act16


 ―というわけで、本意ではないけれど今日は石田雨竜の父親である―竜弦の病院にやってきた。一護の家の病院と違って、色々な科に分かれている大きな病院だ。
 午前中は一護が大学だったので、昼から交替して病院へと向かっている。別にわざわざ自分がこの足で行かなくても一護が行って、診てもらう時だけ交替すればいいのに…と思うのだが、どうにも一護も恋次も自分を外に出したくて仕方ないらしい。これは言わないが、一護なんか出したがるくせに心配ばかりするのでちょっと困ってしまう。


「…めんどくさいなぁ」
『でも浦原さんの話と違う結果が聞けるかも知んねーぜ?』
「まーそれはあるけど…今度はいろいろ、ちゃんと自分で聞くよ!」
『少しママの自覚が出てきたな(笑)』
「ちょ…!変なこと言わないでよ!!」

 前に浦原に妊娠を告げられた時はあまりにも動揺してただハイハイと頷いているだけだったが、冷静に考えてみたら聞きたいことは山ほどあるのだ。ちゃんと質問することは昨日メモして来たし、今回はちゃんと冷静に聞ける…はずである。


「―白ちゃん?」
「あ、うりゅ…」

 一護と話しながらそんなことを考えていると―病院のロビーで雨竜に声をかけられた。彼は一護と同じ大学の医学部に通っているから(一護は浪人したので学年は違うが)、父親の病院には良く来るのだろう。
 こんな大きな病院だけれど、今はお昼の休診時間でロビーに人はいない。霊体の自分たちと人間の雨竜でも周りの目を気にせずに話が出来る。


「黒崎に聞いたよ。―‥その…」

 そう言いながら雨竜は自分と合わせていた目線をゆっくりと下に下げた。横にいた恋次が石田!セクハラ!とか怒鳴っている。

「ぅん…そうなんだって…。俺はまだ半信半疑なんだけど」
「でも、良かったね。おめでとう」

 雨竜はちょっと笑って、軽く頭を撫でてくれた。―そういえば今の今まで忘れていたが、赤ちゃんが出来るというのは『おめでた』と呼ぶくらいおめでたいことなのだ。
 ちょっと複雑な心境だったけれど、おめでとうと言われたからには…とありがとう、と返事をした。

「石田!触るなってば!」
「うるさいなぁ阿散井…竜弦に診てもらうんだって?」
「うん、浦原が自分より詳しいからって。」
「アイツ、腕は確かだけど人をからかうのが好きだからね。くれぐれも気をつけなよ」
「わかった、ありがと」

 じゃあね、と雨竜は手を振って玄関から出て行った。


「ホント石田はいつもムカつくやつだな…」
「雨竜はいい人だよ。恋次はなんでイチイチ雨竜につっかかるの?」
「それはなぁ、おまえや一護にベタベタするからだよ!!」
「あ、なるほど…」

 …なんだか物凄く納得してしまった。


「浦原さんがトクベツに予約取っててくれたからな、面倒な受付も長い病院の待ち時間もスルーパスってわけだ。っていうかそもそも今は霊体だけどな。えーと…第一診察室と…」

 恋次が得意げに笑って診察室の場所を探す。
 竜弦はこの大きな病院の院長であるので―診てもらえる機会は本来ならそうそうないはずなのだが、今回は特別枠だ。病気ではないのだから自分ではなく他の患者さんを診てあげた方がいいと思うのだが―‥まぁ多分これ一度きりのことであろうのでいいか、と思い直した。



*

「こんにちは、白ちゃん。はじめまして」
「あ…ど、どうも。はじめまして…」
「とりあえず座って?」

 診察室に入ると―雨竜の父親とは思えない満面の笑顔で竜弦がニコニコと挨拶をしたので、こちらもペコリとお辞儀をする。
 この人は真性の医者であるし自分とはこれが初対面だから―たぶん、女の子の患者さんを相手にしているような態度に自然となっているのだろう。確かに、今の自分は誰がどこから見ても女の子であるのだから仕方がない。


「…ちょっと、タンマ。」

 椅子に座った途端、いきなり一護の声になったので竜弦は目を丸くした。―予想はしていたが、一護が釘を刺しに出てきたのだ。


「なんだい黒崎くん、いきなり出てきて。キミを診る約束はしていないよ」
「誰が診てもらうか!俺が出た途端手の平返しやがって!」
「ふーん…いつもの死覇装の黒崎くんだね。交替すると勝手に服もカラダも変わるんだ、すごいねぇ」
「別にすごかねーよ、霊体だから当然だろ。それよりアンタ、医者だからって白に変な真似したら…」
「―黒崎くん。」

 竜弦はスウと一護に手を伸ばした。

「キミももう大学生なんだから目上の相手には敬語を使いたまえ。それから…私はあの子と話をしていたのだから…」


 ― 引 っ 込 ん で い な さ い 。


 竜弦の指がピン、と軽く一護の額を弾いた―‥と思ったら自分の目の前に竜弦の指先があった。無理矢理交替させられたらしい、と気付くのに数秒かかった。
 死神状態の一護を相手にこんな真似が出来るなんて確かに凄い人である。―とはいえ、このくらいはたぶん浦原にだって出来ることだろう。やらないだけだ、あの人は。


「ごめんね、痛かったかい?」
「い、いいえ…すいません、一護が…」
「いやいや。男の子はあのくらいがいいかも知れないね。ウチの雨竜も黒崎くんくらい男らしいといいんだが。」
「雨竜は優しいし、男らしいですよ」
「ウチの息子をフォローしてくれるのかい?キミは優しいね。どうだい、今からでも遅くないから雨竜のお嫁に来ないかい?アイツと来たら、尸魂界の女の子と結婚したいとか言い出すんだよ。ホントにもうどうしたらいいんだろうねぇ」

 ―雨竜と彼女との結婚の件はともかく、こちらは既に子供までいる(らしい)のだから激しく遅い気がする…

「ちょっとオッサン、あんまり調子に乗ってると斬るぞ?」

 一護に負けず劣らず血の気の多い恋次が後ろから脅しをかける。―と言っても、恋次の敵う相手ではないだろうが。


「まぁ阿散井くんもああ言ってることだし…そろそろ本題に入ろうか?」
「は、はぁ…」
「じゃあ悪いけど、阿散井くんは待合室で待っていてくれたまえ(キッパリ)」
「ちょっと!また俺追い出されるのかよ!!何のために俺がついてきてると…アンタみたいな変態医者から一護を護るためだろうが!!!」
「心配しなくてもなにも変な真似はしないよ。女の子が診察されるところを見たいのかい?ここにいる方がセクハラでマナー違反だろう」
「ちょ…アンタ!一護の服脱がせたりしたら一護に殺されるぞ!!」

 …相変わらず自分のことも一護のことも『一護』と呼ぶので、非常にわかりにくい状況になってしまっているが―恋次も竜弦も気にしていないようだ。


「病院をなんだと思っているんだいキミは。ここはね、現世で唯一何の障害もなく誰の服をも脱がすことの出来る場所だよ」
「ア…アンタ!やっぱり変態医者だな!!」
「まぁいい、とにかく絶対に変な真似はしないから出て行きたまえ。それともこれで無理矢理追い出すこともできるが…」

 竜弦はにこやかに笑いながら―自らの武器、滅却師の弓らしきものを取り出した。








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