―彼の翼を折ったつもりだった。
勝利という名の鎖で彼を縛るために。


もしかしたら、ボロボロになった彼は自分だけを見てくれるんじゃないかと思ったから。
その翼を手折って、もう飛べなくしてやれば。
もう飛べなくなった時に優しく優しくしてやれば。
彼はもう二度と翼を広げることもしないで、自分の手の中だけにいてくれるような気がしたから。



―その為に自分は彼に勝ったのだ。





bard in basket



「あの時が初めてじゃないんだよね、負けたの」

付き合い始めてだいぶ経ってからその話をしたら、ベッドの中で切原はこう返事をした。



「入部して早々部長達にこてんぱんに負けたし(笑)」
「そりゃ、俺も部長には…でもあの時アンタぜったい勝つつもりでいたでしょ?」

そりゃそうだけど、あのくらいでどうこうなったりはしねーよ、と続けて切原は笑った。


「不二さんの時もいっしょ…」

越前は言葉の途中で切原の口唇を塞いだ。


「―他の人の名前呼ばないでよ」

口唇を離して訴える。
切原は意味不明なヤキモチやくなよ、と言ってまた笑った。




「じゃー俺に負けた時本当はどう思ったの?」
「純粋に悔しかったような記憶があるけど。何か妙なワザ使ってたからこえーって思った。あとは副部長に殴られてムカついた」
「アンタを殴るなんて許せない」

越前は真顔で言った。


「あの時起きてたら俺が殴り返してるところだよ」
「お前、副部長とやってる時こぇー顔してたもんなぁ」

あれ、俺のためだったんだ?と切原は笑った。


「…ホントはもっと酷いことしてやりたかったんだけど」
「…おっかねえの。サドだなお前」
「アンタに言われたくない。だいたいすきなひと殴られたら普通キレるでしょ」
「でも女じゃねえんだからさ」
「それでも。」

越前は切原の目を見据えてキッパリと言った。
誰とケンカをして傷を負って帰ったとしても、親にだってこんな風に大切にされたことはないから、何だか女の子にでもなったような妙な気持ちになる。



「…俺さ、アンタは勝ち負けにこだわる人だと思ってたから」
「から、何?」
「最初は俺が勝ったから付き合ってくれたんだと思ってた」
「えー???」

切原はあきれて言った。


「お前がそんなこと考えてるなんて意外だな」

もっと自分に自信があるやつだと思ってたけど、と切原は笑った。


「じゃああの時俺が負けててもアンタ俺に抱かれたの?」
「俺がお前に抱かれたのは、お前が好きだったからで、勝敗は関係ねえよ」
「…ほんとに?」
「ひつこい。」


だいたいお前、あの時のこと良く覚えてねぇんだろ?と切原は言った。
そうだけど途中までは覚えてるし、と越前は答えた。

「…勝ったらしい、って聞いたから。うわラッキー、モノに出来るかも!って…」

本当はヘコんでるところを急襲して一気にいただく計画だったんだ、と越前は言った。


「ありきたりだなぁ」
「うるさいよ」



―でも実際は、関東大会の後意気揚々と彼の学校に出かけたら彼はなんにもなかったみたいに笑って、あ。越前、と言って手を振って。
普通に遊んだ帰り道、ダメもとで普通に告白したらOKが出た。


「でもちょっと残念。アンタが俺の影に怯えてるところ想像してゾクゾクしてたのに…」
「お前やっぱりただのサドだろ」
「人聞きの悪いこと言わないでよ。つーかアンタの方がサドだってば。(そしてマゾでもあるけど)」
「…うーん」


でも結局、俺の敵はお前でも不二さんでもなくって自分だったわけだからさ、と切原は笑った。


「―また不二さんって言った」
「ガキみたいなこと言うなよ」
「ガキだもん」


越前は切原の口唇を塞いだ。



「―切原さん」

「俺の名前だけ呼んで。俺のことだけ見てて。俺のことだけ考えて」

「アンタが見ててくれたら、俺幾らでも強くなれるからさー‥」


越前は酷く真面目な顔で懇願するように言った。
当然ながら、今までひとりの人間にこんな風に束縛されたことはない。
この緩い鎖が何だかくすぐったくて心地よいのは何故だろう。

―でも。



「―いいけど。」

「でも俺のこともちゃんと見てろよ」

「俺だって強くなんなくちゃいけねーんだからさ」

「俺もお前が見ててくれたら強くなれる気がする」


切原はそう言って微かに笑った。
越前は、言われなくても俺はアンタしか見てないよ、と言って切原の首に両手を回した。


「…俺だってお前のことだけ見てるよ」
「そう?」
「そうだよ。そう見えねぇ?」


切原は不服そうに言った。
その口唇をまた軽く塞いで言葉を紡ぐ。



「…あんたのこと愛してる」

「あんたを独占したい」


子供みたいなこと言うなよ、と切原はさっきと同じことを言って笑った。


「…子供だもん」
「こんな時ばっかガキぶんなよ」
「…だって子供だもん」
「てゆーかもう独占してるだろ?」
「…そう?」
「何だよ、自覚ねえのかよ」
「だってアンタが好きなんだもん」
「文法がおかしいぜ?」
「―国語は苦手なの。」


息が苦しいくらい強く抱き締められて、切原はちょっと笑った。
自分にも、あの真田にも涼しい顔(というほどでもないけど)して勝った彼が、こんな風に蚊が泣くみたいな声で自分に好きだと言って余裕のないところを見せているのは酷くイメージと違って、でも嬉しかったりする。



「…俺は、最初はジョーダンかと思った」
「は!?」
「だって、お前が俺のこと好きなんて信じられなかったし」
「…」
「でも俺は、お前のこと好きだったから嬉しかった」
「切原さん…」


越前は目をチカチカさせて、熱でもあるの、と聞いた。


「だって、お前が俺の言うこと信じないから。」
「信じてないわけじゃないよ。ていうかいつから好きなの?」
「えー?お前は?」
「俺?試合した時かなぁ…良く覚えてないけどアンタ見てて凄い興奮したのは覚えてる」
「俺も試合した時からだと思うけど。お前とやるとゾクゾクすんな。」
「試合?エッチ?」

どっちも!と切原は笑った。
余りにも無邪気な笑顔で、越前はたまらなくなってまた切原の口唇を塞いだ。


「…俺、アンタの翼を折った気でいたんだ」
「ふーん。」
「カンチガイだったみたい。」
「そりゃそうだろ」
「羽の折れた鳥だったら、俺のものになってくれるかなって」

ケーベツする?と越前は聞いた。
切原は笑って首を振った。


「だって俺も副部長も、お前の翼を折ろうとして失敗したんだからさ」
「…そーいえば」

勝ったから思わず忘れていたけど、潰されるところだったんだった。
(少なくとも真田にはそういう意図をもって襲いかかられていた)


「でも俺は、あの怖い人(真田の意)はともかくアンタにだったら羽を折られてもいいよ」

えー、ほんとかよー、と切原は言った。


「でもそれは俺も(笑)」
「えー、意外。」
「お前にだったら羽切られても何されてもいーよ。」
「そういうこと言うとホントにするよ?」

やれるもんならやってみれば、と切原はけらけら笑った。


「お前の籠の鳥かぁ。悪くないかもな」





―翼を切って、鎖で繋いで、籠に閉じ込めて。
朝も昼も夜も、春も夏も秋も冬も一緒にいられたら、それはとても不健全だけれど酷く幸せなことなのだろう。
でも彼を愛してるからそんなことはしない。



―鳥は空を飛ぶのがいちばん幸せなのだ。






□追記(しかないけど)
これも昔書いた話。延々拍手にry
ちょ、もはやこのときのコメントが何にも残ってないんですけど!ww
他の小説は何とか日記とか下書きのメモ帳とかに当時のコメントが残っていたのだがこれだけはなかったww
拍手に小説なんか置くもんじゃねーな。
もう面倒なので拍手そのまんまですいません。センタリングを直す気にもならんw(おま)
それにしても言いたいことは判るがもうちょっと上手く書けなかったのかというかw
しかも私はこういうテーマをジャンル問わず常に書いてる気がする…(鬱)
061008


ブラウザバックプリーズ