act14


 ずっと三人仲良くやっているとはいえ―これまで嫉妬もしてきたし、全員が多少なりともそれを楽しんでいるような部分もあったと思う。恋次も言っていたとおり―嫉妬することで更に気持ちが盛り上がっていたというか…そういうプレイの一種みたいな感覚だったのかも知れない。
 けれどそれは今の状況ではあまり賢明ではないというか―反省すべき点かも知れなかった。
 これから先恋人という関係だけではなく家族になる以上―この子や、生まれてくる小さな子供を不安にさせるわけにはいかない。…幾ら恋次がどんなに挑戦的なことを言いながら―この子を抱き締めたり口付けたりしたとしても。(思い出すとやっぱり嫉妬してしまうのだが。)
 この子の言葉で、思わず真剣に反省してしまった。


「そうだ…あんまり恋次を困らせんなよ?」

 けれど同時に先程のことを思い出してそう言ったら、ソファーの上の虚は途端に口を尖らせた。

「一秒前までヤキモチ焼いてたくせにもうそんなこと言うの?ほんといちごって、勝手だよね〜」
「…それはそうだけど。おまえもさぁ、たった十日で根を上げるんだから大概だよな」

 もちろん、戦闘のない生活なんてガマン出来ないとこの子が恋次にマジギレしていたことだ。

「だって、趣味を制限されちゃストレス溜まるもん」
「他に趣味はねーのか?」
「な・い!って言ったでしょ!!つか、そのくらい俺を見てればわかるだろ!!」

 …たしかに、見ていればわかるが。
 逆鱗に触れたというか―その話題になった途端、格段に機嫌が悪くなった。とにかく不満で仕方がないらしい…。

「まぁまぁ…そう言うけどさ、おまえだってそのうち怖くて戦えなくなるかもよ?」
「は?なんで?」

 虚はますます眉を吊り上げた。
 この世の中に自分より強い存在なんて何もないと―この虚はいついかなる時でも本気で思ってる。―そう、生まれてからずっと。怪我をしていた時だって、自分に組み敷かれている時だって―今、こうやって話をしている最中ですら―たぶんこの子はそう思っている。
 けれど―これからこの子は今まで知りもしなかった領域を迎えることになるのだから。


「だっておまえさ、まだ自分の中に子供がいるなんて実感わかねーだろ?」
「…うん。」
「でも浦原さんが言ってただろ?そのうち自分でもわかるって」
「うん。けどそれが何?」
「自分の中に別の―しかも小さい子供の命があるなんて思ったら、いくらおまえでも怖くなって戦いなんかできねーかも。」

 そう言ったら虚はほんの少しだけドキッとした顔をした。

「えっ…。そ、そうかなぁ…」
「おまえがそうなるとは限らないけどさ。何しろ母親ってのは別の生きものだから、絶対ならないとは言い切れねぇぜ」
「べ、別の生きもの?そうなの?」
「そうだよ。殺し屋の女だって子供が出来たら銃も持てなくなるんだから。逆にフツーの女でも子供のためなら人殺しにもなれるんだよ」

 いささか極端な例だが―フィクションの世界ではそういうこともあるのでとりあえずそう言っておいた。

「でもさ、それは人間の女の例でしょ?俺は女じゃない…っていうかそもそも人間じゃないし、そういうフツーの人間みたいなことにはならないかも…」
「ま、どっちにしろもうすぐわかるさ。その時になってもまだ戦いたかったらちゃんと考えてやるよ」
「…。」

 白い虚はむっと頬を膨らませたけれど、すぐにハッとして自分の顔を見上げた。


「そか、いちごのおかーさんもいちごをかばって死んじゃったんだよね…」
「…あぁ。」

 あの時まだこの子は精神世界に生まれてもいなかったけれど、自分の心の中にずっと根付いているあの悲しみや悔しさは十分伝わっているのだろう。
 虚がちょっと目を伏せると(カラダが変化したせいで)益々長くなった睫毛で金色の瞳が完全に隠れてしまう。まるで月が雲に隠れてしまうみたいに。―もったいない、とぼんやり思った。
 やっぱり何年経っても―この子に悲しい顔はさせたくない。
 ソファの隣に腰を下ろして抱き寄せると、虚がポソッと呟いた。

「そーゆーおかーさんに俺もなれるのかなぁ…」
「なんなくてもいーよ」
「ちょ…いちごは言ってることが矛盾してるよ!」
「いいの。おまえがそーゆーことしなくて済むように俺がいるんだから。」

 これは本音だった。―この子を死なせるようなことがあるとすれば自分が死ぬ時と―ずっとそう決めているのだから。

「…俺はおまえを護る為に生きてるんだよ」
「ちょ、ちょっと待って、そんな大層な話だったっけ?」

 キスしようとしたら虚はそう言って自分を押しのけた。昔と違って簡単に好きなようにはさせてくれない。
 昔と言っても、本当に自分がこの子を好きなように出来たのは怪我をしていた時だけで―それ以降はとてもそんな簡単にはいかなかったけれど。(一度その気にさせてさえすれば少女のように他愛がないのも事実だが)


「でもさぁ…それじゃあ、もしかしたら俺エッチもしたくなくなるかもよ?子供に悪い〜!とか言って。」
「うん、それもありえるな」
「意外と冷静だね。そしたらいちごどうすんの?」
「どうするもなにも、おまえが嫌なことはやんねーよ」
「嘘ゆーなよ。いちごみたいな絶倫が…」
「色々と失礼なやつだな。ホントだよ、だって俺おまえが目の前にいるだけでじゅうぶんひとりで抜けるもん」
「!?」

 当然ながら―虚はそれを聞いてものすごく嫌そうな顔をした。

「なにそれ!!俺にひとりえっちを見てろって言うの!?」
「別に見てなくてもいいよ。嫌ならよそ向いてても。(そりゃ、見ててくれた方が興奮するけど…)」
「よ、余計イヤだよ!!!」

 また怒り出しそうな虚を抱き締めて―今度こそ口唇を塞いだ。小さな舌を絡め取りながら奥まで深く味わうけれど―恋次とシたばっかりのこのカラダをいきなり抱いたりはしない。やはりいくら害はないと言っても、妊娠中にそんなにセックスばっかりするべきではない…と思う。


「柚子のメシ食ってきたんだっけ?こっちにも作ってあるけど…食べる?」
「食べる…けど。ヤキモチ焼いてもがっつかなくなったことだけは褒めてあげるよ。そこんとこ恋次とは違うかもね」
「そりゃどーも…」






091120UP


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