act10 「疲れたからちょっと寝ようかなぁ…いちごどーすんの?戻るの?」 布団にもそもそと潜り込んだ虚は大きな目で自分を見上げるとそんなことを聞いた。 「今戻ってもあいつらに何言われるかわかんねーし…朝までいるよ」 「いーけど、俺寝るよー?」 「今朝早かったし俺も寝たい…起きたらまたエッチするしなv」 「あそ…」 「…ところでおまえ、他に服もってないの?」 「はぁ?」 突然そんなことを聞いたので虚はまた変な声を上げた。 ここでこの子が着ている服は下着の他は死覇装しか見たことがないので、多分あれしか持っていないのだと思う。 自分もここに来る時はいつも死覇装だし、今までそれで困ったことはなかったし、ついでに自分と一緒に寝る時は必然的に裸…なので、今までは特に服なんて話題にも出たことすらもなかった。 でも今は…いくら抱いて寝ているとはいえ妊婦さんが風邪でも引いたらコトだと思ったのだ。 「いや、冷えたりしたらカラダに悪そうだし。パジャマくらい着て寝た方が…」 「ぱじゃまぁ〜?」 当然かも知れないが、いかにも嫌そうだった。この子は元々戦闘しか興味がない性格だし、なにしろ存在自体が人とかそういうものを超越しているので、たまにこういう人間っぽいことを要求すると違和感があるのかあまりいい顔はしない。 まぁ今まではこの子の生活にほとんど口を出したことなんてなかったけれど、やはりこの小さなカラダの中に子供がいるとなると… 「要らない、いちごと一緒に寝て寒いと思ったことないし。」 「だってお腹冷え」 「ちょっと!下痢じゃないんだから!!」 しつこく言―‥おうとしたのだが、虚が眉を吊り上げて制止したため最後まで言えなかった。 「まぁとりあえず、ホラせめて下着着て」 「…」 すっかり全裸で寝るクセがついていたので、虚はまた眉を顰めた。 さっきまで着ていたものは洗濯機に放り込んだので、この子を待っている間にバッチリ揃えておいたものをクローゼットから取り出す。 被っていた布団を剥がして、白い生地にイチゴの柄が入ったブラとパンツのセットを渡してやると―虚はちらりとそれを一瞥してさらに不機嫌な声を上げた。 「…なんでイチゴ柄なの」 「似合うと思ったから。おまえは柄なんかどうでもいいだろ?」 「確かにどうでも…いいけど…なんか違うような…」 「自分で着れる?俺が着せてやろーか?」 「あーいい!自分でやる!!」 いい加減ウザイと思ったのか、自分が手を伸ばす前に虚はバッと下着を取り上げてしまった。 もちろんパンツはすんなり足を通したけど、さすがにブラは慣れないのでホックに悪戦苦闘している。―まぁこの子が自分の手なんか借りないことは最初から判っていたから、この様子が見たくてわざと後ろホックのブラにしたことは言うまでもない。 「はー、めんどくせー‥」 まぁ不器用な子ではないので(料理の腕はともかくとして)、少し格闘したらバッチリ装着出来たようだ。白い肌にイチゴ柄の下着はとても映えてかわいらしい。 「なにニヤニヤ見てんだよ」 「いや、かわいいなぁと思って…」 「…」 さっきも同じことを言ったのでさすがに呆れているようだ。 「じゃあパジャマも出すからv」 「結局着るの?…イチゴ柄はやめろよ」 虚は真顔で釘を刺した。 「イチゴは嫌なの?似合ってるのに。じゃあこういうのとかは?」 段々になったフリルのキャミソールとレースのついた短パンのセットを出して、虚の目の前に広げてみる。女の子の部屋着―というようなイメージで、ルキアや井上が普段着ている服なんかを思い出して出したものだ。―が、虚は勿論気に入らなかったようで―殴りかからんばかりの勢いで自分の胸倉を掴んだ。 仮にも彼氏に対してヒドイ、というか―殺されるんじゃないかと一瞬本気で思った。 「さっきからなんでこんなんばっかなんだよ!!」 「だって、女の子だし…」 「女じゃないってば!!…いやたとえ女だったとしても、フツーのTシャツにジャージとかでいいだろ!!」 「お、落ち着け、わかったから首を絞め…な…」 本気で首を絞められたので細い手首を叩いてギブギブ、と訴える。 「わかったよ、つまりあれだ、…スウェットみたいなのならいいんだな?」 「あー…うん、スウェットならいいよ。」 何とか妥協してくれたようなので、スウェットを想像してみる。 思わずひよ里のジャージ姿が頭に浮かんだので、あれよりもう少しかわいげのあるものを…と思ったらピンクのふわふわした生地の上下セットが出てきた。 パジャマ代わりだからか半袖に短パンで動きやすそうだし、ふわふわして肌触りがいい割に薄手なので寝る時もごわごわしないだろう。―こういう融通が利くところは、精神世界のいいところだ。何も考えなくても、この子に―と思うだけでサイズぴったりなところとか。 …まぁたまに効きすぎる面はあるようで、胸のところには小さくイチゴの刺繍もしてあった。 「…」 さっきよりはマシなのか首は絞められなかったけれど、色が気に入らないのかまだ眉間に皺を寄せている。 「言っとくけど、こういうの細かく想像して出してるわけじゃねーからな!おまえに似合う、かわいげのあるスウェット…って想像したらこういうのが…」 「あー、わかったわかった」 虚は渋い顔をしながら、いかにもしぶしぶそれに袖を通した。 「…色はともかく、着心地はいいな。」 「なら良かった。でもさっきみたいなやつもかわいいだろ?たまにでいいから着てみろよ」 さっき拒否されたキャミソールのセットをクローゼットに仕舞いながら言ってみると、虚は溜め息をついた。 「いちごはなんでそーゆー頼み方しか出来ないの?着て欲しいんなら着て欲しいってハッキリ言えよ」 「着て欲しいって言ったら着てくれるの?」 「着て下さいって土下座するんなら考える。」 「…そう言われてみれば確かに、俺は自分がおまえにかわいい服着せたかっただけなのかも知れないな。」 「今頃!??気付いてなかったの!??」 「でもまーそれを抜きにしてもおまえはほんとにナマイキだな、王に対して暴言だし乱暴だし。」 すっかりパジャマ姿になった虚を軽く抱き締めて耳元で言ってやる。 Tシャツでもジャージでも何でも―この子が着ればかわいいし、自分は別にそんなに服とかにこだわりがある方でもないが―どうせなら虚を現世に出した時なんかに見慣れている男の格好(というか自分の服だが)よりも、こういう格好を見たいのが男というものだろう。 確かに自分はこの子に色々着せたかったんだなぁと今頃になって気付いた。 「そーでもないよ。何だかんだ言っていちごの言うとおりパジャマなんか着てあげてるじゃん。ほんとは要らないのに、服なんて。死覇装ですらジャマなくらいだよ」 「え、マジで!?ホントは裸がいいの!?」 「ハダカがいいっていうか…だって俺霊力だよ。余計なものはなんにも要らないようにできてるの。こんなカタチをしてるだけで中身は生き物とはぜんぜん違うんだから。…あぁ、それで子供が出来るよーなことになったんだったっけ。」 虚はイヤミったらしく言った。 「…おまえの中身ってどんなの?」 「いや、知らないけど(キッパリ)。そりゃー生き物とは違うだろ」 「知らないのに言うなよ…。でもまぁ、おまえの中身は砂糖とかかもしれないな…」 「…なわけないだろ!ミョーなこと言うなよ!!」 「だって、おまえいっつも甘いから…」 「それは気のせいだってば!」 プリプリ怒った虚が―ついでに自分だけ服を着ているのもイヤだというので、自分用のパジャマも出して着用しつつ(ちなみにそれこそ普通のTシャツとジャージだ)―‥この子が精神体だというのであれば、中身がなんであれ砂糖とそんなに大差はないだろうとぼんやり思った。 なにしろ自分にはこういう甘いところはたぶん一切ないので―自分のかわいいところは全部この子に行ったのだ、きっと。 「一緒に寝るのに裸じゃないなんて初めてだな(笑)」 「だ、だからなんだよ!パジャマ着ろって言ったのいちごだろ!!」 ―こういう照れ屋なところは昔からちっとも変わらない。 |
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