act12


「こんなに買ってどーすんだよ!永遠に女ってわけでもないのに!」

 白い虚は道の真ん中に仁王立ちして―実に出かける前よりご機嫌ななめのご様子だ。
 荷物を腕いっぱいに抱えて―いるのは勿論自分の方で、この子は手ぶらである。
 この虚は己の服を選ぶ気などまるでないようだったので、連れて行った店で自分と店員が選んだのだが―店員と一緒になってとっかえひっかえ、お人形のように着せ替えたことがよっぽど気に入らないのだろう。
 こういう怒り方は少しだけルキアに似ている。


「…あれ?そうだったっけ?」
「とぼけんな!浦原も言ってただろ、産んだら元に戻るはずだって!」
「まぁ戻ったら戻ったで、ルキアとかにやればいいじゃん」
「そういうことじゃなくって…ったく、あんまり無駄遣いすんなよ」
「なんだよ、俺の財布を心配してくれてるの?」
「違う!こういうしょうもないことに金を使うなって…!」

 ちっともしょうもないことではないと思うのだが、言い返すと百倍になって返ってくることは明白だったので黙っていた。
 こんな状態で一日中怒ってばかりいるけれど、なんだかんだ言って自分の懐に気を使ってくれているのも事実だ。(…多分)
 まぁそんなに高い服は買っていないし、スカートでは落ち着かないというこの子の希望を聞いてGパンやショートパンツも購入したから許して頂きたい。
 どちらにしてもあまりウエストを締めつけないような服の方がいいんじゃないかと思うけれど―まぁ、まだ大丈夫かな…と、虚にバレないように無駄な肉などまったくついていない腹部をチラッと見た。こんなことを言おうものならまた烈火の如く怒るだろう。


 夕方の駅は帰宅する人々でごった返している。
 霊体であれば瞬歩なり何なりですぐ帰れるのだが、今は人間として義骸に入っているのでそうもいかない。

「ほらぁ、義骸なんかで来るから…」

 駅のホームに並んでいる長蛇の列を見て虚はうんざりしたように言った。
 この子の棲んでいる一護の世界は広いし、人はいない。斬月や虚なんかもいることはいるが―当然ながら数なんて限られている。尸魂界に慣れた自分でもうんざりするから、この子は今まさにそんな比ではないくらいうんざりしているのだろう。
 何とか電車に乗り込むと、後ろから更にすごい人の波が乗り込んできてぎゅうぎゅうと押された。
 行きは平日の昼間だったから全然混んでいなかったのだが…この時間ともなると膨大な数の帰宅者で電車に乗るだけでもやっとだ。
 一護だったら、こんな電車にこの子を乗せるくらいなら歩いて帰る!とかタクシーを使う!とか言いかねない。
 確かにもう一本遅らせるか普通列車に乗り換えるべきだったかも…と発車してから思ったが、まぁ時間的にどれに乗ったところでそんなに変わらないだろう。
 この子から目を離すなとか誰にも触らせるなとか一護はいろいろと恐ろしいことを言っていたが、この満員電車では―前者はともかく後者は不可能に近い。
 まぁ、要は誰にも触らせなければ良いのだ―と思い、恋次は小さな虚をぎゅうと抱き締めた。

「な、なんだよ電車の中で…!」
「いや、痴漢とかいたら危ないし…」
「…」

 空気を読まない自分の発言に、周りの人々が白い目でこちらを見た。痴漢なんかするかというか、ただでさえ暑苦しい満員電車で何をやっているんだこのバカップルと言いたげな視線が自分たちに突き刺さる。
 まぁ、自分は死神でこんなところで誰にどう思われたところで気にならないし―当然、虚のこの子はもっと気にしなかった。


「それにしてもすげぇな〜、この人数みんな殺してやったらスッキリするだろうな」
「ばばばか!!!」

 さすがに今度はもっと沢山の人に睨まれたが、虚が気にしている様子はまったくない。
 一護は心配ばかりしていたけれど―元々この子はそういうタマではないのだ。むしろ他の人間の方が危ないくらいだ。
 こんな若い女の子が…世も末だ…という雰囲気になってきたので、恋次はムリヤリ話題を変えた。


「次の駅でちょっとは減ると思うからさ、おまえ席譲ってもらえよ?」
「…?なんで?」
「だって、妊婦さんには席を譲れって…」

 電車内の張り紙を指差して言うと、周りはザワッとざわめいた。
 こんな子が母親とは恐ろしい…!というさっき以上の視線が一斉にこちらに注がれている―が、相変わらず虚はまったく気にしていない。…たぶん気付いていないのだろう。

「へーきだよ。むしろご老体の恋次が譲ってもらった方がいいんじゃないの」
「失礼なやつだな…じゃあ俺が抱っこしといてやろうか?」
「バカなこと言うなよ!ほんと義骸なんかで来るんじゃなかった…!!」

 さすがにこの辺の会話になると、満員電車にもかかわらず自分たちの周りからは人が引いていた…。まぁ結果的にボディガードとしての役目は果たせたのでいいことにする。


 ようやく最寄り駅に着いたので、足早に駅を抜け出して家に向かう。気分転換どころかむしろ逆効果という勢いではあったが―まぁそれでも今までよりデートらしいデート(?)が出来て楽しかったし、本人も何年か経てばもっと丸くなっていい思い出になっている…かもしれない…。(ならないかも知れないが…)
 確かに割と長く生きている自分は、この子の言う通り気が長くなりすぎているなぁ…と恋次はぼんやり思った。


『ビー!』

 ―と、その時恋次の携帯が甲高い音で鳴った。どうやら近くに虚が出たらしい。


「虚っ!?」

 白い虚は金色の目を輝かせた。本日いちばんいい笑顔、という感じである。

「やった〜!たまにはこういうこともないとな!」
「…んー、井上とルキアが向かうそうだ。あいつらふたりで十分だろ」
「えー?俺たちも行こうよ〜」
「ダメ。おまえは戦えるカラダじゃないだろ」
「俺は病人じゃねーっての!!女二人にやらせる気かよ!!」
「おまえも女の子だろ。しかも妊娠ちゅ」

 最後まで言う前に頭をグーで思いっきり殴られた。この子はもともと一護よりも力では劣るし、今は女の子なのでそんなに痛くはなかったが―それでも手加減しないで殴ったことが伺える。

「―恋次、それ以上ゆうんならもういい子になんてしてやんないからな!」

 今までも十分悪い子だったような気もするが―この子的には精一杯の妥協だったようだ。


「一護はともかく、恋次なんかいつでも斬って逃げられるんだから!」
「まぁまぁ…ママが物騒なこと言うなよ」
「…ままままままママだと!???」

 言い争っているうちに、また携帯がピピピと鳴った。


「ルキアからだ。片付けたみたいだな。まぁホラ、おまえは雑魚とやったってつまんないだろ?」
「…」

 虚は遠い目で肩を落とした。


「…どのくらい経ってる?」
「?」
「だから、俺が女になってから…」
「十日くらいじゃねーかな、たぶん。」
「ってことはあとニヶ月と二十日もこんなにガマンしないといけないの…?ストレス溜まるよ!こっちの方が子供に悪い!」

 ―まぁ確かにそれも一理あるとは思うが…母親がぐるぐる斬月を振り回すのも子供(の教育)に悪い気がした。









091113UP


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