「アーロニーロさぁ、こんなとこに来てえらい人からなんか言われないの?いちおう何だっけ…えすぱ…なんたら、なんでしょ?」
―その日、隣にいた真っ白い虚が思い出したようにそんなことを言ったことを覚えている。
とにかくこの子は色が白くて―自分も破面だから多少白くはあるが、この子はそんな比ではなく―上から下まで…肌や髪の色は勿論、背負った斬魄刀や着ている死覇装まで真っ白だった。
「俺が何しても何も言われねーよ。みんな俺には甘いから」
「…だから、聞いてんだよ」
白い虚は何を言ってるんだとばかりに眉を顰めて、自分の鎖骨のあたりの痕跡を指差した。
「コレをつけたヒトは、俺と寝てなんにも言わないの?って言ってんの」
「言わねーよ。ソレ込みで、甘いっつってんの。」
「…ふーん、ならいいけど」
「心配してくれたの?」
「違うよ!てめーみたいな下っ端が変なマネしたら殺されるんじゃないかって…」
「心配してんじゃん(笑)」
ここはだれか他人の精神世界で自分は偶然そこに迷い込んだだけなのだけれど、―そこにとても好みの子がいた。
顔も好みだったけれど―とにかく綺麗な顔に反したその底の知れない霊力がそばにいるととても心地良くて、出会った途端に気に入ってしまった。
―名前はなに?と聞いたのだけれど生憎そんなものはないらしい。その子は表に出ている人間の―詳しくは判らないが、つまりは霊力のカタマリみたいなもので―それがたまたま意思を持った…とかそういう話らしかった。霊力そのものなんだったら、そりゃあ居心地もいいはずだ。
まぁ彼の正体がどうとか、そういうことはどうでもいい。要はすっかりその子に惚れ込んでしまったということで―何度も訪ねて行って、関係を持った。
どうにも彼は自分が初めてだったようで―光栄ではあるが、付き合ってと言ったら好きな人がいるからとアッサリ断られた。ヤってから言うなよというか、好きな人がいるのにヤるのかよとか―色々言いたいことはあるけれど、まぁ少なくとも今この子を独占しているのは(ほぼ)自分だけなので気にしない。
…つもりだったのだけれど。
( サ ワ ル ナ )
「…(来た…)」
―まぁ、いつものことだ。
「…おまえさ、ゆうべ本命くんとやった?」
首や耳の後ろに残る痕跡を撫でながら聞いてみる。数は少ないが、自分が好んで触りそうなところばかり―まるでわざとそうしたみたいに。
「変な言い方すんなよ。…したけど。」
白い虚は歯切れ悪く返事をした。
「…一護は、俺が土下座する勢いで頼まなきゃ抱いてなんてくんないよ」
黒崎一護―それがこの子の、いわゆる表に出ている人格らしい。確か藍染が戦っている死神の中にそんな名前の高校生がいたはずだ。自分は会ったこともないけれど。
ここはその少年の精神世界らしい。何ゆえその少年がこんな世界やらこんな虚やらを自分の内部に作り出すハメになったのかは知らないし知ったことじゃあないが、つまりはこんなカワイイ子を自分だけの世界に閉じ込めておけるということで、ある意味羨ましくもある。
もっともこちらもどうしてそんな場所にに入り込んだのかは判らないが、まぁ自分はかなり素の虚に近いからこういう虚がゴロゴロしているようなところには入り込みやすかったのだろう。
この子は自分の主人格である黒崎一護のことが心から好きらしく、理不尽な片思いの話を何回か聞いた。
「…でも、何だかんだ言っていちおーすることはするんだな」
「多分、また反抗されたらめんどくさいって思ってんだよ。適当にエサやってれば大人しくしてるって」
「エサ…ねぇ…」
―自分と出会うちょっと前に、この子はそいつに成り代わって表に出ようとして失敗したらしい。
「イヤイヤやってるから、俺のことあんまり触ったりしないし。セックスっていうか俺が勝手にしてるだけ、みたいな…」
「ふーん…(触んない割に、俺が触りそーなとこばっか、先回りするみたいに、ね…)」
「…いっつも機嫌悪いし。」
「…。(それはおまえが俺とヤってるからでは…)」
黒崎一護がわざとやっているのか―それとも無意識なのかは知らないが、そいつに抱かれた後のこの子は彼の残留思念に覆われていて、それが結界というか…封印というか―とにかく黒崎一護の霊力に厳重に護られていて、とても触れたもんじゃない。(この子は全く気付いていないようだが)
元々虚に近い自分が不用意に触れたら浄化されそうなくらい―なにか神聖な魔法でもかけられたみたいに。
反抗して首についた黒崎の痕をちろりと舐めてみたら舌が切れたし、キスなんかしたら口唇が火傷して隠すのが大変だった。
そばにいるだけで―さわるな、と彼の声が嵐のようにこの耳に響いた。
さわるな、これは俺のものだ、触れていいのは俺だけだ…って、呪いみたいに。
「…本命くんさぁ、おまえが俺とこんなことしてるって知ってんの?」
「さぁ…。別に言ってはいないけど。一護は俺に興味ないから、知ってたとしてもそんなことどうでもいいんじゃないの?」
(…んなわけねーだろ)
―わざわざ教えてあげるほど親切じゃないけれど。
きっとその男もこの子のことがとても好きなのだ。何の事情があって隠しているのかは知らないが、人間で―しかも死神であるそうだから、おおかた虚なんかに(しかも自分の一部なんかに)夢中になるのは嫌なのだろう。
そんなくだらない見栄なんか張っているから、自分なんかに大事な子の処女を奪われるハメになるのだ。
もっとも、そいつがこの子を抱くようになったのも多分、自分の存在に気付いたからだろうけれど。―ちょっとこの子に触れば、所有物に手を付けられた黒崎一護がもの凄く怒っていることくらいすぐに判る。気付いていないのは本人くらいだ。
(ケッ、ざまぁ…)
「珍しいね、今日はやんないの?」
「るせーな、嫌なんだよ。黒崎一護の後におまえを抱くのは」
半分しか本当のことを言ってはいないが―まぁこれも嘘ではない。
「ふーん、ならいいけど…一護とはほんとにやったうちに入んないから気にしなくていいのに」
「…。(気にしなかったら死ぬっちゅーの!!)」
これだけ黒崎一護の呪縛が強い状態でこの子を抱くのは自分のレベルではほとんど不可能だった。
日にちを置けば消えるものだから、彼らが頻繁に会ってはいない今はあんまり気にならないけれど。
「それともアーロニーロ、自分が抱かれた後だからシンドイんじゃないの?」
「アホか!!」
「…一護もアーロニーロくらい俺のこと好きならいいのにな」
この子の希望は幼い少女のようにストレートで拙くて、その分心を打つ。自分がなにかとても悪いことをしているような気になる。
もっとも―そいつもきっとおまえのこと好きだから…とか言ってやったところでこの子は信じないだろうし、気休めにしか聞こえないだろう。
土下座して頼まれたって同性なんかその気がなければ抱けないし、こんな精神体が主人格の手を離れて完全に自由にされているという時点でそれなりに愛されている証拠だということを知っていても―‥この子に言うつもりはない。(主導権争いに負けた時点で本当はいつ消されてしまってもおかしくないのに)
これはただの嫉妬かも知れないけれど…黒崎一護のそれに比べたらささやかなものだと思う。
―それに。
(黒崎ってやつがどんなにおまえのこと好きでも)
(…おまえにこんなカオさせるような男にはやんねーよ)
―たとえ遅かれ早かれ、彼らが必ず結ばれることが判っていても。
***