act15


「…俺、今まで戦いが怖いなんていちども思ったことないんだけど」

 眠る前に、パジャマ姿の虚がぽそりと言った。
 最近では慣れてきたのか、タンスの中にあるパジャマをとっかえひっかえ洗濯しては順番に着ている。なので好みの服はこっそり忍び込ませておけばそのうち着てくれる。
 最初はあんなに嫌がっていたフリルのキャミソールも今は拒絶したことも忘れているのかそれとも気にしていないのか、ちゃんと着てくれている。多分単に着ないともったいないと思っているのかも知れない…。


「…それは知ってるよ」
「俺だってコワイことがないわけじゃないよ…昔はいちごに触られるのもちょっと怖かったし、いちごに愛されるのが怖いって思ったこともあったし…」
「なんか俺絡みばっかだな…」
「そりゃそうだよ。いちごは俺の王サマだし…好きなヒトがいちばん怖いもん」

 擦り寄ってくる小さなカラダを抱き締める。それでも、今こうしているだけでどれだけ自分が幸せかなんて―この子はたぶん気付いてもいないのだろう。
 昔のこの子は―間違っても自分から寄って来たりしなかったのだ。

「でも戦うのが怖かったことはないな…いちども。ホントに怖くなっちゃったりするのかな」
「わかんねーけど、それは自分のカラダが変化してから考えればいいじゃん。もしおまえが戦えなくなっても俺がずっとおまえを護るからさ…」
「前から思ってたけど、いちごはなんでそんなに護る護るって言うの?」
「そういう性格なの。大事なヒトは俺の手で護るってずっと決めてるんだ」
「マ、ホントに戦えなくなったらの話だけどね…正直俺もわかんないよ。今でもわかんないことだらけなのに…」
「いーんだよ、それで…」

 こういう関係になってもう随分長い時間が経ったけれど、その決意だけは昔から少しも変わっていない。―そう、ずっと自分がこの子を護るって。





*

「まぁ、ちょっとくらいなら激しく動いたってどうこうなるってことはないと思いますけど。あんまり危ないことはやんないに越したことないでしょうねぇ。」
「…だよなぁ」
「運動はともかく戦闘となると、物理的なダメージはヤバイですから。まぁあの子がそこらへんのザコに一撃でも食らうとは思えませんが…」
「それは俺も思うけど。万が一ってこともあるし、もしそうなったら取り返しがつかねーからな…」
「その通りですね。期間は短いですけどその辺はふつーの妊婦さんと一緒ってことですよ。子供はあの子の子宮にいるわけですから」
「つまりちょっとくらいの運動ならOKってことか…でも白は殺し合い以外興味ねぇんだよな」
「でしょうねぇ。ガマンしてもらうしかありませんね」

 翌日に浦原を訪ねて聞いてみると、まったく予想通りの答えが返ってきた。

「ついでに、いちおー聞いとくけど。俺がどうなっても中の白には影響ないんだよな?たとえば、俺がケガしたりしても…」
「それに関しては黒崎サン、今までの経験からわかってるでしょ。アナタがケガしてあの子に影響あったことが一度でもありますか?」
「いや、ないけど。一応心配になって…」
「あの子は精神体ですからね。しかも完全にアナタの奥にいますし。アナタたちは内側にいる方が核みたいな構造になってますから、アナタがこっちに出てる限りは直接関係ないですよ。アナタが死なない限りはね…だから」

 浦原はチラリと自分を見ると―視線をゆっくりと下ろした。

「…そんなに、ベルトゆるゆるにしなくても大丈夫ですよ」
「う、うるせぇな!そんなことばっかり目敏く気付きやがって…」

 慌ててベルトを締め直す。まぁベルト緩めてるなんてあの子に気付かれたからまた激怒するだろうから良かったのだが…ニブイあの子が果たして気付いたかは不明だ。


「勿論、あの子が表に出る時は気をつけてあげてくださいね?」
「恋次を張り付かせとくから(たぶん)大丈夫。それより、運動したいって聞かなくてさ…」
「ほほー。困ったママですねぇ」

 運動と言っても、あの子の場合は喧嘩とか戦闘とか―もっと言うとそのへんにわんさか涌いているワルイ虚を皆殺しにシタイとかそういう意味だ。もちろん浦原もそれはわかっていてニヤニヤと笑った。

「あんまりこんなこと言ったら、今度会った時に殺されかねませんねぇ」
「俺と違って、白はこっちの話あんまりちゃんと聞いてないから大丈夫だと思うけど」
「そうなんですか?」
「俺よりずっと内側にいた時間が長いからな。俺とは慣れ方が違うし、外のこと気にしてたらキリがないってさ。…そのへん、俺は反省すべきだよな」
「まぁ、アナタたちは時間をかけて良く頑張りましたよ。あの子を外に引っ張り出せただけでもいいことですから。…それより黒崎さん、そろそろ学校行かないと留年しますよ。せっかく医学部に入れたのに」
「わかってるよ。まー留年しても取り返しはつくからな」
「そりゃ取り返しはつくけど、学費払うのは親御さんですよ」
「それもわかってるって!俺がこっちにいる時は出来るだけ授業出るよ」
「だいたい、アナタ医大生なんですからアタシにばかり聞かなくてもちょっとはわかるでしょう?」
「うるせーな!念のために聞いてるんだろ!それに白は人間じゃねーし…」

 …だんだんお説教モードになってきたので、慌てて話題を変える。


「でもさぁ、そのうち戦いたいなんて気もなくなるんじゃねーかって思ってんだけど…」
「どうしてですか?」
「だって子供がいるんだぜ?白はなんだかんだ言って優しい子だから、自分の中にいる子供を危ない目に遭わせたりしないと思うんだよな…」
「…」(あえてツッコまず)
「まーエッチもしないとか言い出すかもしんないけどさ。それは俺がガマンすればいいことだし」
「え〜?ガマンとかできるんですか?黒崎サン」
「失礼なこと言うなよ。まぁおまえが目の前にいればひとりでも全然やれるよって言ったら拒否されたけど」
「そりゃそうでしょ…。あんな処女みたいな子にオナニー見せるなんてありえませんよ。やるんならこっそりトイレでしてください」
「アンタつくづくムカつくやつだな…」
「そうそう!石田さんのお父さんも是非診てみたいって言ってましたよ」
「(逃げた…)あのなぁ、人のかのじょを珍しいものみたいに…白は天然記念物じゃねーんだぞ!」
「そう言わないで下さい。専門家ですからアタシよりは詳しいですよ」
「そりゃそうだろうけど。まぁ石田にも言ってあるし心配しなくてもそのうち行くよ」
「黒崎サンのお父さんには診ていただかないんですか?」
「…オヤジには、最後に診てもらうよ。白も緊張するだろうし。」
「会ったことはあるんですよね?」
「いっしょに飯食ったりはしてる…。白のこと話したのはこの間が初めてだけど、ずっと俺の中の白の存在には気付いてたみたいだから…オヤジにとってはずっと娘みたいなもんだったと思うんだ。ある意味、俺に取られて逆に複雑かもしんねーな。差別しすぎなんだよ、あのオヤジ。」
「それを言うならアタシにとっても娘みたいなもんですよ。…まぁあの子には黒崎サンしかいないってみんなわかってますって。」

 浦原がそう言って笑うので―癪だけど少し安心した。






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