、肢体を組み敷けば問答無用で蹴り飛ばされるだろう。
あの赤い口唇に口付けたら、きっとこちらの口唇を噛み千切られるか、良くて突き飛ばされるか。
どちらにしてもちょっとでも手を出せば最後、もう二度と口もきいて貰えなくなるのは明白だ。



(…スキなヒトいる、って言ってたし)


そばにさえ、いられたらいい。
彼が欲しいと気付いた時、越前が出した結論はこれだった。
そばにいさえすれば―ただそばにさえいれば。
もしかしたら―‥もしかしたらの話だけど、奇跡なんてことも起きるかも知れない。
だからガマンする。
どんなに触れたいと思っても。


「…ビッグマックセットでいいよ。ダブルチーズじゃなくてね」
「あー、ハイハイ」


意外とケチだなお前、と切原は笑いながら返事をした。
今、自分が越前の頭の中でどんなことになってるかなんて想像もしないだろう。


(…今、アンタを犯したいって思ってるんだよ)


食べたいのはビッグマックでも何でもない、他でもない彼なのに。


「明日朝錬あんのか?」
「…あるに決まってるでしょ」
「ウチも(笑)」

もう帰んなきゃやべーな、と切原は腕時計を見て言った。
お互いの家に、泊まったりすることもあるけれど。
切原の無防備な寝顔を見たりするともう、流石の越前も限界を感じてしまうので、最近ではそれとなく泊まりは避けていた。


「…そーだね。アンタ寝坊するだろうし」
「決定かよ!」

もう昔ほどしねーよ!と切原は頬を膨らませた。


(かわい…)


ぼんやりとそんなことを思わずにはいられなくて、越前は軽く首を振った。
もういつでも自分を押さえつけていないと、今にも彼に触れそうになる。
オンナノコに触れるみたいに触ったら、どう考えても怪しまれる。
ただの一度たりとも、過ちを犯すわけにはいかない。
―そばにいるために。



「じゃあな」

切原は笑って手を振る。
別れ際に彼の腕を引いてキスしたくなるけど―そういうことは妄想だけに留めておく。


「うん」

次の約束なんてものはしない。付き合ってるわけでも何でもないから。
気まぐれに彼がよこす遊びの誘いのメールだけが頼り。
その間隔が余りにも長かったら、自分がねぇ遊ぼーよ、とメールを出す。
この辺はうまくやらないと怪しまれるだろうから、怪しまれない程度に、周到に計算をして。(何てったって学校が違うのだから)



「…」


切原の後姿が見えなくなってから、越前は溜息をつく。
これでいいのだ。
と言うかこれしかない。
こうすることしか出来ないのだ。





***



「…は?風邪?」


「そう、赤也ってば風邪引いて寝てるのよ。ナントカは風邪引かないって言うのにねえ」



それから二週間ほど経った週末、彼の家を訪ねると笑顔で切原の母親がそう告げた。


(そんなこと聞いてないけど…)


それだったら朝にでも連絡入ってもおかしくない。
今日彼の家に行くことは3日前に決めたばかりだし。
ごそごそとポケットから携帯電話を取り出すと、確かにメールが入っていた。


『悪いー、今日風邪で熱があるからパス…。ああアタマ痛くて画面見てらんねぇ!!』

本当なのか嘘なのか良く判らない切原らしい文章。
まぁ彼女の話でたった今真実だと判明したのだが。


(そか、バイブがうざくてサイレントモードにしてたの忘れてた…)


「いえ、俺の方こそ連絡入ってたのに気付かなくて…手ぶらですみません」
「やだ越前くん、まだそんなこと気にする年じゃないでしょ?」
「じゃあ俺帰ります、寝てるところ悪いし…赤也さんにお大事にって…」


(赤也さん、だって…)

家の人の前だからそういう言い方をしたのだけれど、名前を呼んだのは初めてだった。


(う、わ…)

越前が人知れず動揺していると(勿論顔には出さない)、切原に良く似た母親は(と言うか切原が彼女に似ているのだが)穏やかに笑って言った。


「越前くん、折角東京から来てくれたんだから上がっていきなさいよ」
「え…いや、そんなたいした距離じゃないんで」
「何なら赤也叩き起こすし」
「いや…そんな…」


切原さんの母親だなあ、なんて呑気に考えていると、彼女は越前の手を引いて無理矢理家に上がらせた。
明日は日曜だし泊まって行きなさいよーなんて言われて、結局彼の家族と一緒に夕食をご馳走になった挙句、風呂まで済ませてしまった。
切原は昏々と眠り続けているようで、二階からは物音一つしない。


「いつもこうなら静かでいいのにねー」
「まぁ一晩寝れば治るでしょ、あの子なら」
「越前くん、勝手に部屋入って寝ていいからね」
「あの部屋赤也のウイルス充満してるから越前くんに風邪移ったらどーすんの(笑)」

彼の母親と姉がそんな会話を笑いながら交わす。
切原の部屋には客用の折りたたみベッドがひとつ備え付けてあって、この家に泊まった時越前はそれを使用していた。


(そんな呑気な…今の俺があの人の寝てる部屋に入ったりしたら……)


俺はアナタの息子を抱きたいとか思ってるヘンタイなんですよ…やっぱり何が何でも終電捕まえて帰らなきゃ、
とか越前が切羽詰っていると切原の母親がふと思い出したように言った。



「そうだ…越前くん」


「…明日、あの子が目を覚ましてからでいいから、クスリ飲ませてやってくれる?」



(!?)


あの子クスリは嫌いとか言って絶対飲まないのよねー、とか何とか言って彼女は、市販の風邪薬とコップに入った水を越前に手渡した。


「…あの子越前くんの言うことなら聞くみたいだから。お願いね」


切原の母親は軽くウインクをしてリビングに消えていった。



(俺の言うことなら聞くって…そんなばかな)




帰る、とは見事に言いそびれて、越前は二階に上がった。
努めて静かに切原の部屋の扉を開ける。
彼を起こさないように電気はつけないで―危険だから近づくことすらしないでおこうと思っていたのに、足が勝手に切原のベッドに近づく。
暗くて良く見えなかったけれど、段々目が慣れて来て眠っている切原の顔が見えた。
熱のせいか頬が赤い。
引き寄せられるように、額に触れるとそこはまだだいぶ熱かった。



(38度は固い、かな)


頬を流れる汗をそばにあった濡れタオルで拭ってやって、顔に掛かった髪の毛を退けてやる。
そこで越前はふと我に返った。


(ヤ…ヤバッッ!)


幾ら相手が眠っているとはいえ、ペタペタと触ってしまった。
考えてみたらこんな風に触れるのは初めてなのだ。
心臓がドキドキと時計を早回ししたようなスピードで鼓動を刻むのが判った。


(ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ…!)



「ん…」

時々上げる苦しげな声があたかも情事の最中のようで(最もそんな声を聞いたことがあるわけもないのだが)、越前の神経を刺激する。
彼に触れた手を離すことも出来なくて、髪を梳いたり、頬を撫でたり、良く起きないなと思うくらい触りたくった。



「…切原さん」


彼の名前を呼ぶ。
彼が完全に意識を手放しているのか確認する為に。


「…切原さん、苦しいの?」


そっと人差し指で渇いた口唇に触れる。こんな風に触ることなんか一生出来ないと思っていた。
もう自分の心臓の音しか聞こえない。



「…」

欲望だけが体内を駆け巡って、思考がそれに追いつかない。
もうどうなってもいいような錯覚を覚える。
この愛しい人に触れられるなら。



「…今、ラクにしてあげるから」


クスリ飲めばラクになるよね、とか、そんな都合のいいことを考える。
―もちろん、寝ている彼にクスリを飲ませる方法なんてひとつしか無い。



「…切原さん」


「…ゴメンね」


「…もーこんなことしないから」


「これきりだから」


「だから……」



相手に聞こえていない絶対の自信があった。
根拠のない自信だけど。
都合のいい脳はもう彼に触れる為に都合のいい言い訳を産出するだけだ。



「…だから、これだけ許して」


風邪薬を1つ口に放り込んで、コップの水を口に含むと、越前はそっと目の前の彼の口唇に自分のそれを重ねた。
切原の口唇の生温かくて、予想したよりも更に柔らかい感触が越前のそれに伝わる。
相手が眠っているので、これがファーストキスである越前でもそこを割り開くことは容易かった。
薄く開いた口唇に一気に錠剤を流し込む。


コクン…



切原が確かに錠剤を飲み込んだ音を確認すると、名残惜しく口唇を離す。
至福の時は僅か一瞬で終わってしまい、越前は遠くを見るようにぼんやりと彼の頬を撫でた。
病気で眠っている相手に何をしてしまったんだろうという罪悪感で越前の胸はチクリと痛んだ。


(ごめんね、切原さん…)




―その瞬間
切原がゆっくりと、その瞳を開いた。
長い睫毛に彩られたその下から、大きな赤い瞳がチラリと覗く。
切原はぼんやりと越前を見つめて、ぱちぱち、と何回かゆっくりと瞬きをした。
それはまるで映画か何か見ているような、スローモーションのような、瞬間と呼ぶにはあまりにもゆっくりとした時間で。
越前は言い訳をすることも出来ずに、ただその硝子玉のような瞳を見つめ返すことしか出来なかった。



「…えちぜん」


切原が掠れた声で自分の名前を呼んだ。
目が赤いのは熱のせいだろうか。
考えてみたら目の赤くなった彼を見るのは関東大会以来だった。



「目ェ赤いよ。熱だいぶあるんじゃない?大丈夫?」

越前はキスしたことも忘れてそんなことを尋ねた。


「ホントに、越前…?」

切原は越前の質問には答えないで、そろそろと腕を伸ばすと、越前のそれを掴んだ。
熱のせいで幻でも見ていると思っているのだろうか。


「…うん。そうだよ」

そんな熱っぽい目で見ないで欲しい、とか思いながら越前は返事をした。
熱のある彼に掴まれた手が火傷しそうに熱くて、思わずこっちの方が意識を失くしそうになる。
切原は越前の返事を聞いてフッと笑うと、ゆっくりと口唇を開いた。




「…好き」



(…は?)



一瞬、何を言われたのか判らなかった。
言われた言葉が判っても、その意味が判らなくて越前が目をパチパチさせていると、切原はまた口を開いた。




「…越前が好き」



―今度はハッキリ聞こえた。
雷か何かに打たれたみたいに、思考が完全にシャットアウトされて、
でも言葉だけはまるで口唇が自分のものじゃなくなったみたいに、越前の口唇から零れ落ちる。



「…切原さん、熱でもあるの?」


見ての通り、と切原は笑った。


「…熱でもある時じゃねーとこんなこと言えねーよ」



切原はゆっくりと上半身を起こして、越前の首に両手を回した。
寝ときなよ、という言葉が喉まで出かかったけど、まるで恋人のように両腕を巻かれて、とても口には出せなかった。



「なぁ…」


「おまえ…今俺になにした?」


久しぶりに見る赤い瞳が自分のそれを誘うように覗き込む。もっとも熱のせいで焦点が合っているのかすら怪しい感じだけれど。
けれど目が赤いせいなのか、まるで今にもヒザあたり狙われそうなくらいの迫力があった。



「…キス」

とても逆らえそうにないので、本当のことを言った。


「…なんで?」


なんで、って言われても。
クスリを飲ませました、なんてヘタな言い訳をするのも何なので、越前は黙っていた。
切原はフッと笑ったと思ったら、途端に力が抜けたようでフラリと越前の腕に倒れ込んだ。



「…悪いけど」

越前はそんな切原を抱き締めながら、質問には答えないで別のことを口にした。


「信じらんない」

「…なんで?」

「…だって切原さん、こんな状態なんだもん」


越前は彼を抱く腕に力を込めた。
ずっと彼に触れることを我慢していた越前のカラダは勝手に切原を求めて、とてもじゃないけど離す気にはなれなかった。
言ってることとやってることが違げーよ、と切原は少し笑った。



「…信じろよ」
「…」
「…監禁したりしねえから」
「…それについては謝るよ。ごめん。」

越前は、やっぱりあの時自分はこの人を傷つけたんだな、と思って素直に謝罪した。
切原はちょっと笑って何の話だよ、とか誤魔化したけれど、すぐに強烈な眠気に襲われたようでその瞳を閉じた。
それがさっき口移しで飲まされた風邪薬のせいだなんて本人は知る故もないけれど。



「…えちぜん」
「…なに」
「…してもいーよ」
「…なにを」
「…エッチ」
「…しないよ」
「…なんで?」


越前は切原の口唇を優しく塞いだ。



「…明日も切原さんがそう思っててくれたら、その時にする」






***



次の日。
日曜なので、切原の家族はみんな揃って買い物に出かけてしまった。
勿論病み上がりの切原は置いて。


「「…」」


クスリが効いたのか、切原の熱も下がったようで、ふたりはソファーに並んで居間のテレビを眺めていた。
もっともテレビの音なんてふたりの耳にはまったく入っていないのだけれど。



(き、気まずーー‥)



「…切原さん、寝てなくていいの?」

越前はとりあえず無難なことを聞いた。
切原は越前と目が合ったと思ったらフイッと逸らして、もう平気、とか何とかそういうことを早口で言った。



「…その様子だと、あれ本当だったんだね」

あれ、とは勿論昨夜の告白のことである。


「…なに、やっぱり信じてないの」

切原は越前の方を見ようともしないで答えた。


「あんな状況じゃ普通信じられないでしょ。熱で気でも違ったのかと思うよ」
「…失礼すぎ」
「だいたいアンタ、好きな人いるって言ってたし」
「…そんなんお前に決まってンだろ」

気付かない方がバカなんだよ、と切原は吐き捨てるように言った。
昨夜はあんなに素直だったのに、とか越前は少し残念に思う。



「ねぇ、なんでさっきから俺の方見てくんないの?恥ずかしい?」

切原はうるせぇ、とか何とか言った。
昨日は目が赤かったけれど、今日は頬が耳まで赤い。
越前は彼の頭に腕を回して、無理矢理自分の方を向かせた。


「ねぇ、今でも俺に抱かれてもいいって思う?」
「…今でもも何も昨日の今日だろ」

エッチしてもいいとは言ったけど抱かれてもいいとは言ってないんだけどな、と切原は思ったけれど黙っていた。


「今日もアンタがそう思ってくれてるんだったら」
「…」
「俺は今日アンタを抱くつもりなんだけど。」
「…」
「昨日そう言ったよね?」


越前はにこり、と笑った。
そんな彼の顔がマトモに見れなくて、切原はまた目を逸らした。

「…風邪うつるかもよ」
「いいよ。大体うつるんだったら昨日キスした時にもううつってる」
「…じゃあ好きにすれば」


どうせするならこんな正気の時じゃなくて、昨日何がなんだか判らない時にして欲しかったな、とかそんなことを思う。
何のためにあの状況で告白したのか判ったもんじゃない。
越前はか細い指でテレビのリモコンのスイッチを押した。
プツリと音声が途切れ、部屋の中に静寂が訪れる。


「…だったら昨日やれば良かったのに」
「あんな状態のアンタにそんな無理させられるわけじゃないでしょ」
「今日はいいっていうのかよ」
「ゆーべよりはマシでしょ。ていうか、俺がもう我慢出来ない」

昨日あのあと眠るだけで大変だったんだから、と越前は言った。
リモコンをテーブルに置いた指先が、今度は自分に向いて来て、切原の細い首筋を辿って、シャツの隙間に滑り込んだ。


「…ゃ」

当然だけど今まで他人にそんな風にされたことなんかなくて、想像以上にカラダがビクリとした。
思わずやだ、とか言いかけたけれど。


「ほんと、今まで俺がどんなに我慢してたか…」

越前が泣きそうな声でそんなことを言うのでぐっと堪えた。


「…えちぜん」

抵抗する気の無くなった切原を、越前は難なくソファーに押し倒す。
彼の顔が近づいて来て、切原は条件反射のように瞳を閉じた。
越前はその口唇に自分のそれを重ねて、昨日より更に深く貪った。


「んッ―‥」

堪らず、切原の口唇からは甘い声が漏れた。


「切原さん、好きだよ。愛してる…」

越前は彼の口唇の端から零れる飲み込みきれなかった唾液を愛しげに舐め上げて、そんな言葉を紡ぐ。
そう言えば越前の口からまだ返事は聞いていなかったんだったけ、と切原は今更ながらに思った。



(…いいよ、越前)



ふと見上げた越前の顔が余りにも真剣で、切原は思わず笑い出しそうになった。
痛いくらい指を絡められて、意識がトびそうなくらいドキドキする。



(お前になら何されてもいー‥)








***



「…」

藍色のカーテン越しに夕日の差し込むリビングに、初めての行為に疲れて浅い眠りにつく切原の白い肌が赤く染まる。
もうそろそろ起こして服を着せないと、彼の家族が帰ってくるだろうか。
でも起こす気にならなくて、越前は切原の髪の毛を撫でた。
くるくるとはねる切原のくせっ毛が猫の毛のように越前の指に絡みつく。


(カルピン撫でてるみたい…)


また熱がぶり返しはしないだろうか、と切原の額に手を当ててみるけど、別にそんなことはないようだった。


(そんなタマじゃないか…)


泣かせてしまうことも覚悟していたけれど、それも余計な心配だったようだった。



「…切原さん」

越前はそっと彼の肩を揺さぶった。
何かの童話のお姫様を思い出すくらい白いその肌には一枚のブランケットが被せてあるだけで、他は一糸纏わぬ生まれたままの姿。
布の端から同じように白くて細い足首が顔を出している。


「そろそろ起きて服着ないと、さすがにみんな帰って来るかもよ」

本当は、キレイな彼の姿をもっと長い間眺めていたかったけれど。
さすがに情事後の雰囲気漂いまくりのこんな光景を彼の家族に目撃されたら大変だ。
せめて彼の部屋でやるべきだったんだろうか、とか今更ながらにそんなことを思う。

やがて切原はその瞳をもの凄く鬱陶しそうに開いて、眠い、とか何とか言った。


「…ホラ、せめて服着てたら言い訳も出来るでしょ?だいたいアンタ病み上がりなんだから」

結ばれて早々引き裂かれるのはゴメンだよ、と言って越前は切原の頭に彼のシャツを被せた。
切原は心底面倒くさそうにそのシャツに腕を通す。


「…お前も服着ろよ」
「…もう着てるよ」
「…」

切原は目をこすって越前を見上げた。

「…ホントだ」

そう言って笑う切原の額に軽くキスをして、越前は問いかける。


「ゴメンね…痛かった?」
「そりゃ…」
「…気持ち良かった?」

切原はちょっと考えて、良く判んない、と言った。


「…うん。そーだよね」


受け入れる器官さえ備わっていない同性の、年端のいかない友人にこんな行為を強いてしまったという罪悪感と―‥背徳感、というやつだろうか?
ずっと欲しがっていたものを遂に手に入れたのだという喜びと、もう決してただの友達同士だった頃には戻れないのだという切ない痛み。
そういうものが混ざり合わさった、今まで経験したことのない感情が越前の胸にぐるぐると渦巻いた。
そんな越前の心境を知ってか知らずか、切原はぼんやりと尋ねた。


「…ビックマックセットより、こっちの方が良かった?」
「なんの話?」
「…誕生日プレゼント」

兼クリスマス、と切原は小さな声で言った。


「…当たり前でしょ」

なら良かった、と切原は言った。


「…でもビッグマックも欲しい」
「なにそれ、ゼータク」
「いいじゃない。一緒に食べよ。それに、まだクリスマスはもうちょっと先だよ」


越前は笑って、切原に口付けた。


「…お前はイブ生まれなのに、カミサマを裏切ったんだな」
「…随分らしくないこと言うんだね」
「…言ってみたくなっただけ」


だいたいそんなものしんじてない、と切原は言った。

「…奇遇だね、俺も。」



「…俺はアンタさえいればいいよ」

一言一言、まるで自分に言い聞かせるみたいに。


「…アンタを愛してる」

切原の耳元に口唇を寄せて、彼の身体に、細胞に、骨の髄に、心に―‥刻み付けるみたいに。


「…アンタさえいればいい」

それは愛の言葉であるはずなのに、彼を縛って傷つける鋭利な刃物であるような気すらした。




「越前…」

切原は越前の肩に腕を回して、か細い声で名前を呼んだ。


「俺もお前を愛してる…」

アイシテル、なんて言葉、当たり前だけど使ったことなんかなくて、どんな顔で言えばいいのか良く判らない。


「お前とならどうなっても…どこに堕ちてもいいから…」




「だから泣くなよ…」



苦しげな彼の声に、越前は初めて自分が泣いていることに気がついた。

―手に入れたものが大きすぎて怖い。
これから先のこと全てが―むしろ愛してしまったこと自体が怖くて怖くて酷く苦しくて、
それでもこのヒトを手に入れたことが嬉しくてたまらない。
彼を不幸にするかも知れないのに―それでも幸せだと思う、こんな自分は間違っているのだろうか。

切原の白い指先が、自分の頬を伝う涙をぎこちなく拭った。



「…切原さん」

越前は彼を思い切り抱き寄せて折れるくらいきつくきつく抱き締めた。



「…俺を選べば不幸になるかもよ?」


切原の大きな黒い瞳が真っ直ぐに自分を見上げた。



「…いーよ」

切原は越前の腕の中でやけにあっさり言い切った。



「…そんなの今更じゃん」

そうして何を言っているんだとばかりに少し笑う。
自分達は決して、平坦な道を歩いてここまで来たわけじゃない。
それなりに傷つけ合ったこともあったし、それなりに憎んでいたような気もする。
もう良く覚えていないけれど。
好きになったその瞬間から、もうそれ以外の感情なんて忘れてしまった。



「…聞いてみただけ。もう逃がす気ないから。」
「…おっかねえの」
「だってホントに切羽詰ってたから。俺」
「…ぜんぜんそうは見えなかったけど」
「見せるわけないデショ。この俺が」
「すげー傲慢」

眉毛を顰めた切原に、越前は でもそういうとこが好きなんでしょ、と平然と言った。


「…そうだけど。」

切原も納得できないような顔をしながらも素直に頷いた。


「俺も、アンタの気が強くて気まぐれで鬼みたいででも可愛いとこがスゴク好き」
「…なにそれ」

切原は不満の声を漏らした。



「愛してるってことだよ」



越前はもう一度切原を抱き寄せた。


「…こんなことしたら殺されると思ってた」
「ふーん…」
「まぁアンタになら殺されてもいいんだけどね」

切原はばかだなお前、と少し笑った。









―全然気付かなかったわけじゃない。
本当は少しだけ気付いていた。
越前は完全に隠しきれていたつもりだったようだけれど。
ポーカーフェイスを装った彼の瞳が、どんな風に自分のことを見ていたのか。
射殺されそうなその瞳に自分が映ると、身体がどうしようもなく熱を持ってしょうがなかった。



「…どっちにしろ、お前が手ェ出してこなかったら俺が出してたよ」


切原は立ち上がって、ブランケットを放り投げた。
ふわふわと埃の粒子を撒き散らして、それはゆっくりと重力に逆らいながらソファーに落ちる。
自分を見て挑発的に笑う、その嘲笑がやけに艶っぽく見えて、越前は背中がゾクリとした。



「ねぇ、ずっと思ってたんだけど」
「…なに」
「アンタ、何かどんどんきれいになってない?」
「ハァ?」
「特に夏くらいからかな、なんかどんどん…」

きれいっていうか、色っぽいっていうか。
越前は眉を顰めてボソボソ言いながら、それとも俺の惚れた欲目かな、と続けた。
切原は心底何を言っているんだとばかりにキョトンとしていたけれど、でもすぐに笑った。



「その間にあったことなんて、ひとつしかないだろ?越前」


大きな瞳を吊り上げて楽しそうに笑う。
あんまり楽しそうに笑うので、今度は越前がキョトンとする番だった。







「―お前に逢って、恋をしたことだよ」



マジラブだーーーーΣ(´∀` )
Q.私の意思を無視して書く話書く話マジラブになるんですがどうしたらいいですか?(子供電話相談室) 関西/Sリンさんからの質問
A.諦めて痛い人になってください

つか余裕の無い越前ってありえねー!ってずっと思ってたけど、今となってはそれもありというか(オイ)
なんかあらゆる矛盾を孕んでいますがあまり気にしないように。(無理)
私は跡宍でもこのネタ書いてますが、寝てる相手にそんな簡単に薬を口移しで飲ませられるわけない。(きっぱ)
ま、やったことないから判りませんが。誰か試させてください(嫌です)
だいたい親が薬飲ませてあげて、とか頼むのもおかしい…だいたいもし頼んだとしてもご丁寧に水入りのコップを渡したりしない(真顔)
そもそもこんなに早くクスリが効くわけない(多分)そもそもクスリは食後と相場が決まって(キリがないので以下略)
だいたいクリスマスネタとは気が早すぎだろ…orz
でもそれよりも何よりも、
赤也とカルピンが同じ撫で心地なわけない(真顔)
つかそもそも赤也思いっきりマフラー巻いてたよね…まぁキニシナイ!!(・∀・)(しろよ)
つかくすぐったくってタートルネックが着れないのはむしろ私です。伸びきったタートルネックほど見苦しいものはない(真顔)

つか色々書いてるけど、私はいざリョ赤が告白して初エッチするのは冬くらいだと思うの。(思うの、とか言われても…)
いや、悪友が勢い余ってやっちゃったってのもおおいにアリだけれども。悪い遊びもおおいに萌えますけれども。
でもちゃんとコクってから付き合うんだったら、それは冬くらいだと思うのね…ちょうど越前の誕生日クリスマスイブあたり…(夢見がちすぎ)
告白は赤也からってかんじ。越前は我慢の出来る子だから、黙ってるつもりだったんだよ…(アンタ、跡宍でも同じこと言ってたよ)
それゆえに手を出してしまった時の罪悪感っていうか(以下略)

とりあえず赤也はホント夏っぽくもあり冬っぽくもあり…私の惚れた欲目ですかね?
むしろアイシテルとか言わせるのは流石にやめた方がいいですかね?(もう遅いよ!)
つかイタイと判っててカタカナを乱用(オンナノコ、とかw)するのもやめた方がいいですかね?(もう遅以下略)
エロまで書きたかったんですが、もうこれ以上長くなるのも…_| ̄|○ エロは各自妄想でカヴァーするように。(なんで命令形)
つかカーテンっていちばんメジャーなのは何色なの?ウチのカーテンは真っ赤なんだけど…
でも赤也んちのカーテンが赤かったらなんとなくシャレにならないので藍色とかにしてみました…
まぁなんかこの小説自体シャレにならないというか…テニス離れしすぎてて笑えますね(笑えない)
いっそトリシシかと思うくらいのマジラブっぷり。(トリシシってマジラブが多くないか?気のせい?)
わざと気持ちわるい書き方をしてみました(最悪!)ま、ある意味ギャグってことで…(それで流すなよ)
とりあえず死ぬほど時間がかかりました…ラストまでダーって書いたんですが、シメを決めてなかったのが災いしたというか、
どうやって終わらせよう…ってどんどん長くなってどんどんマジラブに_| ̄|○
一週間くらいラストをああでもないこうでもないって悩んでました…シメにだけ時間がかかってます_| ̄|○
次こそマジラブじゃないリョ赤を書けるように頑張ります(何ソレ…)
壁紙ぜんぜんあんまり合ってませんが流してください、もう探す気力もない…(いい加減にするべき)
だってツリーの壁紙はあんまりですよね…それは越前の誕生日までとっておきます。(真顔)
とりあえず
赤也がきれいになったのはもう判ったからS霖さん!ってかんじ…でもホントあのアニプリのきれいになり方は尋常じゃないよ…(真顔)
まぁタイトルだけはずっと使いたかったのが使えて良かったです(本当に良いのかは不明)

つか私もだんだん頭がおかしくなってきたみたいで、(元々だろ)
最近越前が凄いカッコ良く(そして可愛く)見えるんですよ…(それは重症だ!)
私どうしちゃったんだろう…確か越前っていう人は嫌いったはずなんですが…(薄ら笑い)
うわーもう越前好きだーー(何か言い出した!Σ(´∀` )) テニス歴1年にしてこの状態って…_| ̄|○

※追記
書くの忘れてたけど、これは越前にキスされた赤也が目を開けるとこが書きたくて書いたんですよ…(薄ら笑い)
そう、あの辺(どの辺だよ)の童話の…アハハ(渇笑)