―じゃあ、俺はもう戻るから…と言って白い死覇装に伸ばしたその手を素早く捕まえると、相手は図ったかのようにちょっと笑って自分を見た。
シーツに伸びる真っ白な長い脚。
なにからなにまで―絵に描いたようにまったくおんなじ姿をしたもうひとりの自分。
「なんだよ、足りねーの?」
「そうじゃなくて、おまえ別に急ぐ用事とかないし、戻るっつったって俺の中にだろ?」
だったらもうちょっと一緒にいたっていいだろ、と言うと白い自分はちょっと笑った。
「ずいぶん甘えるんだな、王は」
「うるせーな、恋人に甘えるのは当然だろ」
「ヘェ、恋人だったんだ?」
「恋人だろ、こんなことまでしといて。他に何なんだよ」
そのへんは良くわかんねーけど、と銀色の髪の毛を靡かせながら白い虚は死覇装に袖を通した。自分はこんなにスタイルが良かっただろうかと思うくらいスラリと伸びた手足にぼんやりと見とれていて―‥
「…!」
ハッとして思わずその袖を掴んだら、金色の大きな瞳が呆れたみたいに自分を捉えた。
「別に、服着てるだけで戻るなんて言ってねーだろ」
「あ、ああそう…」
「そんなに俺と一緒にいてぇの?」
金色の瞳が楽しそうに自分を覗き込んだ。
「そーだよ。てめーは俺と一緒にいたくねぇのかよ」
「まぁ、俺はゆーべいっぱい貰ったしv」
―白い腕に抱き寄せられたと思ったらチュっと額にキスされて頭に血が上った。
「カラダ目当てかよ、この性欲魔人!」
「なんとでも言えよ。そんなこと言われたって俺は本能で動いてるんだから」
‥―王がホシイと思ったから奪ったまでだよ―‥
くらくらするような甘い声でそう耳元で囁かれて鳥肌が立った。
―悪魔のような…と例えるのがいちばん適切だと思うくらい、ぞっとするくらい自分を惑わせる残酷な声。
そう自分は惑わされたのだ。この魔物みたいな金色の瞳とか、耳に障るちょっと高くて甘い声とか―‥そう、つまり総括して言うならば、この白くて自分と同じカタチをした存在を創り上げた黒い凶気に。
そうじゃなきゃ、愛するなんて有り得ないのに。男同士だとか死神だとか虚だとかそんなレベルではない―そもそも目の前の男は生命体ですらないのだ、そんなこと判っている。
それでも
その蒼い口唇に奪われても、その長い腕に捕らわれても嬉しかった
生まれて初めて知った愛する人とひとつになる悦び
女のように彼に貫かれても―幸福にすら感じたその気持ちまで否定したくない
「…そういうことじゃなくて、たまには好きとか愛してるとか言えよ」
「王がホシイって言うことは、好きって言ってるウチに入んねーの?」
「入んねぇよ。それじゃ性欲処理に手近な俺を捕まえて突っ込みたいですって言ってるのと同じだろ」
「俺は王しか抱きたくねーけど」
喜ぶべきなのかどうなのかよく判らない返事をされて一護は眉を顰めた。
「…だからさぁ、俺はおまえのことが好きなんだから、おまえも…」
そう訴えるように言うと白い虚は子供を宥めるみたいに一護の頭を撫でた。
そんなことをわざわざ言わなくたって相手は知っているし、こちらだって相手が自分のことを痛いくらい愛していることくらいよく判っている。
それは最中にうわごとみたいに囁かれる愛の言葉とか、彼のものとは思えないくらい優しく自分のカラダの線をなぞる指とか、真上から自分を見下ろす妙に愛おしげな視線とか―そういうものがいつも教えてくれた。
「…」
虚はいつの間にかきっちりと死覇装を着込んで、金の瞳で真っ直ぐに自分の目を覗き込んで言った。
「…王はさ、俺を好きになって幸せになれるとでも思ってる?」
―知ってる、この虚は本当はとても自分想いのヤサシイヒトだから。自分だけが彼の全てで、自分だけが大事で、自分だけのために生きてるから。
何度も戦い方を教わったのもそうだしいつも彼の力に護られているのだから、そんなことはそれこそ好きとかそういうこと以上に言われなくったってわかる。
だから、この虚は自分にあんまり執着させたくないのだ。あんまり甘いことを言わないのも、たまに出て来てもあんまりこちらの世界に長居しないのも全部そのためだ。
―いつか失う時が来てもいいように。
もし仮にそんなことがなかったとしても、結局は自分の未来のために。
いつその時が来たとしても完全に覚悟が出来ていて
まるで自分は別の世界のいきものだとでも言うように(事実そうなのだが)
ワガママで勝手で何の躊躇もせずに自分を奪ったくせに
そんなところだけ変にわきまえているその態度が
―気に入らなかった。
「…だったら最初から俺の前に現れるな。キスしたり抱いたりすんな。…俺におまえを好きになんかさせんじゃねぇ」
「キス云々はともかく、俺を創ったのは王のおまえみたいなもんだろ」
「…そうだよ、俺がおまえを創ったおまえの王なんだから俺のゆうこと聞けよ」
「どんな?」
「ずっと俺の中にいればいいだろ。つまんねぇこと考えないで…おまえが俺のことを一番考えてくれてんのは嬉しいけど…俺はおまえと生きていきたい。おまえと一緒じゃないと意味ねぇんだよ」
虚は溜め息をついて、自分の肩にシーツを掛けた。
「そこまで言ってもらって、ありがたいけど」
「言ってんじゃねえ、命令だ」
「どっちでもいーよ、だからありがたいけど」
「…けどなんだよ」
「普通に考えて難しいんじゃねぇ?」
「そう思うならてめぇも最初から諦めてないで、俺と添い遂げる努力とか抵抗とかしろよな!…俺も、するから…」
こんなことまで言わせるなと思いながら虚を睨み付けたら、彼は心底きょとんとした顔でぱちぱちと瞬きをした。
「さすが王だな、俺はそんなこと考えたこともなかったけど。しかも添い遂げるとか涙目で言っちゃって…王ってばカワイイ…」
「…うるせぇ!とにかくそうしろ!」
「わかったよ、努力はするから」
「…あといっこ、努力しろよ」
「なに?」
虚がまだあんのかよ、という顔をしたけれど無視して続けた。
「王じゃなくて名前で呼べよ。あんだけ呼んでたんだから呼べんだろーが」
「負けたからわざわざ王様っつってやってんのにめんどくさいやつだな」
いちいちブツブツと文句が多いが―虚はよく通る透き通った声で薄い口唇を開いた。
「…一護」
そう結局、彼が王である自分に逆らえたことなんかないんだから。
「これでいい?」
「いいよ。あとせっかく一緒にいんのにいちいち戻んな。」
「注文多いな。一護さぁ…」
「なんだよ」
「意外と乙女だよなぁ」
「うっ…うるせぇなぁ誰のせいだよ!」
―なんとでも言えばいい。
この自分に逆らえないというのなら幾らでも命令してやる、この愛の鎖を繋ぎ留めるためなら幾らだって。
「…好きって言って」
「うん?好きだよ?知ってんだろ?」
「…知ってるけど。」
「―‥一護が好きだ」
虚は甘い声でふわりと笑うと噛み付くみたいに口付けて、何度もその愛の言葉を繰り返した。
「好きだよ―」
もっと何もわからなくなるくらいキスして、抱いて、壊してくれてもいいのに。
心の底からそう思ったけれど、白い虚が調子に乗るのは目に見えていたので口には出さなかった。
***