『昨日午前五時三十分頃、俳優の●●●さんが自宅で手首から血を流して死んでいるのが発見され…』
テレビから何の関係もないニュースが流れているのをぼんやり聞いていた。
ここは精神世界だから自分の霊圧が高ければ高いほど好きに弄ることが可能で、ちょうど今現実世界で流れているものを流すくらいなんでもない。
一護は、ここは完全に自分の好きにさせてくれているから、彼の意見を取り入れつつ全部自分でてきとうに創った。(一応斬月の意見も聞いたけど、頂いた意見は『好きにしろ…』の一言のみだった)
一護の膝の上でゴロゴロしながらテレビと同時に雑誌まで広げていて(あんまりちゃんと読んでもいなかったけど)、ふと今耳に入ったニュースを脳内でリピートする。
「へぇ、手首を切ってマジで死ぬやつなんかいるんだ?」
一護はちょっと顔を顰めて、そりゃあ…とか言った。
「言っとくけどおまえもマジで死にそうだったんだぞ??血は止まんないし意識はないしで。どんだけ焦ったと思ってんだよ」
「だって俺は、絶対死ねるように確実に動脈までやったもん。手首切っといて生き残ったら恥だと思って…」
「血が止まんないわけだよな。こっちは止血だけで死ぬかと思ったっての」
一護はそれより―‥と自分を抱き起こした。
「まぁ手温い方法使ってくれて助かったよ。首吊りとかだったらもう助けようがないから。」
そう呟きながら一護の指が自分の髪の毛を撫でる感触が気持ちいいなぁ―‥とか思いながら、ふと心に疑問が浮かんで来た。
「…そういえば俺なんで手首を切るなんて生やさしいことしたんだろ。死ぬ気だけは満々だったはずなのに。他に幾らでも方法はあったのにな…」
「俺に助けに来て欲しかった?」
「あのときもさんざん言ったけど、そんなつもりは無かった!!」
ムキになって反論したら一護はふわりと笑って自分のカラダを抱き締めた。
「理由なんかどうでもいいよ、おまえが生きててくれたから…」
「…」
―時々、ほんの時々だけど。
あの時もし自分が本当に死んでいたら、この優しいヒトはどうなってしまったんだろうと考えることがある。まぁ肉体なんか持っていないから、死ぬというよりは消える、という表現の方が正しい気もするけれど。
もっとも自分は一護の中のほんの一部分を凝縮したにすぎない存在で、たとえ消えたところで一護の肉体的にはどうってことないだろうけれど。
聞いてみたいな―とほんの少しだけ思うけれど、一護に悲しい顔はさせたくなかった。
「…おまえ、あの時さ…自分が死んだら俺がどうなるのか確かめたかった…って言ってたじゃん」
「…うん。」
―まぁ、それは死にたがりのただの言い訳だったわけだけれど。
「あの時もしおまえを死なせてたら―‥確かにその通りになったかもしれない」
一護は真顔で言った。
あんまり真面目な顔をしていたから、―うそ、って喉まで出かかった言葉を思わず飲み込んでしまった。
でもうそだと思った。
すきだとかあいしてるとかだれにもわたさないとか―‥いままでさんざん聞いた愛の言葉のどれよりも強く―絶対にうそだと思った。
「うそつき、って顔してる。」
一護はちょっと笑った。
「―ウソだと思う?」
茶色い瞳はいつも通りに優しく自分を見つめているのに、いったい何に威圧されてるのかと思うくらいカラダが凍り付いて目を反らせない。
本気だなんて絶対思いたくなかった。
仮に本気だとしても―ぜんぜん嬉しくなんかない。
確かに聞いてみたいとは思っていたけど、それはただの好奇心でそんな答えを期待していたわけじゃない。―絶対に違う。
「…なんで泣くの?」
一護の長い指が頬を辿って、零れた涙を掬ってぺろりと舐めた。
「―‥おまえが死んだら俺も死ぬよ。」
予想だけはしていたその聞きたくもない呪いの言葉を紡いで―その口唇は自分のそれに重ねられた。
「じゃあ死んじゃえ、ばか。…いちごは、そう言えば俺が泣くのわかってるんだ」
この口唇から珍しくいい線を突いた言葉が零れ落ちるけれど、それすら一護の口唇に飲み込まれて返事を拒まれた。
「死んでもいいけど…おまえの場合は俺が死んだら俺と心中するしかないんだぜ?わかってるよな?」
「―すきにすれば。…おれはいちごなんだから。いちごについてく、ずっと」
―でも。
「そんな死にかたさせるくらいなら、俺がいちごのこと殺すから」
ぼろぼろ泣きながら言ったら、一護はなぜだかちょっと嬉しそうに笑った。
「いーよ。…おまえにそれができるならな。」
「―できるよ。なに笑ってんだよ」
「いや、そーゆーの久々に聞いたと思って。…おまえにそーやって脅迫されんの、嫌いじゃねーんだよな、昔から」
「いちご、そんなヘンタイだったっけ?そんなことゆーんだったらあのときもっとこわいめにあわせてやればよかった」
「おまえにはむりだろ」
「な―」
一護は自分をソファーに押し倒して、死覇装の袖をぐいと剥いた。
手首の傷にちゅ、とキスをして、胸に触れるときみたいにやらしく舐めるから背中がぞくぞくした。
ここを触られると過剰に反応してしまうから嫌なのに。
「…むりだよ、おまえには」
「おれはできるけど」
「おまえをおれだけのものにするためなら」
「この首に手を掛けておまえを道連れにすることくらい―」
「…でもおまえにはむりだよ」
「おれに気を使って手首しか切れなかったおまえには―」
一護の洗脳めいた言葉を聞いていて、そうだっただろうかと思った。
もしかして本当にそうだったんだろうか?
こんな風に言い負かされるなんてどうかしてる。そうだったかも知れないと思うなんてどうかしてる。
「ッ…」
悔しくて一護を睨みつけたら、彼はようやく満足そうに笑った。
「―‥おまえが死んだら俺も死ぬよ。」
「…信じる気になった?」
一護は笑って―またその呪いの言葉を吐いた。
…そんなこと言わなくても、そんなわけのわからない言葉で縛らなくても最初から自分はぜんぶ一護のものなのに。
一護のくせにそんなこともわからないなんて、自分が手首なんか切ったせいで頭でも打ったんだろうか。
「いちご、こんなに横暴な王サマだったっけ…」
「横暴でもなんでも―‥俺が王なんだから従ってくれよな?」
一護は脱がされかけた自分の着物を軽く直して、額にキスをするとひょいと抱き上げた。どうせまたベッドに連行するつもりなんだろう。
「…そんなに俺を繋いでおきたいんだったら、ホントに首輪でもつけてどっかに閉じ込めとけばいいのに。いちごにだったらされてもいいのに」
一護の首に腕を回しながらそう言った。―言わずにはいられなかったから。
「ばかなこと言うなよ。怒るぞ」
一護はムッとして自分を抱き締めたけれど、ばかなことを言ったのはどっちだよ、と本気で思った。
―それでも。
こんな風に束縛されて心のどこかで嬉しく思っていることに気付いてぞっとする。
甘美な殺し文句でココロをぎゅうぎゅうに縛られて、そのままこのカラダがばらばらに引き千切れて塵になってもいいくらい―しあわせだと思ってる、そのことに泣きたいくらいぞっとする。
こんなことを考えるのは自分だけでいい。
一護がそんなことを考えるなんて絶対にイヤだ。
「…そんな拗ねんなよ。ごめんな?」
一護は反省したのか申し訳なさそうに言って、何に対して言っているのかも判らない謝罪をした。
「…拗ねてない」
「じゃあこっち向いて?」
そう言われて顔を上げたら、一護は軽く触れるだけのキスをした。
「あいしてるよ」
「…しぬとか言われるよりは、そっちのがマシ」
「なんだよそれ」
一護は笑って、もういちど口唇を塞いだ。
何度も角度を変えていくうちに徐々に深く貪られて―‥いつも通りのキスだけど、どうせ死ぬならこうやって一護に殺されたいと思った。
一護も同じこと考えてないといいけど…、とか良く判らない心配をしながら、自分を抱く一護の着物の袖を握り締めた。
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