「…アッ」


殆ど喘ぎ声のようなその声に、遊戯は薄く瞳を開ける。
真夜中にこんな声が響くことは珍しくないが、例え近隣に響いたところでここは彼のマンションで、
自分が困ることは何ひとつないからどうだっていい。




(またアレか…)


もそりと起き上がって声の出所―つまり魘される盗賊の顔を覗き込む。
ぞっとするくらい白くて綺麗な顔に汗が流れ落ちるのを、起こさない程度に人差し指で拭った。



―ずっと前だけれど、海馬と寝た時に同じようなことがあった。
昔の傷だか何だか知らないが、このテのタイプは夜中に魘されるものらしい。
最初は何事かと飛び起きたものだが、最近では目は覚めるのもすっかり慣れてしまった。




「王、サマッ‥―」


薄い口唇が自分の名前を呼ぶ。
正確に言えば名前では無いが、間違いなく自分のことだ。
―海馬は自分の名前なんか呼ばなかった。当たり前だけど。








黒の夢






起こしてやらないのは残酷だろうか、といつも思うけれど。
こういう時遊戯は、ただ黙って傍観している。
仮に起こしたとして―どうすればいいのか検討もつかないからだ。
優しく言葉をかけて抱きしめてやったところで(想像すると気色悪いが)、
この盗賊はその大きな瞳を限界まで吊り上げて、触んじゃねえと突っぱねるに違いなかった。
他に宥め方なんか知らないのに。
だから甲高いその声で脳神経がやられそうなのを堪えながら黙って見ている。


持て余した指先は、自然と彼の長い髪の毛に伸びる。
目蓋に掛かった前髪を拭ってやると銀色のそれがさらりと自分の指にかかる、その感触が酷く気に入っていた。
今も、―多分昔も?




(オレは…お前に何をしたんだ?)



―そんな悲鳴のような声で呼ばないといけないくらいの何を?



それでも、気の毒だけれどゾクゾクする。
その声を出させているのは紛れもなく自分だという、得体の知れない罪悪感のようなものすら凌駕して。
―自分だけだと。
この美しい盗賊を縛っているのは、彼の中にいるのは、他ならぬ自分だけなのだと―‥。
目が眩むほどの優越感は、彼を更に絶望のどん底に突き落とすのだろうか。


両手をついて彼の顔を覗き込んでいると、気配を感じたのだろうか、バクラの両目がパッチリと開いた。
大きな瞳から今の今まで溜まっていた大粒の涙が零れて、細い線のような顎を伝って落ちる。
綺麗だな、と素直に思った。
それに彼の生理的じゃない涙を見るのはレアなことだ。




「王、サマ…」


か細い声と共に白い指先が伸びて来て、自分の頬に触れた。
体温が―‥むしろ生気すら感じられない、白い冷たい手。
その手はいつでも―例えば情事の真っ最中でも冷たいままで、本当に感じているのかとしばしば思うことがある。




「…何見てるわけ?楽しい?」


落ち着いたトーンの低い声。



「…あぁ。どんな夢見てたんだ?」


バクラはふっと瞳を逸らして悪夢だよ、とただそれだけ言った。



「…オレの?」

「…他にないだろ」

「でも、こういう時のお前は本当にエロいな」

「…」


思ったままのことを口にしたら、盗賊はあからさまにむっとした顔をした。
気に入らないらしい。(そりゃあそうだ)



「オレとしてる時でさえそんなカオはしてないぜ?」

「…ああそう」

「喜びな。ホメてるんだぜ?」

「…エロいのは宿主サマだろ」



バクラはふう、と溜息をついて事務的に涙を拭った。
遊戯はどう考えても獏良はエロくない、と思ったけれど面倒なので黙っていた。
流石に盗賊様はか弱くて繊細なのは夢の中だけのようで、目を覚ますと途端に夢から覚めたように冷静になる。
まぁ本人すら気付いているのかどうか判らないがきっとそう見せているだけで、
むしろあの悲鳴をあげている姿が真実のものなのだろうけれど。
もうそれくらいは判る。だからってどうという訳でも無いけれど。
いつまで偽っていられるのだろうか、と遊戯はぼんやりと思った。
彼のカラダのすぐ下まで侵食している憎悪が、今にもその器を突き破って飛び出して来る気がする。
―それを人は狂うと呼ぶのだろうか?





「…ネェ王サマ」



バクラは虚ろな声で自分を呼ぶと白い両手を伸ばした。
獏良のものだから仕方がないけれど、細い、華奢な、女性のような腕だ。
そのままぎゅうと抱きつかれる。
ふわり、と酷く甘い匂いが遊戯の鼻先をくすぐった。
獏良が酷く気に入って、先日通販で大量に購入したと言っていた高級シャンプーの匂いだろう。




「…オレ様がアンタに狂ってるの見てて楽しい?」



「…悪い気はしないな」



―本当のことだ。
まぁどっちにしろ、どうせ何を言ったって彼は信じないのだ。
こんな風に突発的に情緒不安定になる時は、いつも自分が一方的に何か言いたいだけで、こっちの話なんかちっとも聞いていやしないのだから。



「いい気なもんだな。何考えてたんだよ」

「…海馬と比べてた。」


また正直に言うと、バクラはハァ!?と素っ頓狂な声を上げた。
悪夢に泣いて魘されているところを他の男と比べるなんて鬼か悪魔か、といったところだろう。
確かにそうだけれど。




「王サマ、社長がいいんなら社長のとこ行けよ」


―別に、そういうわけではない。
単純に同じような状況だから比べていただけのことだ。



「社長を愛してんだろ」


―それはもっと違う。そもそも何を根拠に。
先ほど思い出していた2、3回の行為は、悪い言い方をすればたまたまで、
それは単純に波長が合ったりそういう雰囲気になっただけで、そこに感情が伴っていたわけではない。
自分にも、勿論向こうにも。
遊戯はバクラの背中に腕を回して、宥めるように言葉を並べた。



「あのなぁバクラ、海馬とヤった時はまだお前全然表に出て来てなかったんだぜ?」

「へぇ」

「お前とヤってからはお前としかヤってねえし、回数だってお前の方が1000回は多いぜ?」

「ふーん。」

「オレが愛してんのはお前ってことだぜ?」

「…ヘェー。」


真実かと言われたら怪しいが、これも特に嘘ではない。
目の前の盗賊は全然信じていないようだが、自分はそれなりに彼のことが好きで、だから抱いていた。



「あのなぁ、王サマ」

バクラは大きな瞳を見開いて、卑屈な人間がよくやるように大袈裟にハハ、と笑って言った。



「王サマが気に入ってるオレ様のカオも髪もカラダも、ぜーんぶ宿主サマのものなんだぜ?」

「…もとも似たようなもんだろ?」


遊戯がそう言うとバクラはケッと舌打ちした。
心底忌々しそうだった。



「覚えてねぇくせに!」



これを言われると黙るしかない。
その通り、覚えていないからだ。





『―なぁ、オレはお前に何をしたんだ?』


喉まで出かかった言葉はいつだって紡がれることはない。
聞くのが怖いから?―NO。
そうじゃない、ずっと待っているのだ。
事が起きるのを。
何故?
そうすることでしか救われないから。
―自分じゃなくて、彼が。




「王サマ―‥」


「オレは、王サマを愛してるんだぜ?」



縋るような―‥ぞっとするくらい切ない声だった。
―聞きたくない。
心の底からそう思った。
そんなに苦しいんだったら、このままこの背中をバタフライナイフで刺せばいいのに、とかそんなことを思う。
拙い告白を、もう100回くらいは聞いただろうか。
愛してるだなんて聞き飽きたし、もうとっくに知っている。
復讐を果たす為に―この自分を葬る為に近づいたのなら、あんな声で自分を呼んだりはしないのだろう。
どうせ明日になればそんなことを言ったことも、さっき見た悪夢すらも忘れているくせに。
細い腕を解いて少し身体から引き剥がすと激しく口付ける。
もう聞きたくない。―もう言わなくていいから。



「…こんなに抱きたいと思うのはお前くらいだ」


それは、自分にしては精一杯の口説き文句だったのだけれど、盗賊は例の如く本気にせずにちょっと笑ってへぇ嬉しい、と言った。
白い爪先が背中に食い込む。
爪を立てるくらいで気が済むのなら、幾らでも立てればいいのに。





「王サマ…」


血のように赫い口唇がひとりごとのような言葉を紡ぐ。





「オレが狂わないうちに殺してくれてもいいんだぜ…?」



まるで、そうされたいような口調だと思ったけれど。





(…いや)


(それは後だよ、バクラ)




どれだけ狂って、自分に何をしたとしても構わないのだ。
たぶん、お前にはその権利があるのだろう。
お前の気が済んだら、オレのこの手で殺してあげるから。
―だってお前はそれが、いちばん幸せなんだろう?
復讐が叶ったらお前は生きてゆけないんだから。
自分がいないと生きてゆけないんだから。


軽くキスをすると、目だけで何?、と言われる。
こちらも目だけで何でもねえよ、と伝えておいて、シーツに伸びた細い指先に自分のそれを絡めた。






(…お前の願いが叶いますように)




―その夢を壊すのは紛れもない自分であることを確信しているくせに。




………(気まずい微笑み(´∀`;))
え、へへへ…
バの人はうなされたりしない気もしますがキニシナイ!!つーかもう何だか色々キニシナイ!!
わたし、(脳みそが)しやわせなやつですよね…(虚ろ)
うちのファイルにはこんな気まずい小説ばかり放置されています_| ̄|○
この話はなんか結構長い間試行錯誤してました。割と一生懸命かきましたw(ふーん)
何とかまとまった…気でいるけどなんか矛盾している気もする(いつも)
それでも私的にバクラは幸せだったと思うし、王バクははっぴーえんどだったと思いますw(必殺脳内ハッピーエンド)(本当にめでたい頭だな!)
復讐が果たせますようにw(合言葉)
むしろ海馬はもういいって感じですいません…(オィィ)でも王サマが海馬とバの人を比べてるところが書きたかったのw(なぜ)
つか王サマじゃないとすると、海馬の夢に出てきたのは剛の人?w(ハゲワラ)(カズキの福音トーク的にも)
バの人は電波だけど、こういう恋に夢中になってる(何か違う!Σ(´∀` ))電波は可愛いと思うよ(そうか??)(つか電波はお前という噂)
タイトルはクロノトリガーの曲です。いい曲です、(知らんし!!)
ちなみにあの妙な壁紙はこの文章を使って作りましたw ありえないアレな壁紙_| ̄|○(作るなよ)
051014


ブラウザバックプリーズ