「なぁ、ココまで来た破面とかってアーロニーロとグリムジョーだけ?」
シャワー(浴場ではなく個室に付属の)の後にそんなことを聞かれて一護の方を振り返った。
ベッドの上で濡れた髪の毛を拭いていたところで、やることはやってあとはもう眠るだけ―という状態だったので正直な話死ぬほど眠い。
「…いちごさぁ、昔のことはいい加減忘れなよ。」
とても眠かったので、思わずいかにもウザそうに言ってしまった。
「あのなー、忘れねーよおまえの処女を奪ったやつのことは。」
「まだゆってんの?別に奪われたわけじゃないのに」
「合意なら余計悪いだろ。俺が好きなくせに脚開いたおまえが悪いだろ!」
(すぐムキになるし…;)
「そこまで言うならすきにすれば。…そりゃあいちごにあげられなくて悪かったけど、そんなに欲しかったとか思わないしさぁ…」
わざとしおらしく言ってやると一護は噛み付くようにキスしてきた。
まぁでも乱暴にされるのもきらいじゃない。嫉妬されてるって感じてぞくぞくする。
「好きにするよ。俺は彼氏としておまえと関係のあったやつはみんな把握しとくの。」
(…彼氏ってそこまで把握するもんだったっけ?)
少ない知識を振り絞って考えてみたけれど、どうも答えはNOのような気がした。
「そんな変態鬼畜彼氏みたいな…。ていうか俺と関係があったやつは、死人を除いてみーんないちごが別れさせたじゃん。まさかまだいると思ってんの?」
「変態鬼畜彼氏で結構。疑ってるっていうか…ココまで来た十刃が二人だけってのも少なすぎるよーな気もしてさ。―で、どうなんだ?」
「思いっきり疑ってんじゃん!!」
「…あのな、なにもヤったかどーかだけじゃなくて。俺の内側から攻めるってゆーいかにも敵から狙われそうな部分だから聞いてんだよ」
「はいはい、わかりましたー。」
んー、とすこし考えた。実は昔のことだしあんまり覚えてないけれど。
「シニガミは恋次しか入って来れないから…だからとりあえずあの三人はないよ、ご安心。あと…う゛ぁいざーど?だっけ??あれもない。」
「…。(噛んでる…)」
「で、十刃は…どーだったかなぁ…。あのふたりだけだったと思うんだけど。」
…とそこまで考えて、そういえば―、と思い出した。
「あ、ウルキオラが一度だけ来たよ。」
「まじで!??…意外。」
「うん。…でもまぁ、俺のこと思いっきり睨んでニセモノには興味ない―とか言って一瞬で帰ったけど。たぶんアイツいちごのこと好きだったんだよ。俺のこと一度見てみたかったみたいだけど、期待ハズレだったんじゃない?」
「…んなこと聞いたこともねぇけど。当たり前だけどコクられた記憶もねぇし」
「そぉだって。ウルキオラもグリムジョーもいちごに惚れてたの。あのね、俺はここでずっと見てたんだからいちごのこと好きなやつだったら絶対わかるよ。あの中で俺のことが好きだったのはアーロニーロだけ。」
「…グリムジョーが好きだったのはおまえだろ?」
「なに言ってんの、いちごだよ」
「「…」」
―まぁ、どちらでもいいことだったけれど。
「マァ昔はともかく今は絶対大丈夫だよ。なんせ恋次のわけわかんない結界があるから、いちごたちしか俺に触れないんだもの。つまんな…いや何でもない」
「それはこの家の中だけの話だろ?おまえ結界の中でじっとなんてしてねぇじゃん」
「だいじょうぶいざとなったら家ににげるから。(棒読み)」
「…。まぁいいや、結局ふたりだけなら」
一護はようやくホッとしたように言って、自分のいるベッドに侵入した。
「―いちご、髪の毛びしょびしょだよ」
「判ってるよ」
「…。ホントはもう一歩も外に出るな、…とか言いたいの?」
「…言わないよ」
一護は軽く口唇を塞いでから押し倒すみたいにして自分を抱き締めた。
「言わない…」
そんなに熱い瞳で見つめられたら眠れなくなりそうだ。―こんなどうしようもない話をしながらも本当はさっきから目が眩んでしまいそうなのを必死で堪えてるのに。
手を伸ばしてタオルで一護の濡れた髪を大雑把に拭きながら、おかしいなぁと思う。
「…なに笑ってんだよ」
「だって、俺いちごの命令なら聞くのに」
「…俺がそんな変態に見える?」
「変態鬼畜彼氏でイイんじゃなかったっけ?」
「百歩譲って変態だったとしても鬼畜ではねぇよ」
「俺はどっちでもいいけど」
「―幻滅した?」
「…しない」
そう答えたら一護はちょっと嬉しそうに笑って、長い指で自分の半渇きの髪の毛を梳いた。
「…しないよ。」
繰り返した口唇に指を添えられて胸がドキドキした。
真っ直ぐな視線と目を合わせるのが恥ずかしくて目を閉じて一護の背中に手を回したら、もういちど口唇を塞がれた。
角度を変えて徐々に深くなっていく口付けにのぼせたカラダが熱くなって逆らえない。
「眠い?」
「…うん」
「また抱いたら怒る?」
「ううん、怒んない…」
せっかくおフロに入ったのに…とか考えたのは脳の2%くらいだった。一護の長い指や濡れた口唇―熱い彼自身で狂わされることは、とてもとても甘くて少しだけ痛くて―とても魅力的なことだから。
これだけ抱かれてもまだ欲しくなるなんて、とちょっと自分に呆れた。
「―おまえが悪いんだぜ、俺のくせにそんなにかわいいから…」
「…なんでいっつも俺のせいにすんの」
「うるせーよ。おまえは俺なんだから俺のものなんだよ」
一護はわけのわからない理論を持ち出して、手からタオルを奪うとあさっての方向に放り投げた。
「もー、ロクに拭けてないのに。まだびちょびちょだよ」
「どーせまたシャワー浴びるだろ?あいにくおまえも―‥俺がもっかい汚すんだから」
「そーゆーの好きなんだね、いちご…」
「そうじゃねぇよ、好きなのはおまえ」
「…?まぁなんでもいいけど」
―幾らでも執着して俺に堕ちればいい。
本当は自分だってずっとそう思ってた。
このカラダが生まれ落ちたその時から麻薬のように一護から離れられないように、一護も呪わしいこのカラダに溺れてなにもわからなくなってしまえばいい。
ずっとずっとそう思って生きてきた。―はじめて逢ったときからずっと。
まさかこの想いが叶うなんて思ってもいなかった頃からずっと―それだけを願っていた。
―はず、だった。
「―どんないちごでもあいしてるよ、幻滅なんてしない。だけど…」
(‥一護が。)
「―できればおれのために壊れたりしないでね」
(一護のままでいてくれますように。)
こんな風に触れられるようになってから、少女のようにそんなことを祈るようになってしまった。これも一種の堕落だろうか。
「…さぁ。どうだかな」
一護は意味深に笑って、熱っぽい指先で肌を撫でた。
「もう遅いかもよ?」
「…そんなことゆわないで」
「―だから、俺を狂わせたおまえが悪いんだぜ」
「また…」
自分の瞳にじわ、と涙が滲んだのが判る。
すぐに泣いてしまうのは自覚しているけれど、こんなにも容易く泣いてしまうようでは一護を言い負かすことなど夢のまた夢だ。
「―そう、もっと泣いて、もっと俺に堕ちて…」
それなのに一護は心なしか満足そうにそう言って、貪るように口唇を塞いだ。
「…いちごのバカ」
―それこそもう遅いことくらい知っているくせに。
両腕を相手の背中に回して思いっきり抱き着いたら背骨が折れるくらい抱き締め返された。
―軽い絶望感を感じながら、それでも酷く幸福だと思ってしまった自分は間違っているのだろうか。
ねぇ、おれのかみさま。―‥おれのいちご。
***